Healing Discourse

たまふり [第1回] いやしの触れ合い

 相手の両肩にそっと柔らかく、かすかに触れるか触れないかという程度に、わが掌を置く。ほどなくして、触れられた側(受け手)は、これまで感じたことがない独特の感覚、あるいは状態が、肩から生じて全身に満ち広がっていることに気づくだろう。感受性の鋭い人や、これから私が説こうとする術(わざ)を修得した者なら、ほぼ一瞬のうちに「シフト」が起こる。
 初めて体験する者にとって、一体何が自分の身に起こっているのか、うまく言葉で説明することは難しい。何度も繰り返し繰り返し、細心の注意を払いつつ味わってみても、それを言い表わそうとする段になると、たちどころに壁にブチ当たったような重さ、鈍さを感じるものだ。

 あえて言葉にするとしたら、次のようになるだろうか。
 ・・・・・・
「自分の内側に光が灯ったような感じ」
「肉体的実体としての肩というものを生まれて初めて感じた」
「自分という存在が体の中に引き込まれた」
 ・・・・・・・

 もちろん、ただ何となく肩に触れただけでは、このような新しい意識の目覚めは決して起こらない。外側から見ることによっては伺い知ることのできない、いくつかの要訣(大切な秘訣、コツ)を学ぶ必要がある。それらを使って初めて、タッチの質が劇的に変容するのだ。そういう特別な、しかし人間にとって元来最も自然な触れ合いのあり方を、私は「ヒーリング・タッチ」と呼んでいる。ヒーリング・タッチは、生命の芸術であるヒーリング・アーツを学ぼうとする者が最初にくぐる関門(ゲート)だ。

 ヒーリング・タッチを使うと、受け手だけでなく術者の心身にも興味深い変化が生じる。そっと触れ合っている相手の肩の「中(空間)」が、突如としてありありと感じられるようになるのだ。触覚と言えば通常、表面の形や質感、冷熱、圧力等を感じることを意味するが、ヒーリング・タッチで触れ合った際は対象の内部空間にまで意識が染み渡り、拡がっていく。
 ヒーリング・タッチを使えば、その内なる空間の密度を術者の意のままに変えることも可能となる。例えば、受け手の肩の中を凝集させるべく術者が「意図」すれば、そのインテント(意図)の強弱、長短に応じて、肩の内側は柔らかく密度を高めていく。意識的に力を込めたり、あるいは精神を集中したりする必要は一切ない。ただ「意図」するだけで充分だ。

 ここから一転して拡散に転じれば、肩の内側がふわーっと軽やかにふくれ上がり、柔らかな波紋が全身のすみずみにまで拡がっていく。ヒーリング・タッチ体験者たちは、この拡散の感覚を様々に表現している。

「晴れやか」
「流れ」
「充実感」
「安らぎ」
「溶けていく感じ」
「堰(せき)がはずされた」
「楽しい」
「すがすがしい」
「うれしい」
「自由」
「エクスタシー」
「楽だ」
 等々々・・・・・。

 私が述べているのは単なる観念論やイメージなどではない。受け手は自らの身体内で、上述のごとき感覚を生理的にありありと、時には生々しいほどに、感じるのである。
 例えば肩の前後から凝集しておき、後ろはそのままに保って前側だけを拡散させれば、後ろから前へと向かう柔らかな流れが肩の内側に起こる。こんな風に、前から後ろへ、あるいは右から左へなど、凝集・拡散の作用を意のままにコントロールして、潮が満ちたり引いたりするような動きを他者の身体内に自由自在に生じさせることができる。たいていの人はその内なる柔らかな流れに導かれるままに、体がふわりふわりと揺れ動き始める。安らぎに満ちた気持ちよさの中に溶けていくような、大いなる<いやし>が即座に体験できる。いわゆる無重力感覚だ。

 実際にどれくらいの変化が起こるものか、右肩だけにヒーリング・タッチを数十秒受けた後で左肩と比較してみれば明らかだ。右肩だけがふわふわと軽くなる。明るく広がった感じがする。スースーと通りがよくなる。そっと軽く筋肉をつまんでみれば、右肩の方が柔らかくなっていることを確認できるだろう。左右の肩がまるで別人のものみたいに違って感じられるから、思わず笑い出してしまう人も多い。
 面白いことに、こうした作用は術者と直接触れ合っていない者にまで連鎖反応的に拡がっていく。手をつなぎ、あるいは肩に手を置くなどしてつながり合った複数の人間に対して、1人だけにヒーリング・タッチを行なうと、そこから拡がった<いやし>の波が各自の間で複雑に共鳴し合い、やがて全員が1つの流れとなって溶け、崩れ落ちていく。

 自分自身の肩にヒーリング・タッチを行なうことも、もちろんできる。日常生活の中で適宜実践すれば、たちどころにふわふわと肩が浮き上がらんばかりに軽く柔らかになる。私自身はわずか数秒程度行なうだけで、肩が輝くようなエクスタシーを感じるほどに緩み開く。いつでもどこでも、文字通り「意のまま」だ。
 ヒーリング・タッチは、肩に限らず全身どこにでも行なえる。そして<いやし>の感覚は各部によってそれぞれ違う。さらにヒーリング・タッチを基本として様々な方面へと応用展開することにより、ヒーリング・アーツの豊穰なる世界が多層的に拓かれていくのだ。

 ヒーリング・タッチとは一言で言えば、私たちの心身に生来備わっている未知なる可能性を探り当て、目覚めさせていくための方法論だ。触れ合いというシンプルかつ根源的な行為に秘められた驚くべき潜在能力について、次回より順を追って説いていこう。

<2007.03.28>