Healing Discourse

ヒーリング随感2 第13回 インドネシア巡礼:概要報告(後編)

◎世界的な気象異常という言葉を、今回の巡礼の旅の途中、行く先々で耳にした。すでに乾期に入っているはずのインドネシアでも、いやらしく通せんぼされるみたいに、篠突[しのつ]く雨に行動をしばしば妨げられた。
 聖地のエネルギーとゆっくり時間をかけ、共振しようとしている真っ最中、まるで私たちを狙い撃ちするかのように、大粒の雨が降り出したこともある。まるで、さっさと帰れ、とでもいわんばかりに、邪険に追い立てられているみたいだった。
 あるいは、間もなく地に異変が起こると、天が警告していたのかもしれない。
 よく似た異様な切迫感を、以前アンダマン海に浮かぶ美しいピピ島を訪れた際、非常に強く感じたことがある(数年後、そこはインド洋大津波による壊滅的大打撃を受けた)。

◎チャロナラン当日の朝、ひときわ猛烈なスコールが大地を叩いた。
 が、昼頃までには晴天が戻ってきて、深夜、儀礼は滞りなく(?)執り行なわれた。前回記したような激しいトランス・シーンを、妻と私はその真っただ中の特等席で、じっくりたっぷり堪能することができた。
 しかし、・・・・・・・高位の魔術師でもない限り、死の女神の抱擁を受けてタダで済むはずがない。
 世界そのものがいつの間にか凝集度を増し、体の動きも心の働きも、普段より重く、鈍く感じる・・・・・・・ことに、私がふっと気づいたのは、・・・・・・・チャロナラン参列を終え、真夜中、ホテルのヴィラに辿り着いた頃だったろうか。
 慣れぬバリの正装に身を包み、長時間地面に座り続けたための疲労だろう・・・くらいに、最初は軽く考えた。
 が、実際は、そんな生易しいものじゃなかった。
 粘つく菌糸のような凝滞感が、全身のあちこちで負のネットワークを形成し始めた。体の中に、不気味な色合いの毒カビがはびこり、害毒をじわじわ分泌している感じ。
 異様に重苦しく、疲れるが、静かにじっと休むことができない。居ても立ってもいられない、とはなるほどこのことかと感心しつつ、展転反側を繰り返した。
 その時になってもまだ、自分がブラック・マジックを経験しつつあることに、私は気づかなかった。気づけなかった。・・自らの未熟を恥じる。
 ヒーリング・アーツを修しても、何か曇りガラスを隔てたような、鈍い切れ味しか感じられない。
 バトゥアン派バリ絵画に描き出される、あのうす暗い魔術・神話的なシャドウ領域をさ迷っているみたいな気分だった。

◎ヒーリング・アーツが通用しない世界がある・・・としたら、・・・すべてをいったん放擲(ほうてき)し、満天下に謝罪した上で、改めて一からやり直さねばならない・・・・そういった想いが、いくつも、断片的に、空転し、絡み合った。
 体調がみるみる降下し始めた。まるで、どこかにエネルギーの孔が開き、体からどんどん力が抜けていくかのようだった。
 気力もいつの間にかスッカリ失せ、何をやるのも億劫になり、中心力を真剣に造ろうとも思わない、いや思えなくなってしまった。知能もかなり低下していたのではないかと思う。
 翌日になっても体調は下降するばかりで、静かに寝ていても脈拍が百回/分を越えた。激しい下痢というものを、今回の旅で私は初めて体験した。
 そういう情けない状態が、バリ島滞在の最後の朝まで、ずっと続いた。
 妻も、私ほどではないが、心身の調律が著しく乱れ、半病人みたいになった。

