Healing Discourse

ヒーリング・アーツの世界 第7回 ヒーリング・ハーブ(後編)

 前回述べたように、カヴァカヴァの果実や種子を見た者は誰もいない。人工的に花を受粉させてみても、実を結ぶ前に花が落ちてしまうという。
 長年の間、人間の手による挿し木という繁殖手段に頼ってきた結果、カヴァカヴァは自らの力で子孫を増やす術[すべ]を失ってしまったのだろう。もしも人間との関係が断たれたなら、カヴァカヴァはあっという間に絶滅の憂き目を見ることになるかもしれない。
 人間とカヴァカヴァとの密接な関わりは、もちろん一方通行のものではない。カヴァカヴァがもたらす図り知れない恩恵ゆえに、南太平洋の人々は島から島へと移り住む際、カヴァカヴァの苗を注意深く運び、その分布域を広げていったのだ。

伝統的なカヴァカヴァ儀礼(フィジー)。写真提供・フィジー政府観光局。

 カヴァカヴァは、近縁の野生種Piper wickmaniiからの挿し木に起源を持ち、およそ百世代(約2500〜3000年)に渡る選択・改良が繰り返された結果、多様な特性を持つ品種が誕生したと考えられている。野生種及び様々な栽培種の化学成分を分析した結果、ヴァヌアツを中心とするメラネシア一帯が、カヴァカヴァの原郷ではないかと推測されている。
 カヴァカヴァと最初に出会い、それを記録に残した西洋人は、ジェームズ・クック船長(1728〜79。オーストラリア、ニュージーランド、南極大陸を探検した英国の航海家。通称キャプテン・クック)だ。その後、植民地支配者と共に南太平洋にやってきたキリスト教宣教師たちは、伝統的な各種の儀式と密接に結びついたカヴァカヴァを、「悪魔の飲み物」として、やっきになって排斥しようとした。
 しかし、人々は愛するカヴァカヴァを捨て去ることなく、大事に守り続けてきた。そして、ここ20〜30年の間に、KKルネッサンスとでもいうべき目覚ましい価値観の転換が起こりつつあり、世界的な規模でのカヴァカヴァへの関心の高まりに合わせるようにして、ローマ・カトリックも現地教会の儀礼にこのハーブを導入し始めているという。
 フィジーを訪れた前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世が、歓迎の席でKKドリンクを飲んだことは、キリスト教に対するカヴァカヴァの静かな勝利を、象徴的に物語るものといえるだろう。
 第36代アメリカ大統領リンデン・ジョンソン夫妻やエリザベス女王など、フィジーを訪れた各国の要人たちは、ことごとくカヴァカヴァでもてなされている。日本の首相も例外ではない。

 カヴァカヴァの根には、人の心身をリラックスさせ、煩悶苦悩を穏やかに鎮める効果がある。感情を安定させて平和な感じや健康感を生み出し、思考や行動の効率を高める。
 全身が心地好く緩み、深いリラクゼーションがもたらされるが、それでいながら精神の働きが曇らされることはない。これはカヴァカヴァがもっぱら脊椎神経に作用するためだ。服用後の眠りはとてもくつろいだ深いものとなり、夢も鮮明になることが多い。時に、ルシッド・ドリーム(明蜥夢。自分が夢を見ていることを自覚しながら見る夢)となることもある。
 有効成分は、根の中に蓄積される十数種類のカヴァラクトン(ラクトンとはエステルの官能基を環内に持つ、アルカロイドに似た化合物)だが、その大半が麻酔性、鎮痛性の作用を有するとされている。
 カヴァカヴァの効能は、1種類の化学物質のみによるものではなく、複数の有効成分が組み合わさった共同作用によって生じる。各種カヴァラクトンの含有比率は、カヴァカヴァの産地、品種によってそれぞれ異なるため、フィジー産とハワイ産のカヴァカヴァとでは味や香りだけでなく、もたらされるリラクゼーションの質まで違うというわけだ。KK道も実に奥が深い。
 服用後5〜30分程度で効果が現われ始め、緩やかな上昇曲線を描きつつ2〜4時間程度持続する。服用後は、車の運転や危険な機械類の操作などは当然避けねばならない。

 人類学や社会学の見地からすると、カヴァカヴァの最も興味ある側面は、社会構造を維持する働きにあるのだそうだ。
 島社会の多くでは、KKドリンクを飲む順序によってヒエラルキー(社会的序列)が強調される。
 カヴァカヴァには、人々の間に敬意と調和を生み出す働きがある。またカヴァカヴァは、アルコールと違って人をより穏やかにさせ、道理に則った理性的な話し合いを助ける。南太平洋の島々でカヴァカヴァが、「ピース・メイカー(平和を生み出すもの)」と呼ばれるゆえんだ。
 カヴァカヴァの儀式は、ポリネシア、メラネシア、ミクロネシアの島々における伝統文化の欠くべからざる基盤をなしており、同様の慣習が東はハワイから西はパプア・ニューギニアまでの広大な海域に拡がっているのである。
 カヴァカヴァの効果を一言で要約するなら、南海のリゾートで世間の喧騒を忘れてくつろいでいるような感覚、あるいはゆったりと時間が流れていた古き良き時代の雰囲気、とでもいったところだろうか。

