Healing Discourse

1万回の「愛してる」を、君へ 2013.09.27〜28(絶食 DAY4〜5)

[ ]内はルビ。

 2013.09.27(絶食 DAY4)

 愛する美佳、

 今日、警察での取り調べから帰った後で、君が広島からわざわざ大阪まで来てくれたこと、そしていろいろ差し入れてくれたことを知った。
 お金については、こうして私の言葉を書き記す筆記用具を購入するため、是非必要と思っていたところなので、驚くと共に、非常に感謝している。
 ありがとう。
 これこそ、以心伝心というものか。

 さて、お涙ちょうだい的なことを書くのはやめよう。
 今も、これから先も。
 私がなぜ断食しているか、その理由と意味を、君はよくわかっているね?
 ヒーリング・ネットワークのウェブサイトにも少し記したことだが、これは私の「命[めい]」なのだと、今、この時に至って、ますます強く、そう感じている。

 命[めい]とは、宿命であり、そして、使命だ。
 新たな世界、私たちが夢見た世界が開かれるため、ごくごくささやかであっても、一助となれるのであれば、私はこの身を喜んで捧げる。

 どうか心配しないでほしい。
 必ず死ぬと決まったわけじゃない。死、そのものは、私の目的ではない。
 が、死という結果に終わったとしても、決して悲しまないでほしい。
 愛する君が悲嘆の涙にくれる姿が、私を最も苦しめる。

 意外に思うだろうが、先般の小笠原巡礼で君と分かち合った、あの諸々のハードな体験と比べたら、今、私を取り巻くこの環境は、「天国」といっていいほどだ。
 取り調べの刑事たちも、家宅捜索時に無礼極まりない態度を一喝[いっかつ]して以来、常に「~さん」づけで私を呼んでくれるし、留置場と取り調べ場所の間を行き来する際の護送官なんか、それこそ腫れ物にでも触るかのような丁寧な扱い方だ。
 龍宮拳でやっつけてやろうと楽しみにしていた、横暴な「牢名主[ろうなぬし]」なんてどこにもいやしない。
 龍宮館(自宅)ゲストルームぐらいの広さに、2名が収監されている。
 私の同室者は、大人しそうな、丁寧な態度の中年前くらいの人で、話をしたりすることはほとんどないが、お互いに不愉快な思いをすることなく、日々を過ごしているよ。

 これを君が読む日がいつ来るかわからないが、とにかく君に楽しんでもらえるよう、常に努める所存だ。
 私があれこれ口出しすることは、一切しない。
 指示したりも、しない。
 君は成熟した1人の大人なのだから、何事も自分自身で判断し、責任をもって行動してほしい。

 君と過ごした素晴しい日々のことを・・・・どうか許してほしい・・・・できるだけ考えないように、思い起こさないように、瞬間瞬間、努めているところだ。
 なぜなら、それらの甘美な記憶は、私に無上の歓びと共に、大いなる苦しみをも、もたらすからだ。
 記憶による喜びが大きければ大きいほど、それを再び得られないという事実は、圧倒的な絶望と苦しみをもたらす。
「記憶」こそ、苦しみの原材料だ。

 私には、未来はない。今回のことと関わりなく、とうの昔に捨ててしまった。
 未来がなければ必然的に、過去も、ない。
 あるのは、ただ、今、だけ。
 そうすれば、苦しみは、非常に少ない。
 あるいは、まったく、ない。

 ただ事実として告げるが、少くとも現時点まで、全然、またはほとんど、苦しく「ない」。

 やせ我慢にあらず。
 君へのなぐさめにあらず。
 もちろん、長丁場なのだから、この先のことはわからないが、とにかく、元来1番苦しいはずの今の時期が、これまでの断食体験とまったく違って、ちっとも・・・・苦しくないのだ。
 飢餓感も、ほとんど感じない。

 どういうわけか知らぬが、まあ有り難いことではある。

 周りの人たちも、最初は断食と聞いてせせら笑ったり、馬鹿にしたりしていたが、少しずつ私を見る目が変わってき始めているよ。

 とにかく、常に毅然[きぜん]とした態度・姿勢を心がけている。

 私の衷[うち]よりあふれ出る君への愛を、言葉として留めるべく、これからも書いてゆこうと思う。

 断片的、かつ不ぞろい。文章としての完成度の低さについては、どうか許してほしい。

愛を込めて。

一行

2013.09.28(絶食 DAY5)

