鳩間島にはヤシガニが多いという話は、以前より西表島の友人たちからしょっちゅう聴かされていた。
 今回泊まった民宿の女主人は、ヤシガニなんてどこにでもいるし、人家の庭にも出没する、とこともなげに語っていた。
 夜のとばりが下りてあたりが暗くなるのを待ち、宿の明かりから離れて山道の方へ向け歩き始めてすぐ・・・、ガサガサッと無遠慮に下生えをかき分け進んでゆく特徴的な音がした。明かりを消して待つことしばし、やぶの中から這い出てきたのは小ぶりのヤシガニだ。
 目が慣れてくると、石垣の陰とか、ガジュマルの太い根の隙間とか、そこらじゅういろんなところにヤシガニが、いる、いる、本当に、いっぱいいる。
 うっかりすると、道に出てきたものを踏みつけそうになるくらいだ。
 沖縄のいろんな離島をこれまで数え切れないほど訪れてきたが、あれほどたくさんのヤシガニを一度に目にしたのは初めてだ。

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 ヤシガニというのは、陸上に棲む甲殻類の中では最大で、沖縄産なら1kgを越えれば巨大と呼べるが、インド洋のクリスマス島あたりに行くと、2kg、3kg、あるいは4kg(!)の超巨大サイズも珍しくないというから驚かされるではないか。機会があったら是非、実際に触れ合ってみたいものだ。
 しかもかの地にあっては、保護されていることもあるのだろうが、夜行性のはずのヤシガニが昼間でも森をたくさん彷徨うろつき回っているという。まったく、ヤシガニ好きにとっては聖地みたいな場所だ。

 クリスマス島のことはさておき、鳩間島巡礼中は、毎晩、ヤシガニをみつけるたびごとに、丁寧につかまえ、1頭1頭ひとりひとりと敬いをもって触れ合い、感じ合い、通じ合うことを繰り返した。
 それがヤシガニの精霊スピリットよみ(祝福)したまうところとなったものか、ある夜、ヤシガニと触れ合っている時、まるでヤシガニ自身がそっと教えてくれたかのように、ヤシガニのハンドリング法(ヤシガニとの触れ合い方)が、自然に「わかった」のだ。

 妄想、の可能性はもちろん否定できない。
 ヤシガニというのは元来、非常に粗暴で、フレンドリーとはとうてい言い難い生き物である・・・私はこれまで経験上、ずっとそのように信じ込んできた。しかし、粗雑だったのは実は私自身の方で、こちらが粗野でアンフレンドリーな態度で働きかければ、それに応じた粗暴な態度があちらから跳ね返ってくるのは、むしろ当然かもしれない。
 まあ、ものは試しだ。直感にしたがい、ゆっくりそろそろと注意深く、ヤシガニをひっくり返して掌の上に乗せ、ホールドしていた脚をそっと離すと・・・・・、普通なら、直ちに元の態勢に戻ろうと脚を振り回して暴れるところなのに、そのままじっと大人しくしているではないか!

 カメラに動画記録の機能があったことを思い出し、急遽きゅうきょ、宿の女将に頼んで食堂の机の上で撮ってもらった。以下にご紹介する動画が、それだ。

 宿から徒歩5分くらいの場所で捕まえ、運んできて、煌々と明るく照らされた、ヤシガニにとっては異常な環境でいきなりハンドリングしたから、ヤシガニの脚の動きから緊張感が完全に抜けきってない。
 が、それにしても人の掌の上で仰向けになったまま静かにしているヤシガニを見て、水産試験所と共同でヤシガニ養殖の研究をしたことがあるという宿の主人も驚きを隠せないようだった。

「触れ合い」が基本だ。
 具体的には、脚をホールドしたヤシガニの甲羅に対し、下から柔らかく・優しく、掌でタッチし、「(こちらから相手に)触れること」と、「(相手からこちらが)触れられていること」とを、同時に、相照的に感じてゆく。
 私は「触れるもの」であり、同時に「触れられるもの」だ。
 触れる、という能動的方向性と、触れられるという受動的方向性とが、同時に意識され、融合した状態。
 これをヒーリング・タッチという。

 余談だが、ムツゴロウさんこと畑正憲氏が、最近(2020年)出演したテレビ対談の中で、動物たちと心を通わせる極意について初めて公に語った。
 自分自身の太腿にタッチし、「そこに触れている感覚」と、「そこから触れられている感覚」とを同時に感じる。「触れている」のか「触れられている」のか、が、わからなくなるような、「触れること」と「触れられること」とが渾然一体となり、区別しがたくなった特殊な意識状態。その意識状態にて動物たちと触れ合ってゆく時、奇跡的な心の通じ合いが起こるのだ、と。
 ヒーリング・タッチと、見事なまでに符合しているところが面白い。

 ところで、あんな風にすると、なぜヤシガニがおとなしくなるのか? 
 ヤシガニのハンドリング法がわかった際、同時に直感的に感じたことなので科学的根拠はまったくないのだが・・・、
 ヤシガニの卵は海に放たれた瞬間に孵化し、プランクトンとしてしばらく浮遊生活を続けた後、ヤシガニらしい姿にメタモルフォーゼして上陸する。その当初、ヤドカリと同じように貝殻の中に入って生活するのだが(ヤシガニはヤドカリの仲間だ)、その、貝殻に守られた安心感を、甲羅と掌が密着する「触れ合い」から思い出してリラックスするのだ・・・と。

 なお、自分も是非やってみようと考えている探求心旺盛な諸君に、一言、二言、注意しておく。
 まず、ヤシガニの甲にあてる掌の向きに注意してほしい。指の向きが逆(指先がヤシガニの頭側を向く)だと、なぜかうまくいかない。
 それから、ひっくり返った態勢がヤシガニにとって自然な状態とは思えないので、あまり長く続けるのも避けるべきだろう。

 ハンドリングが上手くできると、元の体勢に戻してもそのまま大人しくしていることがよくある。何だか可愛くなって、ペット・ヤシガニのような気分であちこち(そっと柔らかに敬いをもって)タッチしまくることは結構だが、調子に乗って掌の上に(仰向けでなく普通の体勢で)乗せたりすることは、厳に慎むべきだろう。バランスを取ろうとして、反射的に爪でギュッとあなたの手を挟むかもしれない。

 以前、西表島の友人が親指サイズのミニ・ヤシガニを捕まえて飼っていたことがある。
 へえ、こんな小さいのは珍しいねえ。手に乗せて写真に撮ってもいいかな、と記念撮影・・・のはずが・・・、掌に乗せた途端、赤ちゃんヤシガニに爪の先でギュッと皮膚をつままれた。それが痛いの痛くないの、そのままじっとこらえて待ったがいつまでたっても離してもらえそうになく、仕方ないからそばにあった大きな水瓶みずがめに手ごと突っ込んでようやく解放された。掌には、小さなかわいらしい爪あとが2つ、きれいに並んでついていたという次第。
 くれぐれも油断は禁物だ。

<2021.01.02>