 心身の緊張を解き放つカヴァカヴァの作用は、それだけでも大きな価値のあるものだ。
 しかし、カヴァカヴァの「知恵の木」としての側面については、これまでほとんど話られたことがなく、関心を寄せる人も少ないようだ。ここでいう「知恵の木」とは、人間が<自分自身について知る>ことを助ける力を持つ植物、という意味だ。プラント・ヘルパー、またはガイド。
 ヒーリングや瞑想に関心を持つ人々であれば、「カヴァカヴァの手助け」なるものに大いに心動かされるはずだ。
 この薬草[ハーブ]は、どうやってか私たちの思考の流れをゆっくりにし、我々の精神に休息と余裕を与えることができる。その沈静化状態を積極的に活用して、静まり返った心で身体を運用する修練をしたり、透明度が増した心海の奥底深くへとダイヴ(瞑想)したりなど、あれこれ楽しむ。
 これは、カヴァカヴァの積極的活用法であり、ヒーリング・ネットワーク独自のものだ。私たちの流儀でこのヒーリング薬草を使う人々の多くが、カヴァカヴァのスピリットとしかいいようがないある特別な<質>を、自らの裡で流動・循環的に感じると報告している。それもまた、<マナ>だ。カヴァカヴァとは、マナ・ハーブなのだ。

KKドリンクを熱心に作る山田那歩(なほ)嬢(3歳)。KKドリンクの口当たりや味、効果は、作り手により異なる。

 南太平洋の島々で長年に渡り使用されてきたカヴァカヴァは、新たな価値を伴って、現代社会に霊的に根を下ろそうとしているのかもしれない。かつて我が国において、覚醒作用を持つ茶という「ハーブ」の上に、禅を中心とする一大文化が花開いたように、カヴァカヴァの力をべ一スとした新しい生き方が、今後世界規模で開花し始める可能性さえある。
 それは深い精神性に裏打ちされた、シンプルでくつろぎに満ちたライフスタイルとなるだろう。もっともっとと外側の新しいものを求め続けることをオフにし、自らの裡を精細に充実させ、成熟させ、互いに響き合っていく、流動・循環・共感的な生き方。
 私たちは今、そういう生活を実験的に実践しつつある。

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 数年前、カヴァカヴァをフィジーから輸入しようとした時のことだ。それ以前はフリーパスだったのに、日本の税関で突然「待った」がかけられた。
 欧米でカヴァカヴァが原因と見られる劇症肝炎の報告があり、日本への輸入が急遽規制された、とのことだった。
 カヴァカヴァとは、実は有害なものだったのだろうか? 南太平洋各国のKK仲間に問い合わせたところ(秘境と呼ばれるヴァヌアツとさえ、今は電子メールで即座にやりとりできる)、直ちに最新情報が寄せられた。
 実は、問題となったカヴァカヴァは自然な状態のハーブではなく、カヴァカヴァの有効成分を化学的に抽出した人工製剤だった。その原料として、現地では捨ててしまうカヴァカヴァの茎が使われており、その茎に肝臓障害を引き起こす有毒成分が含まれていたことが、ハワイ大学における研究で明らかになったという。
 伝統的にカヴァカヴァを使用してきた場所では、茎は捨てて根だけをKKドリンクの材料にする。我々も、それにならっている。そうした古人の知恵を無視し、欧米の業者が格安の茎に目をつけたことが、悲劇を招き寄せる原因となったわけだ。
 ところが、科学的データを添えて事情を伝えても、日本の厚生労働省は「すでに制定された法律を変えることは簡単にはできない」の一点張りだ。しかし、私が担当者と直接交渉に当たった結果、「身内で使う分」として、定期的にカヴァカヴァを輸入・使用する認可を、近畿厚生局薬務課より正式に取りつけることができた。ただし、ヒーリング・ネットワークが主宰するたまふり会等にて無償で供されるためのものであり、一般販売はしていない(そもそも薬事法上できない)のでご了承いただきたい。

 日々のストレスに凝り固まった私たちの心身は、「緩めてリラックスする」というシンプルなことが、もはや困難に感じられるほどの病的状態に陥っている。しかし南太平洋からもたらされるカヴァカヴァは、キリキリ巻き上げられっぱなしとなった私たちの「(心と体の)ゼンマイ」をオフにして、<南島感覚>を居ながらにして味わわせてくれるのだ。
 この希有な力(作用)を、積極的に活用しない手はない。

<2010.04.27>

 付記:カヴァカヴァの潜在的危険性と使用上の注意について、医師による専門的見解を以下に掲げるので、関心がある方はご参照いただきたい。
カヴァカヴァの潜在的危険性〜副作用、相互作用などについて