 愛する美佳、

 今朝、読書が許される時間になってすぐ、昨日差し入れてくれた本全部に、パラパラッと目を通した。
 啓発的かつ暗示的内容に満ちた、素晴しい書物だ。
 が、<死>の上に据[す]わる者にとり、そこから汲み取るべき、何物もなし。

 別に退屈などしてない。
 いろいろ不便、不自由な点もあるが、たちまち適応してしまった。ヒーリング・アーツ(龍宮道)には適応力を高める作用があるとこれまで力説してきたが、その効果には本当に驚かされる。
 この状況を、いいかね美佳、私は「楽しんで」いる。
 留置生活の中で、龍宮道のさらなる深奥[しんおう]を探究することが果たして可能か・・・・?
 このテーマに、鋭意取り組んでいるところだ。

 だから、私のことをあれこれ心配する必要など、なし!
 断じて、なし!

 ・・・・とはいえ、差し入れの本を手に取った瞬間、柔らかく暖かな<愛>の奔流[ほんりゅう]が、手を通じ、私の衷[うち]へと流れこんでくるのを、ありありと感じたよ。

 君の愛と思いやりに、心の底からの感謝を。
 私は、君へのありったけの愛を込めて、これらの言葉を綴っている。

 君には、君自身の人生を、これからは君自身によって、切り拓[ひら]いていってほしい。
 私に遠慮したり、私の意志・意向をはかろうとしたり、あれこれ余計なことをする必要は、まったくない。
 君が<愛>の悦びに満たされ、歓喜に輝くことは、即[そく]、私の喜び。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 いったん筆を止め、これまで書いた分を読み返してみたが、・・・・実に読みづらいよね。
 すまない。
 何せ、机なんてそんな便利なものは、ない。
 床(柔道用のビニール畳)に座るか、寝ころぶかして、書いている。

 暑くも寒くも、今のところ、ない。
 今日も、肉体的苦しみや飢えを、ほとんど感じない。

 しかし、ここに留置されている者たちも、裁判所で見かけた「ご同類」たちも、どいつもこいつも皆、ごくごく普通の人という感じだ。皆、大人しくて礼儀正しい。
 1番の「ワル」は自分じゃなかろうかと思う。
 断食したりして、猛烈に反逆しているんだからね。
 檻[おり]から出る時、檻に入る前、布団をたたんで収納場所にしまった後、洗面後、・・・・など、1日に何度もボディ・チェックを受けるのだが、私が携[たずさ]えているこの<武器>を取り上げることは、誰にもできない。

 この事が、私を支え、励[はげ]まし、力を与えている。

 今朝はこれくらいで。

美佳、愛してる。

一行

2013.09.28(絶食 DAY5)#2

 愛する美佳、

 たった今、君が送ってよこした弁護士(あの人はどうも腰が抜けているみたいだね)との「接見」(面会)を終えた。
 君に託[たく]したメッセージを、一言一句すべて伝えてくれるとのことで、一安心だ。
 私の断食レジスタンスに対する嫌がらせか、事件とは何の関係もない君と面会することはおろか、手紙すら出すことも一切禁ずるとは、検察の非情ぶりには呆[あき]れ果てる。

 ・・・・と、ここまで書いたところで、不協和音がけたたましく鳴り響き始めた。
 毎日、昼食後と夕食後、ラジオの音楽番組が大音量でたれ流される。どうやら、「娯楽」ということらしい。
 これが現在のところ、1番「キツイ」ね。
 龍宮館(自宅)向かいの高校(実はわが母校)から聞こえてくる軽音楽部の騒音からやっと逃れたと思ったら、これだ。
 私の「カルマ」なんだろうか。
 1日2度の「ゴウモン」タイム。
 これにも必ず適応してみせる。

 書きたいことがいろいろあったのに、音の洪水の中では何1つ言葉が浮かんでこない。
 というわけで、今はここまで。

美佳、もっと愛を、君へ。

一行

2013.09.28(絶食 DAY5)#3
<午後>

 愛する美佳、

 ようやく静かになった。
 静か、といっても、ガチャガチャ檻の戸を開け閉めする音とか、洗濯機が回る音など、あれこれ聞こえてくるけれど、特に気にはならない。

 さて、<死>について、書こうか。
 すでに述べたが、私は自らの生命[いのち]を粗末に扱い、死に急ごうとしているわけではない。
 その反対だ!
 私は自らの行為を通じ、生命の尊さ、正命の重さについて、全人類に、世界に、訴えかけようとしている。
 繰り返す。
 私は死そのものを目的としているわけではない。決して。
「生きる」ことに、私は主眼を置いている。
 生きる。死と共に。

