高木一行 編
リビングCに場所を移して、
「あのインド王室御用達って書いてあった薄い紅茶、どこで買ったんだっけ?」
「M百貨店」
「M百貨店も今や落ち目かね。最近、変な商品をよく売るじゃないか。魚だけはいいものを扱ってるけどさ。それにインド王室って何なのかね。マハラジャならいるけど、王じゃなくて藩王だからね、マハラジャというのは。インド王室なんて聴いたことないよ。そもそもインドに王様なんかいたっけ?」
「でもおいしくなったじゃない。どうやったの、これ?」
「インド王室紅茶に、マレーシアはキャメロンハイランド産のボー・ティーとシンガポール製1872クリッパー・ティーのヌワラ・エリヤを適当にぶち込んでやったら、こうなった。何だかいけるよな。スコーンとよく合ってるよ。同じものをまた作れと言われても困るけど」
「それで拍子の話なんだけど」
「敗戦前の日本は、音楽的に言うと1拍子で成り立っていた。天皇や権力者がこうだと言えば、国民全員にとってそれが絶対であった、と。それについては何となくわかったから、今度は2拍子にいってみようか」
「戦後に西洋から入ってきたポピュラー・ミュージックがほとんど2拍子を基本にした4拍子。ラップなんかもそうだよ」
「じゃあ、日本古来の音楽は1拍子だったのかねえ。具体的に何かあげられる?」
「例えば盆踊りなんかがその典型。1、1、1、1と拍子を取っていけるようになってる」
「三三七拍子が1拍子だと美佳が言ってた意味がわかってきたよ。確かに、1、1、1、と拍子を刻んでいくからね」
「一行が応援団で1拍子と2拍子がどう違うのか疑問に思ってたっていう話も正しかったわけよ。だって一緒なんだから」
「そういえば美佳さ、広島カープの応援歌が一体何拍子なのか、全然わからないって言ってたじゃないか」
「音楽というものを2拍子を基本にして聴く癖がついてちゃってたのね、私。2拍子以下は音楽じゃない、っていう感じで。あのカープの曲も楽譜を観てみたいんだけどさ、たぶん本質的には1拍子なんじゃないかと思う。それなら説明がつきそう」
「俺たち、野球に全然興味がないからなあ。まるで天気のことを話すみたいにいきなり公式戦がどうとか話し始める人間がいるじゃないか。あれはどういうことなんだろう。誰もが皆自分と同じように野球好きなものと思い込んでるんだろうか」
「野球には一切興味ありませんって一行がきっぱり言うと、えっ、ああそうなんですか、ってみんな声が小さくなってしょんぼりしちゃってさ。そばで聴いててちょっとかわいそうになる」
「だって、興味もない話を延々されたら嫌でしょうが。狭いタクシーの中なんかでさ」
「そんなだから、時々タクシーの運転手がおかしくなって挙動不審になったりするのよ」
「お客様が乗ってるのに、車を停めて自分だけ外に飛び出してどこかへ走り去ったりとかね。困るんだよな、運転手がいないタクシーにぽつんと取り残されるのも。まだ金も払ってないから降りるに降りられず」
「一行って、そういうところ律義だもんね。東京人ならさっさと降りちゃうんじゃないかな。タクシーの中に置き去りにされるなんて、一行以外には起こり得ないことだとは思うけど。何度もそうなったことがあるのよねえ。N子が言ってたわよ、東京で一緒にタクシーに乗ってる時に体験した、って。話には聴いてたけど本当にそういうことが起こるんだって、すごく感動してた」
「まあ、それは置いといて。戦後になって西洋から2拍子の音楽と一緒に2拍子の価値観がどっと押し寄せてきた、とこう言いたいわけだね、美佳は?」
「善と悪、高いと低い、優れてる・劣ってる、そういう二元論が2拍子と対応してるんじゃないかと思う。今の日本は1拍子はほとんど消えて、2拍子の音楽ばっかりだよ」
「その論でいくと、3拍子の音楽を味わえるようでなければ三権分立など成り立ちようがない、ってことになるのかな」
「そうそう。日本を根本から変えるためには3拍子の音楽を普及させる必要があるのよ」
「でもさ、西洋の音楽は2拍子って言ってたけど、三権分立という概念は西洋で生まれて西洋で発達したわけだよな。そこのところはどう説明する?」
「西洋の音楽がすべて2拍子というわけじゃないのよ。アメリカ国歌は3拍子だし」
