Healing Sound

ヒーリング・エッセイ 第9回 ヒーリング・セレブレーション・リポート(後編)

 ヒーリング・サウンドの学びは、「音を聴く」だけでなく、「音を発する」ことにも重きを置いています。
 普通は声を出す時、「自分の外に出す」という意識が無意識的に働きます。ところがヒーリング・アーツの基礎原理であるレット・オフ(神経的位相転換)の応用により、「外側に発する」こととは正反対の、音の流れを遡って「内側に入っていく」という意識転換が生じるのです。さまざまな修法がありますが、それをハミングに応用すると、ヴァイブレーションが身体の内へ内へと波及していき、声に導かれて内的宇宙へと深くダイビングしていくような感覚が起こるのです。声そのものの質も瞬間的に変わります。
 セレブレーション中、こうした方法で発声している人の背骨に柔らかく手をあてて触れあう実験も行なわれました。普通に発声していると、背骨にはごくごく弱い振動が起こるのみですが(何も感じられないこともあります)、「裡(内)側に響かせる声」に切り替わったとたん、ビリビリと電気が通ったように背骨が振るえ、それが触れあっている者の背骨にまで伝わってきます。多数でつながりあっていると、全員の全身に電気的ともいえる共鳴が起こるのです。このように背骨に声を共振させることは、脊椎神経の活性化にもつながると思われますが、背骨にこれほど繊細な刺激を与えられるのは自分の声以外にないのではないでしょうか。
 全面的に意識を内向させつつ発せられる声には、ある種の力がこもるようです。夫がハミングを発すると、参加者たちは会場全体に響き渡るヴァイブレーションに翻弄されるように体が動き、自然に声が出てしまったりしていました。踊り出したり、叫び出したりする人もいます。そんな時には意識はクリアーに研ぎ澄まされ、音によって浄化され、いやされていく生理的な感覚がともなうものです。
 こうした特別な発声法は、シャーマニズムの世界で「パワー・ソング」、古神道で「言霊」と呼ばれてきた霊的テクノロジーにも通じるようです。以前、雑誌『ムー』(学研)の取材を受けた際、記者が夫のパワー・ヴォイスの一端を体験し、その様子を「驚いたことに、筆者の体に電気のような衝撃が走り、あたかも振動の海の中に心身が溶けていくかのような、凄まじい体験をすることができた」と報告しています(『ムー』2000年2月号)。
 タクシーなどに乗っていて、夫が意識状態を少し変えて話すだけで、その影響を受けた運転手が突然挙動不審になってしまうことが時々あります。ブルブルふるえ出したり、方向音痴になって同じところを何度もグルグル回り出したりするなど、普通ではとても考えられない行動を取りはじめるのです。運転手が乗客を置き去りにして車を離れ、一目散に駆けていった、という珍事件も何度か起こっています。
 意識に深い変容をもたらす声が出せるようになってくると、他人に対して思わぬ影響をおよぼすことがあるから注意が必要です。
 
 ヒーリング・セレブレーションが進行していくにつれ、はじめのうち多少固くこわばっていた参加者の心身がときほぐされ、打てば響くような感度のよい状態へとチューニングされていきました。この状態では、まるで別の身体に生まれ変わったかのように音感がよくなります。音を聴くことが、深い瞑想体験へと変容するのです。

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<感想7>
 この度のヒーリング・セレブレーションでは、どのような名演奏家のコンサートに行ったとしても、ただそれだけでは決して味わうことのできない、深い音の世界に誘われることになりました。私達は音楽体験の善し悪しを、演奏者の技量や楽曲のクォリティなど、外側の世界だけに求めがちですが、セレブレーションにおいては自らの心身を開いていくことで、音楽を聴く行為そのものが変容していくという体験を味わいました。
 今回体験させていただいた音の世界は、普通に漫然と音楽を聴き続けているだけでは、決して出会えないものでした。このような音楽体験が味わえる機会はそうそうあるものではなく、本当に貴重な場に参加させていただけたのだと感じています。[神奈川県、R.S]

<感想8>
 セレブレーションでは、『アルテミス』の一曲一曲で舞ったり、あるいは心身を開いて全身で聴いていきましたが、音を楽しむのに決まった形などなく、本当に自由に、音楽と自分の存在を分け隔てる壁がどんどん消えて、一体となっていくように感じられました。また「音」という粒子的波の微細な感覚がどんどん感じられるようになっていき、今ここで鳴っている音の響きはどんなに微細になっても空間に拡がっていき、周囲へ確実に影響を与えているのだという実感をもたらしました。同時に自分という存在がヒーリングに満たされ変容すると、例えそれがどんな微細な変化であっても確実に周囲へと影響を及ぼすということも感じられました。
 自宅で何度もニューリリースされた『アルテミス』を聴いていますが、セレブレーションで感じたような音の立体感、音楽体験と感動がすぐさま甦ってきて、身体の内に細かい振動が湧いてきます。今回参加しなければ、これほど奥深い音楽の世界や、心身が沸き立つような感動は味わえなかったと思います。[神奈川県、Y.S]

<感想9>
 セレブレーションが進むにつれ微細な粒子感覚に包まれてしまうのを感じ、音によってあらゆる方向から体まるごと揺さぶられているようでした。楽曲からの波は特に背中側によく響いてきました。音を聴くというと、耳で聴くというとらえ方をしていたのですが、この体験は耳だけで聴いているというよりも、体そのもので聴いているという感覚でした。そして音楽によって体が軽くなっていくのが感じられました。こうして実際にお教えいただきながら聴いていくことにより、聴こえ方が変わっていくということは、それだけ自分自身が変わっていっているということのように感じました。[大分県、S.H]

<感想10>
 今回、美佳先生の音楽の持つ力にたくさん触れさせて頂きました。聞き始めた瞬間から意識が変わる感覚があります。他の音楽にはないオリジナリティーを感じます。そのような音楽にダイレクトに触れさせて頂く機会を得ることができましたことに改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。[大阪府、Y.W]

<感想11>
 最後に美佳先生によるパイプオルガン曲「トッカータとフーガ・ニ短調」の奉納演奏がありました。天を突きぬけ、地を貫く音の幅があり、低音は下腹から足裏まで、高音は脳天を突き抜けるように音が通っていき、全身の上に鍵盤が並べられ、一音ごとに対応する部位それ自体が振動するような強烈な響きを感じました。音楽の持つ可能性、ヒーリング・サウンドの喜びを味わわせていただき、ありがとうございました。[山口県、K.M]

<感想12>
 美佳先生の奉納のパイプオルガン演奏では、バッハの「トッカータとフーガ」の導入の印象的なメロディーから、徐々に心身の内側で波が沸き立つのが感じられてきて、心身の流れが途切れることなく揺さ振られていきました。心身の振動がうねりとなって高まり、曲のクライマックスまで導かれていきました。感動的としかいいようがない体験であり、ヒーリング・アーツによって開かれた心身でしか味わうことができない音楽の体験だと感じました。[神奈川県、Y.S]

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 私が体験しつつあるヒーリング・サウンドの世界は、無限の奥行きをもって現在も拡がりつづけています。素晴らしい音楽体験は一部の音楽家のみの独占物では決してないし、あらゆる人の内に最高の音楽家としての可能性が秘められていることを、今回のセレブレーションでも実感しました。音楽にかぎらず、創造的な人生を切り開いていく力が、ヒーリング・アーツには確かにあります。

<2008.09.28>