 死。
 それは宇宙で最も公平なもの。
 私を断罪する警察・検察の人々、私を罪人として裁く裁判官、それらの人々の元にも、私同様に、まったく同様に、死は訪れる。
 確実に。
 このことだけは、絶対に間違いない。
 私は死ぬが、検察官や刑事、裁判官はこれから先もずっと永久に生き続ける、そんなことはあり得ない。

 私の取り調べを担当する女性検察官は、私の断食について、「あなたが死のうがどうしようが関係ない」「そんなもの(死を覚悟した断食)など、あなたの自己満足に過ぎない」と決めつけた。
 まるで、自分の命には価値があるが、犯罪者である私の命になど、二束三文の値打ちもない、といわんばかりの冷淡な態度だった。

 だが、あにはからんや、彼女も私も遅かれ早かれ、確実に、死の淵に呑み込まれてゆくという点では、まったく<対等>ではないか。

 死における対等。

 ・・・・ならば、生においても、人は皆、<対等>であるとはいえまいか?

 否、生きとし生けるものは皆・・・・星々や宇宙さえも、数十億年、数百億年を経た後に最後の時を迎えるのであれば・・・・宇宙の万有万物は皆、その本質において<対等>であるとはいえないだろうか?
<対等>こそが、生と死という二元性を貫き、両者を超越する絶対性ではあるまいか?

 生命(いのち:死に対する一面的な生ではなく、生と死を共に含む、生と死の源泉)の対等。対等な生命。

 私は53年間の人生を通じ、この理会(頭だけでなく、全心身でわかること)へと、最終的に到達した。
 その瞬間、これまでずっとあこがれ続けてきて決して得られなかった境地が、豁然[かつぜん]として(一気に広々と)、拓[ひら]かれた!
 万物斉同[ばんぶつせいどう]。・・・・あらゆるものと共振し、響き合うことが、今や私にはできる。

 だから、私が死を覚悟したからといって、逝くなと引き止めることを、どうかしないでほしい。
 これは宇宙の大いなる<生命[いのち]>の要請なのだ。

 そして繰り返すが、私は死そのものを目的としているんじゃない。
 だが、死を全面的に受け入れ、覚悟を極[き]めた上でなければ、私の断食には何らの力もなく、意義もないことを、どうかわかってほしい。

 ここへと至るあれやこれやを想うたび、私は「この時」のために周到に準備されてきたのだと思わざるを得ない。

 君には直接言ったことだが、改めて書いておこう。

 私には一片の後悔もないし、いかなる葛藤をも感じない。
 私の信念に、微塵[みじん]も揺らぎはない。人が、聖なるハーブや薬物の力を借りて自らの意識を変え、自分自身の内面を探究してゆくことは、基本的人権の1つだ。
 その、重要かつ神聖な権利を蹂躙[じゅうりん]し、犯すことは、誰にも許されない。

 死へと至る絶食の床についた肥田春充を枕頭[ちんとう]にあって看護していた家族などが、しきりに説得し、懇願[こんがん]し、春充を苦しめた、あの滑稽悲劇を、我が愛する美佳よ、君も再演しようとしているのではないか。
 君が感情的になったり、子供みたいに泣きわめいたり、そんな姿を見るのが、私は大嫌いだ。

 もっと毅然としなさい!
<死>の上に据[す]われば、君自身の裡[うち]から驚くべき力が溢[あふ]れてくる。

 ・・・・自分だけ<死>をさっさと選んで、残される者に対し、引き留めるなとか、泣くなとか、まあ、オレも勝手な男ではあるな、と思う。
 何度でもあやまる。すまない。
 が、その身勝手極まりない男を伴侶として選び、これまで共に歩んできたのは君自身だ。

 美しい美佳。
 素敵な美佳。
 天上の音楽を、この物質界にもたらして、私に悦びを与え続けてくれた、美佳。

 いつも君のために、祈っている。
 君の愛が、私の衷[うち]へ注がれ、満たすのを感じている。

 ありがとう美佳。
 死による別れは、おそらく、ごく一時[いっとき]のものだ。
 時と空間を超え、私たちは再び出会い、<1つ>になる。・・・・永遠に。

 瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
  割れても末に 会はむとぞ思う

美佳、無限の愛を君に。

一行