ヒーリング・アーツのおかげで、今でこそ病気とは無縁の生活をはつらつと送っている私ですが、昔は病弱でした。
思春期を過ぎてから徐々に下降しはじめた体力が、20代に入るとさらに低下していきました。「また風邪引いたの?」と家族にいわれるほど、いつも風邪を引きがちで、のど飴と風邪薬を常用していました。腰痛で長く立っていることができず、痛みで仰向けに寝ることもできませんでした。原因不明の皮膚病にかかり、全身に青黒い斑点ができたこともありました。体がひどい状態だったのに比例して、精神的にも暗く憂鬱な日々がつづいていました。何かにつけて不満が多く、被害妄想気味で、物事を悪い方に考えてしまいがちでした。
こうした心と体の不調が頂点に達してくると、顔にたくさんの吹き出物がではじめ、顔と脚のむくみがひどくなってきました。下瞼に痙攣が起こり、それが1ヶ月近くもつづくようになってしまったこともあります。この痙攣は眼科で診察を受けても原因がわかりませんでした。何かよい方法はないかと、家の本棚にあったヨガの本を開いて、あるポーズをとってみました。するとたちまち痙攣が治まってしまったのです。それまでどんなことをしても止まらなかった痙攣が、あっけなく消えてしまったことに驚くと同時に、自分自身の体の不思議さを痛感した出来事でした。それをきっかけに、それまでまったく無関心だった自分の身体に興味を持つようになったのです。
体が弱いと心も弱くなるし、周囲のものごとも思うように進まなくなります。当時東京芸術大学の3年生だった私は、音楽でも行き詰まり、自分の進むべき道と将来に迷いと混乱を感じていました。その上仲がよかった友人とのトラブルが起きてしまい、完全に打ちのめされていました。自分以外の人がすべて敵に思えてきて、人生が真っ暗になってしまいました。はじめて味わう「人生の挫折」。そんな時同級生から、「面白いセミナーがあるから、一緒に出てみないか」と誘いを受けました。それが夫とのはじめての出会いとなったのです。
当時夫の一行は、「ITI(インナー・テクノロジー・インスティテュート)」を主宰し、古今東西の瞑想法や能力開発法、古流武術などに起源を持つさまざまな内的テクノロジーをセミナー形式で公開指導していました。セミナーでの教えは私にとってまったく未知の世界でしたが、強烈な魅力がありました。日本全国から大勢の受講者が集まってくる理由もよくわかりました。軽い気持ちで参加したセミナーでしたが、それが一大転機となり、私は習い覚えたことを夢中で練修しはじめました。
最初に教わったことのひとつは、身体の裡[うち]側へと意識を向け、内的エネルギーを体の中で循環させるメソッドでした。「体の裡側」という概念を持っていなかった私にとり、はじめのうちはまったく歯が立たないように感じられました。それまでは、何かをする、見る、聞くなど、すべて自分の外に向かう方向性しかなかったからです。
しかし熱心に練修をつづけるうちに、少しずつ体の中でエネルギーが巡る感覚が体感できるようになってきました。朧げながらも「裡側」に対する感性がひらかれはじめたのです。
セミナーでは、内臓にヴァイブレーションを響かせるメソッドも伝授されました。私はこれが特に気に入って、前述のメソッドとあわせて半年ほど毎日のように練修していたのですが、そのうち心身に大きな変化が起こってきました。
まず、ニキビだらけでむくんでいた顔が艶のある健康的な肌に変わり、家族や友人から若返ったといわれるようになりました。とくに美容に気をつかっていたわけではありませんが、意識を裡側へと向け、内臓のストレスを解消していったことで、体全体が若さを取り戻しはじめたようでした。
↑ヒーリング・アーツを学びはじめる直前
↑ヒーリング・アーツをしばらく実践した後
しばらくして「肥田式強健術」のセミナーにも参加することになりました。すでにその前に、夫の著作である『鉄人を創る肥田式強健術』(学研刊)を読んでおり、強健術に秘められた可能性に大きな憧れを抱いていたので、学べる機会が待ち遠しくてなりませんでした。自己流の練修では強健術の型を覚えるのに精一杯で、今ひとつ(というよりもまったく)効果が感じられませんでした。私の理会力・読解力が足りなすぎたのでしょう。セミナーは初心者対象にしては非常に高度な内容で、ついていくのもやっとでしたが、なぜ自分の強健術がまったく駄目なのか、間違いの根本を知り、正しい第1歩を踏み出すきっかけにはなりました。
学んだ中でとくに印象的だったのは、強健術を正しく行なうためには、身体の歪み、こわばりをほどいていく必要があることでした。そうでなければ、夫や肥田春充が何気なくとっている姿勢を真似ることすらできないのです。私は自分の体がひどく歪んで固くなり、実年齢よりも大分老けていることに気づきました。
それでも毎日強健術を行なっているうちに、呼吸が深くなり、全身の血行がよくなってきました。遅々とした歩みにもかかわらず、努力の成果が実りはじめたのです。
強健術のほかにも、武術系のセミナーにまで参加して、身体運用法の基本を学ぶようになっていきました。武術などまったく興味も縁もなかった私が、あるセミナーで体の大きな男性を簡単に吹っ飛ばすことができて、我ながら驚きました。私が想像していた「力」とはまったく別の力の使い方があることを知ったはじめての体験でした。
力と力のぶつかりあいではなく、敵の中に柔らかく溶けこんでいくようなしなやかさで、相手を完全に制してしまう武術が存在します。夫はそれを体現している希有な存在でした。そういう武術は私のような素人が学んでも楽しい。体がぐんぐん柔軟になっていくので、練修すればするほど子供のころのような身体の軽さが戻ってきました。それに、普通に歩いているだけですぐにつまずく癖が、いつの間にか治っていました。
ヒーリング・アーツの学びをつづけるうちに、これまで正しい、あるいはあたり前と思ってきた価値観が、大きく覆されてしまいました。たとえば、下腹が出ていてはいけないという一般的価値観に疑問を感じるようになったのです。余分な贅肉がついてたるんでいるのはもちろん問題外ですが、不必要に筋肉を緊縮させていつもお腹をカチカチに固めることは、真の健康から遠ざかることだと、強健術を学ぶにつれて思うようになりました。呼吸が深くなれば、腰やお腹は自然に発達してくる。お腹に弾力性があれば、内臓も正しい位置へとおさまり、健康になっていきます。
「美しい人」とは、不健康な人ではありえないのではないか? 健康な心身を養い、内面から生命力が溢れ出てくることで、はじめて本当の美しさが現われてくるのではないか? 学生時代にはピチピチのGパンを履いてお尻やお腹を思いっきり締めつけていた私にとって、そんな風に考えるようになること自体が、奇跡的なことでした。
<2008.07.20>