Healing Discourse

久高島巡礼:2013 第5回 龍宮門(最終回)

 まずはスライドショーを。
 前回発表したスライドショー其の三に続き、龍宮神が鎮まる(別説によればここに降臨する)という久高島北端のカベール浜で帰神撮影した作品群だ。

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 白く枯れた植物ともつれ合うようにして、新たに生え出た植物たちが勢力を広げるべく、生と死のダンスを踊っている。
 ふと足元の岩場に目をやったら、風化した蜂の巣のような形が強くアピールしてきた。珊瑚の化石だ。
 視界を広げていくと、どこもかしこも珊瑚、珊瑚、珊瑚だらけではないか。
 沖縄の島々は隆起した古代のサンゴ礁でできているという知識が、鮮やかな生きた体験となって私の心に刻み直された。
 サンゴ礁とは、イソギンチャクを単純化したような小さな刺胞動物が、長年かけて形成した巨大な「骨格」だ。
 それが化石化した、いわばサンゴの遺骸の上に、今、植物たちがはり付くようにして新たな芽を吹き出している。ここにも、死と生の親密なダンスがあった。

 海岸の岩舞台に立ち、龍宮神に奉納するべく龍宮拳のわざを舞うと、手を一振りしただけで、サァーッと目に映る世界が一変した。色調まで変わったかのように、鮮烈に、クリアーになる。
 これはいかんと、舞の手を納め、急いでカメラを取り帰神撮影。
 ふーっと一息つき(構図を決めてシャッターを「斬る」まで、呼吸は自動的に止まる)、それからまた思い出したように龍宮拳の奉納。すると、またしても身の一振りにて世界が眼前でシフトする。
 こんな調子では舞の奉納などとても叶わぬから、帰神撮影のことはしばし忘れ、龍宮拳に注意を集中した。
 龍宮拳では、舞いの動きが即武術として使えるようになっている。立っても座っても寝ても、組み打ちでも突き蹴りでも、素手でも武器を手にしても、同一の原理で変化自在に応答できる。
 龍宮拳とは、水としての人体に波紋を起こすわざだ。龍宮拳は、「水と化し、波紋を舞う」ための方法を、私たちに教える。
 私が編み出したわけじゃない。海(水)の巡礼を続けるうち、比較的最近になって、私の裡[うち]から自然に湧き溢れるように示現し始めたものだ。

 カベール浜を後にした私は、「龍宮」のサインを求め、心のおもむくまま、直感に導かれるまま、久高島を何周も巡り、あるいは来た道を引き返し、時に横道に逸れたりしながら、感じ・動くままに帰神撮影していった。
 立ち入り禁止のクボー御嶽[うたき]は、入り口の茂みのみを帰神撮影してパス(クボー御嶽入り口の帰神フォトはスライドショー5に収録)。琉球神話によれば、創世神アマミキヨがこの地に降り立ち、ここから国造りを始めたという。

 スライドショーだ。

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 1年半ほど前、龍宮拳なる珍奇なヒーリング武術が啓発的に示現し始めた時、私はエソテリック(秘教的)なジョークのような気分で取り組んでいたのだが、それが短期間でこれほどの「大ごと」へと発展していくなど、当初は想像すらしてなかった。
 半年もあれば充分仕上げられると思って執筆し始めた『龍宮拳伝書』も、次から次へと新しいわざ(原理)が顕[あら]われ、すでに書いた内容がたちまち過去のものとして流れ去っていくようになってしまっては、それ以上書き進めることは不可能だった。
 一体これは何なのか?
 これを使って私たちは何をすればいいのか?
 少数の人間だけに伝えれば良いのか、それとも広く公開して万人と分かち合うべきか?
 ・・・わからないことだらけだ。あるいは、意味など、最初からないのかもしれない。
 これらもろもろの疑問を解き明かすためのヒントを、このたびの久高島巡礼ではずっと祈り求め続けた。

 螺旋、というシンボルが、この日の巡礼/帰神撮影中、繰り返し私の前に示されたことについてはすでに述べた。
 繰り返し、どころじゃない。目に映る世界が、螺旋で充満していた。
 だが、さらなる奥深い意味が、螺旋には隠されていたのだ。それに気づいたのは、久高島巡礼から帰還し、帰神撮影してきた作品をスライドショー用にセレクトする作業の真っ最中だった。

 あらかじめ説明を付すことはしない。
 ただ、曇りなき目で、最後のスライドショーと向かい合っていただきたい。
 クロスオーバーしたヒーリング楽曲は、高木美佳作『龍宮』。1999年の久高島巡礼直後に創作され、ファーストアルバム『メドゥーサ』に収められた作品だ。

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 1舞の帰神フォトから次へと移り変わる、その変遷のプロセスに螺旋状の渦巻きが顕われる。
 作為的な特殊加工などは一切加えてない。
 どうやら、龍宮拳の原理を応用してカメラを構え、シャッターを斬ることにより、こうした思いがけない効果が生じたらしい。
 試しに、渦巻きを内包する2舞ペアの帰神フォトを重ね合わせてみたら、以下のようにハッキリ螺旋構造が浮かび上がってきた。単なる偶然とは思うが、鱗のある龍蛇体がとぐろを巻いたように観えるところが凄い。友人たちの中には、観の目で向かい合っていると龍の顔がみえてくる、と主張する者もいた。