◎前回述べたように、バリには到るところに寺院がある。小さなものも含めると、総数・数万以上ともいう。
 バリ島と愛媛県の面積がほぼ同じであることを考えれば、島中が寺で埋め尽くされているといっても、決して過言ではあるまい。しかも、これらの寺院[テンプル]は古代の遺跡ではない。今も人々の崇敬を集める、活きた祈りの聖地なのだ。
 そういう風に、意図の焦点/中継地として機能する寺院が、島の隅々にまで緻密に布置され、各ポイントで人々が日々供物を捧げ、祈りのエネルギーを注ぎ続けているのだから、バリ全土に強烈な結界が発生するのも当然だ。
 そのせいか、バリの空は、いつ見上げても、妙にこじんまりとして真ん丸い。バリそのものが小宇宙を成しているかのような、不思議な円さ。
 そうした結界(エネルギー・フィールド)の真っただ中にて、バリの人々が最も怖れるランダと共振・交感したりすれば、どんなことが起こるか・・・。
 決して甘く見ていたわけじゃない。が、バリ・マジックの力は、私の予想と準備を遥かに越えていた。

◎それほどの危険を冒してまで、私が<ランダの教え>を身に受けようとしたのは、「闇のヒーリング」について是非学び取りたかったからだ。
 闇とは、必ずしも悪を意味しない。暗闇は、人に畏怖を覚えさせる未知の領域ではあるが、それなしでは光は存在することさえできない。闇とはいわば光の根だ。闇が反転すれば光になり、光は転じて闇となる。
 バリ人にとって、白と黒は共に重要な色だが、白は光や叡知、黒は闇と力を意味するのだそうだ。
 黒い力の世界に参入するための魔術試験は、しかし、かなりの難問・難関だった。明るい光の真っただ中で闇を観じ、裡なる闇の中に光を留める訓練を積んできた私にとっても。

◎バリ滞在の最終日。
 プライベートプール付きの豪華なヴィラの・豪奢な天蓋付きベッドに、夫婦並んでぐったり寝ころびながら、気分の悪さに弱々しく耐えていた時・・・・・、そういうのにもそろそろ飽きてきて、心機も体機も一転、自らのすべてを天地神明に捧げ尽くすように、五感を3Dで開[あ]け、放った。
 上下左右前後の全方向に向け、どうにでもせよと開き直る。岡本太郎のいわゆる、「血まみれでニッコリ笑って立つ」こと。
 すると、・・・「救済」の道[マナ]が、自ずから拓けた! 
 
<フォーミュラ>
 落ちるところまで落ちきっておいて、レット・オフ。

 どんどんたまり続けていくマイナス(負債)を、レット・オフで反転させれば、大いなるマイナスが一気に転じて巨大なプラスへと変わる。
 大したことはできなくとも、「(気分や体調の)悪さ」という現状をわずかに強調し、手放すことくらいなら、・・・大丈夫、できる。
 レット・オフとは、することではなく、辞める(退く)ことだ。ただし、回れ右して背を向けることなく、前を向き続けながら、反転の退流に身と心を委ねる。
 何もできない時でも、レット・オフならできる。何もできないこと(無力感)そのものを、もっと強調してからレット・オフすればよい。
 バリ島の濃密な結界の内奥であろうと、やり方次第でレット・オフは必ず立ち顕われる・・・・そうした力強い確信が、一気に芽生え、育ち始めた。まずは完全に呑み込ませておいて、相手の腹の真っただ中から崩す、いわば一寸法師戦法。

◎まだ落ちきったとは感じてなかったが、低調さそのものを、試しにちょっとレット・オフしてみた。
 その瞬間、腰腹の中心から非常に繊細なひび割れが空間の全方向に生じ拡がり、世界が粉々の超微細粒子へと砕け散った。
 新しい世界がたった今生まれた・・・と、全身の皮膚感覚で感じた。とげとげしい敵意が、溢れこぼれんばかりの笑顔に、いきなり変化[へんげ]した。
 バリ島が、突然、掌を返したかのように、私たちに優しくなった。・・・そんな風に、「思えた」というよりも、体性感覚のレベルでありありと「感じた」。
 バリ島とは、実に魔術的なところだ。

