Healing Discourse

ヒーリング随感3 第19回 龍宮拳 ザ・ムービー

◎第17回でお約束した、龍宮拳第1箇条その一「波紋の足(青竹踏み)」のムービーを、実験的に帰神撮影してみた。撮影は妻の美佳。
 あらかじめ打ち合わせも練修も一切しない、真のぶっつけ本番ゆえ、かなり奇妙なものが出来上がってきた。が、そもそも龍宮拳という存在自体、実に奇妙なものだ。
 これと似たものを、パラオのティティムル同様、私は他に知らない。
 私がかつて修業した太極拳や大東流合気柔術など既存の武術のいろんな影響が、当然ながら随所にみられはする。が、全体としてはまったく新しい。ブランド・ニューである。
 皆さんより先に、私自身が一番びっくりして、呆れ返っている。
 とうの昔に武術を捨てたはずなのに、何が一体どうなって、新たな流儀を授か(り始め)るなんてことと、アイ(i)なったものやら。 

◎しかし、初歩の初歩であるこの「波紋の足」からして、龍宮拳は素晴らしい。意想外の、身体に秘められた叡知と術の、龍宮拳は宝庫だ。
 武術云々は別として、体的修養のヒントを汲み上げるための源泉と、龍宮拳は確実になることができる。
 私は、これまでいくつかの武術を実際に修め、数え切れないほど様々な武術流派を観てもきた。真の名人、達人と呼び得る人たちとも、出合ったことがある。
 が、龍宮拳ほど「使える」ものを他に知らない。もちろん、「私にとっては」であり、それぞれのご流儀にそれぞれの特色とユニークさがあり、人により様々に好みが分かれることは、ここで改めて強調するまでもあるまい。
 私のように生来鈍く、五体満足ですらない人間でも、最短時間で最大効果をあげつつ楽しく修得でき、なおかつイザという時、頼りになる。龍宮拳とは、そういう武術だ。
 単に実用的というだけではない。術の修練が直ちに人間性の向上へとつながるという点においても、龍宮拳の効果は著しい。
 龍宮拳は空理空論をもてあそばず、身体の節度(動きの支点)をズバリ簡潔に、明快に示し、その実現が直ちに(動きの支点が意識の支点となることで)心理にも影響を及ぼす厳正なる事実について、実践者1人1人の内省を求める。
 身体を極めて効率良く使うから、中高年者でもできると思う。私は、今年の初夏頃に始めたばかりだ(現在51歳)。武術的空白期間は約20年。その間、継続的な身体鍛練としては、1日数分程度のエクササイズのみ。
 今は、龍宮拳を毎日30分〜1時間くらい稽古している。

◎以下の一連のムービーは、龍宮式青竹踏み(踏まず)と、その結果発生する土踏まずの流体感覚を、いかにして全身へと拡げ・巡らせ(動きは自律的に自然発生し、毎回異なる)、武術方面へと応用していくかについて(こちらも、毎回異なる)、私が示演している場面を帰神撮影したもの。元来一続きの映像だが、ダウンロード時間を節約するため、3分割した。
 大切なのは根本原理(第1516回で基本を解説)であり、表に現われた動作、型にとらわれてはいけない。外側から見える動きは、前述したように自動的・自律的に示現し来[きた]るものであり、毎回毎回違っている。何日もかけ少しずつ変わっていくこともあるが、昨日とは趣の全然異なる舞(動き)が、突如として顕われ出[いず]ることも、しばしばある。

◎どんな風にしているのかとあれこれ目を凝らして見つめてみたって、あれやこれやと考えを重ねていったって、結局のところ、何もわかりはしない。そもそも、この私自身が、何も「して」ないし、何も考えてないのだ。私がやってもいないことについて、あなたが考えてどうする?
 そんな、毎度毎度変わるような「無常なるもの」に注意を奪われることなく、観の目を造り、時折かしわ手をピシリパシリと打つことも交えながら、龍宮拳の本質をご照覧いただきたい。
 あちこち細かく見ようとすることを強調し、レット・オフする。
 波紋の足とは、土踏まずの意識を覚醒させることで、あらゆる身体運動の基礎感覚に<水>の質をクロスオーバーする修法だ。青竹の上に、土踏まずを柔らかく「載せる」ことがポイント。強く「踏んで」はいけない。土踏まずは、強い力を加えるべき部位ではない。
 流体感覚に基づき、龍宮拳のあらゆる術は運用される。真っ正面からぶつかり合い、取っ組み合った状態においてさえ。

◎私にとって龍宮拳は、自作自演の極みともいうべきものだが、不思議なことに他の人も強烈な魅力を龍宮拳に感じるらしい。ちょっと教えると、皆もう夢中になる。
 まあ無理もない。
 例えば、片膝立ちで木刀を軽く打ち込む、そんなシンプルな動作に、龍宮拳の要訣を一つ加えただけで、木刀で受けた相手の全身をビリビリッと振るわせて突き抜ける威力が生ずるようになる。これは簡単にいえば、膝蓋腱反射をテコの原理で活用しながら動作することで可能となるのだが、そんな鬼レアものの「秘伝」「極意」のオンパレードが、龍宮拳なのだから。
 ちなみに、上記の片膝立ちのコツがつかめれば、それを立位にも応用することが可能となる。すると、動きの「効率」が抜群に良くなる。あらゆる武術、スポーツ、芸道へと応用すれば、絶大な効果が直ちにあがるだろう。膝の認知そのものを変えることに、秘密がある。
 これは、中年以降の膝の故障を予防、治療する上においても、卓効がある。要は、「膝とは解剖学的にいうと、どこか?」ということだ。
 何と、誰も膝とは何か、どこかをご存知ない。それなのに、「膝が痛い」「膝を治療する」「膝を曲げる」「膝を伸ばす」などと言う。
 こうした「無知」が、膝の痛みや故障を招くのだ。
 それを、龍宮拳は防ぎ、あるいはいやすことが、できる。龍宮拳とは、叡知の武術、いやしの武術だ。
 私は、今、龍宮拳を例にとり、<ヒーリング>の一側面を説いている。

<2011.11.24 虹蔵不見(にじかくれてみえず)>