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 ここに至ってようやく、帰神撮影/巡礼の前半で感じたあの猛烈な眩暈の原因が明らかとなった。
 静止した螺旋の形が酔いをもたらしたわけではなく、1つの瞬間に目に映っている光景と、次の瞬間に観ている光景との重なり、連続性の裡に、螺旋状の渦巻きが顕[あら]われていた。
 それは目が回って酔いもするはずだ。何せ、私の意識が及ばぬサブリミナル領域で、世界全体がぐるぐる渦巻いていたのだから。

 アトリエにて、帰神フォトが螺旋状に渦巻くのを目にした瞬間、これこそ龍宮の門[ゲート]にほかならぬと直ちにわかった。
 螺旋に、二元性の対立を超越する秘密が隠されている。
 今年になって示現し始めた龍宮拳の「密珠[みつじゅ]」(注1)も、螺旋状に使うものであるとわかった。
 実際に試してみたら、新しい動きの何と柔らかで、滑らかなことよ。これと比べると、久高島巡礼以前の動きは固く、ゴツゴツして、まったく話にならない。
 と同時に、足の拇指にも踵にも、膝(のそば)にも肘(のそば)にも、あちらにもこちらにも未知の密珠があって、それらの相互関係[ネットワーキング]もまた、螺旋構造を成しているらしいことがわかってきた。
 またもや眩暈が起きそうだ。

 例えば、脚を曲げ伸ばしする、その際には、当然ながら「膝(関節)」のところで曲げたり伸ばしたりするものと、私たちは信じ込んで疑わない。
 が、それ(膝)以外にも、曲げ、伸ばすための支点が存在する。それが膝の密珠だ。
 そこを螺旋状に使う(意識する)と、膝それ自体にはまったく力みが生ずることなく、脚が有機的に曲げ伸ばしされる。有機的とは、いついかなる時も、脚の内面全部がつながり・通じている感覚が途切れない、という意味だ。
 この時、上脚(膝の密珠から上)は自ずから虚、下脚(密珠から下)は実という相照関係を成す。
 そして奇妙に聴こえるかもしれないが、普通のやり方で脚を曲げ伸ばしする時とは、上脚と下脚の長さの比率が、まったく違って感じられる。これは、膝関節以外の場所を支点として使うためだ。
 このようにして膝を伸ばして初めて、脚裏が気持ちよく、十全[トータル]に、ストレッチされる。

 さてさて、これは大変なことになってきた。
 久高島巡礼を経て、龍宮拳、龍宮道(武術のみに限らず、人の様々な営みを変容させる道)の世界が一気に拡大し、数段階以上もバージョンアップを遂げたと感じている。 
 私自身、どこから整理し始めればよいかわからず途方に暮れているようなものを、一体どうやって他者と分かち合えばよいのか。

 今回、霊的探求の厳しい側面についても、本ウェブサイトでは初めて、少しく言及した。
 こんな修羅場をくぐり抜けてきたんだぞと、自慢するためでも虚勢を張るためでも、もちろん、ない。
 内なる魂の旅路において、個を越えた集合的無意識層の奥深くへとダイヴを試みる段階に至ると、いわゆるダークサイド(暗黒の側面)との遭遇が避けて通ることのできない関門、試練となって立ち塞がってくる。その時経験する内容は人によって違うし、同じ人でも体験のたびに異なるものだ。
 私はただ、自らが通り抜けたプロセスをありのままに綴っただけだ。いつか、あなた方自身が暗黒の領域にとらわれる羽目に陥った時、そこから脱出するためのヒントとなることを願って。

 というわけで、久高島巡礼を終えてみると、解答よりも新たな課題が山のように積み上げられ、いささか茫然としているというのが、現在の私の偽らざる心境だ。
 できるところから少しずつ分かち合っていきたい、とは思っている。
 誠実な探究者たちと、生命[いのち]のわざのネットワーキング(縁)を取り結んでいきたい、との熱願に今も変わりはない。
 が、焦って先走るのは慎みたい。
 久高島での体験を整理し、私をここまで導いた「大いなる流れ」に感謝の奉納として捧げるべく、本連載を執筆した。
 ここまでお付き合いくださった読者の皆さんにも、深甚なる感謝を。
 そして、帰神フォトのスライドショー化と、ウェブサイトの構築作業に、寝る間も惜しんで取り組んでくれた佐々木亮、奈緒子夫妻に対し、感謝の祈りを捧げつつ、筆を擱[お]く。 

<2013.04.24 葭始生[あしはじめてしょうず]>

※各フォトの説明は、ヒーリング・フォトグラフのギャラリー2で付したライナーノーツにて。

注1:密珠に関する概略と、それを応用した実際の動きは、ディスコース『久高島巡礼:2013』第5回〜第8回を参照のこと。


付記:巡礼最終日の朝、宿を発つ直前、小雨がそぼ降る中、窓の外で朝食をじっと待つ猫を撮影。この日はこれ1枚のみ(クリックすると拡大)。