<チャロナラン&レヤック> 撮影:高木美佳 2011.02.19

ライナーノーツ

高木一行

 これに先立ち、妻と共に『一日一枚』というテーマを掲げ、毎日私の舞を1枚(舞)ずつ帰神撮影する、という試みに新たに取り組んだ。
 帰神撮影により立ち顕われてくる諸々の作品は、私たち夫婦にとり、神明への捧げ物にほかならない。神と共に動き、神と共に創造の悦びを楽しむ神楽舞[かぐらまい]の如く、私たちは内的に舞いながら「斬り撮って」いる。

 実際に始めてみると、1日1枚どころじゃない、毎日毎日違う舞姿が、次々と途切れることなく斬り撮られていく。毎日、1つ2つ、あるいは3つのスライドショーができた。
 妻は、それらをプライベート・ギャラリーで快調に発表していったが、それらの写真の中に、火山の神である『迦具土[カグツチ]』など、不吉な予兆のイメージを孕[はら]んだ作品が混じり始めたことに、まもなく私たちは気づくようになった。

『迦具土』(Click to enlarge)

 私たちはラブクラフトが描いたような危険な魔術の領域を、何も知らずに火薬庫で火遊びする子供のように、無邪気に遊び回っていたのかもしれない。
 神々への供犠[くぎ]としての帰神撮影を、ほぼ毎日のように繰り返し、大量の呪術作品を生み出してそれを超越世界へ捧げ続けるという行為が、いかなる結果をもたらし得るものか、私たちはまったく無頓着だった。
 毎日、毎日、さらにもっと凄いものが写るようになっていくのを、ただ手放しで喜んでいた。
 だが、精霊[カミ]とは、元来極めて危険なものでもあったのだ。

 そして、ついにこの『チャロナラン&レヤック』が、撮れてしまった。
 チャロナランについて詳しくは、ディスコース『ヒーリング随感2』第1213回をご参照いただきたいが、暗黒の女神ランダに捧げられるバリ島の儀礼であり、本物のトランスが起こる現代稀な祭儀として、文化人類学者の間で夙[つと]に名高い。
「そういうもの」を撮ろうとして、あれこれ細工して撮った結果ではない。
 が、・・・・この日撮れた作品はいずれも、凶意を秘めた黒い潮[うしお]の裡より立ち顕われる暗黒の精霊を思わせるようなものばかりだった。ランダやレヤック(ランダ配下の悪霊)と、すぐ「わかった」。いくつか主要な作品をまとめ、『チャロナラン&レヤック』と名づけた。

 面白い変わった作品ができたものよと喜んだのもつかの間、異変が、まもなく妻の上に起きた。
 『チャロナラン&レヤック』帰神撮影から数日が経ったある日の深夜、妻は寝ていた布団から突然跳ね起き、あわただしく階下へ降っていった。
 何か用事でもあったのかと、少し様子を窺[うかが]ってから下へ降りてみると、玄関ドアの鍵があいたままになっており妻の姿はどこにもない。冷え込みの厳しい真冬の深夜、寝巻き姿のまま外へ飛び出していったらしい。
 自宅周囲をあちこち、何度も繰り返し探し回ったが、どこにもいない。

 帰神撮影の緊張が限界を超え、ついに気でも狂ったかと思いきや、妻は数時間後、何事もなかったかのように無表情な顔で帰宅した。
 当人が言うには(最初、何度も繰り返し呼びかけないと、こちらの言うことが理解できないようだった)、気づいたら墓地(わが家の後方の山の中腹にある、夜はまったく人気のない暗いところ)に自分がいることがわかり、そのまま帰ってきたという。感情も感動も全然こもらぬ話し方だった。トランスの余韻で同じ状態になった者を、バリ島でみた。
 後日聴いたところでは、自分が墓地の中をあちこちめぐりつつ、それぞれの場所で何か儀礼のような動作をしていたのを、うすぼんやりと覚えているそうだ。そのほかには、何一つ記憶がないというから凄い。妻も、こうした体験は初めてとのことだ。
 チャロナランの主役である魔女ランダは、墓場と関係が深く、死の世界の女主人とされている。バリ島のチャロナラン劇においても、とりわけ墓地の隣のプーラ・ダレム(死者の寺院)で執り行なわれる際には、ランダに憑依された者が通常の意識を完全に失い、墓場を巡りつつ託宣を述べる異現象がしばしば起こるという。

 まあ、妻の身に起こったことは薄気味悪い体験ともいえるが、それほど深く強烈なトランスを実際に味わうなんて、芸術家とか宗教家を本気で志す者にとっては、大いなる恩寵以外の何ものでもない。大いに祝福されてしかるべき出来事といえよう。
 それに、あの寒い中で数時間、軽装で過ごしたにも関わらず、まったく冷えを感じなかったというのもスゴイ。その後風邪を引くこともなかった。

 とはいえ、引き際も肝心だ。
 私たちは、その日を境に、『一日一枚』シリーズの共同制作を中止した(現在、妻が自身のポッドキャストにて、もっと穏やかな形の『一日一舞』シリーズを新たに展開中)。
 それ以上異変は起こらず、安堵しかけた・・・・頃、あの大震災が東日本に襲いかかった。新聞やテレビ(地上波番組)を観ない私たち夫婦は、少し後になり友人たちから聴いて初めて災害のことを知ったのだが、ニュースをネット上で辿りながら、私はスライドショー『チャロナラン&レヤック』のことを何度も思い起こさざるを得なかった。
 あれは、まさにこれではないか・・・・と。
 様々な災厄のスピリット(レヤック)たちが、これらの帰神フォトには時にシンボリックに、時にリアルに、写し出されている。

 バリの人々は、悪霊レヤックをなだめ、ランダをまつるため、チャロナラン劇を年に1回、各々の村で奉納する。
 そして、大災厄を小災厄へ、小災厄を無病息災へと祀[まつ]り換えたまえと祈念する。
 それにならい、私たちもスライドショー『チャロナラン&レヤック』を、年に1度、暗黒の女王への奉納として、一般に御開帳することにした。破滅的な災厄のエネルギーを芸術的に表現・昇華することでたてまつり、鎮魂しようとする、祈りのヒーリング儀礼として。
 この祈りのヒーリング鎮魂儀礼に参加・参列されたい方は、スライドショー観照を通じご自由にどうぞ。
 ただし、軽率な態度・姿勢で見たりすると、いかなる霊的反動が起こるやもしれぬ。その結果がいかなるものとなろうとも、一切責任は負えないことを、ここにあらかじめ明記させていただきたい。
 観るなら、各自の自己責任にて。
 意識と感覚を研ぎ澄ませ、時折かしわ手を打ち鳴らしつつ、あるいはメドゥーサ修法を駆使しつつ、帰神フォトの1舞1舞と向かい合えば、紅蓮[ぐれん]の炎の彼方よりもたらされる異質のヒーリング作用、いわば闇のヒーリングともいうべきものを、あなたも感じ始めるはずだ。
 そこには、意外かもしれないが、深いやすらぎがある。はかり知れぬ神秘が、闇の裡には湛[たた]えられている。

<2012.01.26 水沢腹堅>