Healing Sound

ヒーリング・ダイアリー10

3月2日(金) チャロナラン

 間もなく(3月11日)秘仏スライドショー『チャロナラン』が一日のみ限定公開される。

 2009年のインドネシア巡礼で、私もバリの祭礼チャロナランに参列した(関連記事はディスコース『ヒーリング随感2』第1213回)。
 観光客向けのショーとは次元の違う、あそこまで奥深い呪術祭儀の世界を、人気の観光地バリで味わえるとは、まったく思っていなかった。

 ご存知の方も多いと思うが、バリの祭礼にはガムラン音楽(注1)が欠かせない。
チャロナランにおいても、ガムランが途切れることなく演奏されていた。
 すでに観光ショーのガムラン合奏を聴いていた私は、その内容の違いに驚いた。チャロナラン劇のために奉納されていた音楽は、ガチャガチャうるさい印象しかなかった一般向けガムランショーとは一線を画していたからだ。
 チャロナラン劇での村人たちの演奏は、決して上手とは言えないが、音が活きていた。魂がこもっていた。技巧を売り物にする軽薄な調子とは、まったく無縁だった。
 祭り空間の中に、キラキラした音が、彫刻のようにちりばめられていく。

撮影:高木一行
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 ある時、それまで激しく場面転換していた音楽が、突如、単調になった。ごく静かに、ある2つの音が、交互に響いているだけ。それが、延々と続く。
 
 その時である。背後から物凄い叫び声が響いてきたのは・・・。
 ついにトランスが始まった!
 絶叫しながら痙攣し、取り押さえられ、硬直した体を数人がかりで運ばれていく女性。それを皮切りに、あちこちで手負の獣のような咆哮が聴こえ、悪霊がつぎつぎと人々に憑依するという凄惨な光景が繰り広げられた。

 上述の2つの音とともに、祭りの流れが明らかに変わった。
 物語の場面は、追放された王妃チャロナランが魔女ランダに変身するところだった。その際に演奏されていたのが、例の単調な2つの音の繰り返しだったのだ。

 2つの音の響きは、いわゆる「悪魔の音程」だった。
 西洋音楽の理論でいうと、「増4度(減5度)」の音程であり、多くの人がちょっと聞いただけで不快感を覚えるようだ。
 中世のキリスト教会においては、悪魔を呼ぶ音程として忌み嫌われ、その音を鳴らしたことで死刑になった者さえいるという。
 ちなみに音程というのは、異なる2つの音の高さの関係性を意味する。たとえばドレミのドとレの音程関係は、「長2度」という。

 ガムラン音楽を、西洋の音楽と単純に比較することは難しいが、数学的に表わすことのできる音程となると、共通性が見出せる。
 現代では、「悪魔の音程」といえども、平気で使っている音楽が多いし、私自身よく用いる音程である。
 しかしバリにおいては、悪魔の音程はいまだに宗教的に機能していた。
 あらゆる破壊と災厄を司る死の女神ランダを呼び招く音程として、これほど相応しいものはない。

 インドネシア巡礼作品として奉納したヒーリング楽曲『チャロナラン』では、この悪魔の音程が積極的に採用されている。9つのチャプターからなる組曲『チャロナラン』のチャプター6で、トランス者の声とともに悪魔の音程が顕われる。
 年に一度だけ公開されるスライドショー『チャロナラン』とクロスオーバーしたのも、チャプター6だ。
 曲の途中から、悪魔の音程を形成する2つの音が、一定のリズムで繰り返される。この方式は、バリのチャロナランで奏上されていたガムランと同じだ。その悪魔の音程が基調となり、さまざまな音要素が交錯しつつ、音楽によるチャロナラン劇を構築している。
  悪魔の音程は、聴く人に不安や焦燥、嫌悪感などをかき立てる作用があることが、ヒーリング・ネットワークにおけるこれまでの実験でわかっている。苦手な人、嫌いな人、気の合わない人と相対している時に感じるような、モヤモヤしたイヤな感じがすると報告する人が多い。
 私自身は、濁りや不安定さの要素を特に感じる。

注1:ガムランは一般に、インドネシアにおけるジャワ島のガムランと、バリ島のガムランとに大別される。両者とも、さまざまな種類の打楽器によって構成されている。バリでは、リズムの要となるクンダン(皮の太鼓)、曲の中で区切りを示す際に鳴らされる大きなゴング、メロディーを担当する金属鍵盤打楽器・ガンサ、小さな銅鑼が横に並んでいるレヨン、竹の笛スリン、小型シンバル・チェンチェンなどが基本となる。
 バリでは、各村にガムラン合奏団があり、それぞれのガムランは村によって微妙にチューニングが異なるという。このチューニングの違いが、村を特徴づけるカラーになっている。楽器を創る際にも、ひとつひとつの手順ごとに祭礼が執り行なわれるそうだ。

3月6日(火) キナバタンガン

『チャロナラン』に引きつづいて創作したヒーリング楽曲『キナバタンガン』は、10の小曲からなる約25分の組曲だ。その全曲に、2010年度ボルネオ巡礼の際に現地録音した、キナバタンガン河周辺の自然音が使われている。
 ボルネオのジャングル・パワーがギュッと凝縮した自然の音は、さすがに生命力に満ちあふれている。聴いていると、全身が音によって洗われるのが感じられる。まるで、河で沐浴しているかのような爽やかさだ(キナバタンガン河にはワニが生息しているので、沐浴はできなかったが)。

 自然音の録音と音楽をミックスした、いわゆるヒーリング音楽なるものが巷にはあるが、「ヒーリング」という言葉が極めて限定された意味で使われており、私にはとても退屈に感じられる。リラックス感や心地よさだけを追求すると、ただ眠くなるだけの音楽になってしまうようだ。
 そうしたいわゆる「ヒーリング・ミュージック」と対決するつもりで、キナバタンガン巡礼の体験を楽曲として創作することができるか・・・夫からそういう挑戦状を叩きつけられた。自然音に音楽を重ねる同じ手法にならいつつも、どれだけ自分らしさ、オリジナリティが出せるか。私たちが信ずるところの<ヒーリング>を表現できるか・・・、と。
 これは、自分自身に対する挑戦でもある。
 岡本太郎が言うような、ただ心地よいだけでなく、魂のそこから振るえるような感・動や、全身にザワっと鳥肌がたつような戦慄感、思わず叫んだり、走り出したりしたくなるような生命力の微粒子的爆発(あるいは爆縮)感を、私たちは<ヒーリング>を味わうたびごとに体感している。
 そのようなヒーリングが音楽となって顕われたものが、私のいうヒーリング楽曲だ。

 なお、『キナバタンガン』は『チャロナラン』とセットになっており、『チャロナラン』に秘められた魔の力を鎮める禊的ヒーリング効果をも有している。

 まもなく秘仏スライドショー『チャロナラン』が公開されるが、何度も繰り返し(決してお勧めできない)観た結果、精神に異常を感じ始めた方は、ここでご紹介する『キナバタンガン』で必ずリセットしていただきたい。そういう、いわばチャロナラン劇における聖水の役割(悪霊にとりつかれた者が、僧侶より聖水をかけられると意識が戻る)を、『キナバタンガン』は果たす。

 私たちが滞在したジャングルのリゾートホテルは、6月のマレーシアとは思えないほど、涼しくて快適だった。朝は、ニワトリの鳴き声で目覚める。音程の外れたニワトリがいて、あまり面白いので録音した。この「朝の音」を音楽とクロスオーバーしたのが、『キナバタンガン』のチャプター1だ。