◎正反転という言葉を、レット・オフの説明として私はこれまでしばしば使ってきた。
 あの時、心身の異様なレベル低下そのものをレット・オフした際、それがまさしく正反対のものへと転じ換わっていく様を、私は全身まるごとで、非常に細やかに、体感・観察することができた。
 ばらり、ばらりと次々にほどけ、そのたびごとにさらに新しい息が新鮮に入ってくるようになる。ほどけることで、呼吸形態が変わっていく。
 栓がキュッと締まるように、下痢のプロセスがピタリと止まる瞬間さえ、ハッキリ内的に感じ取れた(それ以降、下痢は本当に止まった)。

◎抜け出てみて初めて、今までブラック・マジックの闇に閉じこめられていたのだと、はっと気づいた。
 誰かの悪意によるものというより、バリそのものから(軽く)「試された」感じ。むしろ、好意を、今の私は感じている。
 レット・オフで霊的呪縛が解[ほど]けた後は、どんどん楽に、軽やかに、楽しくなっていった。ひえびえと凝り固まっていた世界が、柔らかく温かく流動・循環・脈動し始めた。
 その日の深夜、バリから日本へ向け発つ頃には、私たちの体調はほぼ平常レベルにまで回復していた。出国直前までアクティヴに活動し、土産もどっさり買い込んだ。
 そうした新しい流れの中で、バリ製の素晴らしい五鈷大杵が、不思議な方法で授けられるかのように、思いがけなくも私の手元に舞い込んできた。
 この法具をヒーリング・タッチでホールドすると、魔術的な超越体験を喚起することができるのだ。
 帰国後、早速友人たちに試してみたところ、皆、かなり驚いて、「五鈷杵からレーザービームのようなものが出て体が動かされた」、「手にした五鈷杵が軽くなって体が吊り上げられたり、逆に重くなって床に引き降ろされたりした」、「五鈷杵そのものに命が宿っているのを感じた」、などの感想を述べていた。

◎バリ女神のご不興を買ってしまったかと思いきや、逆にいたく気に入られ、厳しくも温情溢れる特別稽古をつけていただいた。その上、ゴージャスなお土産までたくさんいただいた。・・・そんな感じが、インドネシア出国前から今に至るまで、ずっとしている。
 飛行機のシート番号から始まって、新幹線の座席など、4という数字が、帰途についた私たちの周りでダンスするが如く、連発した。
 死(4)の女神を日本までお連れすることに、私たちはどうやら成功したようだ。
 あるバリ人は、「生まれる、生きる、死ぬ。この3つのバランスが取れていないと、調和に満ちた人生は送れない」と言っていた。別の人は、「死の神(ランダ)は恐ろしいが、絶対不可欠な存在でもある。私たちバリ人は、創造(誕生)、維持(生きる)、破壊(死)のすべての相に対し、等しく礼拝する」と教えてくれた。
 まあ、こういう話題が、タクシー運転手や観光ガイド、ホテル従業員などの口からサラリと自然に出てくるのだから、バリとは実際、カルトな島ではある。

◎現在、巡礼を境として一挙にヴァージョンアップしたマナ(修法/教え/実践)の数々を、日々、次々と、身に受けつつあるところだ。
 インドネシアでのすべての体験が、我が身の裡に染み込み、濃縮されてエッセンスとなり、いやしの叡知として魂にダウンロードされた。
 心身を一変させてしまう新修法がすでにいくつも顕現しているのだが、これでもまだまだほんの序の口、という奥深い手応えを感じている。
 完全な失敗と思われた今回の巡礼行だったが、このように最後の土壇場でレット・オフにより反転させ、最終的には魔術的な力(の種子)を手に入れて、祝福に満たされ帰還することができた。
 ヒーリング・アーツはやっぱり凄い。ヒーリング・アーツ・bagus(バグース:インドネシア語で「素晴らしい」の意)!

< 2010.06.28 菖蒲華(あやめはなさく)>

 追記:
 2010年10月26日、ジャワ島中部のムラピ山が138年ぶりの大噴火。大勢の犠牲者が出た。周辺のボロブドゥールやプランバナン遺跡も火山灰で覆われたという。

※インドネシア巡礼のスライドショーが以下のページで公開されています。
ヒーリング・ディスコース 『ヒーリング随感 第7回 奉納スライドショー インドネシア巡礼:2010