「じゃあ、美佳がこれまで創った曲の中で3拍子なのはどれ?」
「そうね、『ディオニュソスの巫女1』でしょ。それから『メドゥーサ』『ベラドンナ』・・・・『エルニド』『リーラ』もそう。最近創った『ケラマ・グレイス』序章の『禊』も」
「へえ、意外と少ないんだねえ」
「そうなのよ。私もやっぱり2拍子にとらわれてたのね。それで悟ったわけよ、これからは3拍子の音楽をもっと創らなきゃ、って」
「なるほど。アラブの音楽なんかはどうなってるのかな?」
「アラブの音楽はものすごく複雑! 11拍子なんていうものが平気で出てきたりするし。魔術的だよ。そういえば、知ってた? アフリカ人は3拍子で歩くって」
「いや、そんな話は聴いたことないな。どういうことだよ、3拍子で歩くって」
1、2、3とリズムを取りながら実際に歩いてみせて、
「こうやるのよ。ねっ、面白いじゃない? 普通は1、2、1、2と2拍子で歩くわよねえ」
「まあ、軍隊で行進する時なんかはそうだね。俺はゼロ拍子で歩くけどさ」
「え? ゼロ拍子?」
「中心から歩くと自然にそうなるよ。武術では常識だよ。基本中の基本というか」
「そういえば前、よく下駄を履いてたでしょ。みんなが言ってたわよ、先生が下駄を履いて歩くと音が全然しないんだけど、真似してみてもできない、って」
「何のこっちゃ」
「下駄を履いて階段を昇り降りすると、どんなに静かに動いてもどうしてもカラコロ音がするんですって。でも一行は普通に歩いてるのに全然音がしない、不思議だって。底にゴムでも貼ってあるんじゃないかって、一行が脱いだ下駄をこっそり調べたこともあるらしいわよ」
「何だかストーカーにつけ狙われてるみたいでちょっと気味悪いな。どうでもいいじゃないか、音がしようがしまいが。そんなことよりアフリカ人の歩き方に話を戻すけど、つまり3歩1セットで、例えば右、左、右と歩いたら、次は左、右、左、と」
「そうそう。なんでそんなに面倒臭いことをするのかよくわからないけど、そうなんだってさ。ずっと前にテレビでやってたの。アフリカの特定の民族だけなのか、アフリカの人がみんなそうなのか、そこまではわからないんだけど」
「アーサー・C・クラークの『宇宙のランデブー』にさ、3を基本単位とした文明を築いたラーマ人というのが出てくるじゃないか。ジェントリィ・リーとシリーズを共作する前の一番最初の作品。人類が出会った時にはすでに絶滅してて実際の姿はわからないんだけど、残された遺物から推測するにどうやら腕も脚も3組ずつあったらしい、ってやつ。3拍子で歩くなんて、そのラーマ人を思い出しちゃったよ」
「日本はすぐれた国だけど司法制度だけは中世レベル、って国連で批判したドマーさんもアフリカ人でしょ」
「サティヤボーシュム・グプト・ドマー氏ね。モーリシャスの元最高裁判事だけど、モーリシャスはアフリカ連邦に属してるんだからアフリカの国家だよね。マッコウクジラとホエール・スイムできるんじゃなかったっけ」
「私、海でだめになるでしょ。それもやっぱり拍子が原因じゃないかと思うのよ」
「波の拍子をつい取ってしまう、ってこと?」
「そう。海の波なんて、いろんな拍子がものすごく複雑に絡み合ってるんだから、そんなものの拍子を取ろうとしたら頭の中がぐるぐるかき回されるみたいになって、もうだめってなっちゃうんじゃないかな」
「意図的に拍子を取ろうとしておいてそれをレット・オフすることを心がければ海で酔わなくなる、もし本当にそうなったら大したもんだと思うよ。でも実際に試してみないとねえ、陸上で言ってても仕方ないから」
「まあそうなんだけどさ。それに海の中で酔う原因がもう一つあることに気づいたのよ」
「ほお、それは何?」
「目隠ししてパイプオルガンを弾いてると、どこにどの鍵盤があるかわからなくなることが時々あるんだけど、その時によく自分自身を観察すると、下あごが緩み過ぎてぶらぶらしてるってことに気づいたの。それを改めると、たちまち鍵盤全体の配置がハッキリ感じられるようになるのよ」
「それと海の中で酔うことがどんな風に関係してるの?」
「お風呂の中でマスクとシュノーケルをつけて練修してたらさ、同じように下あごが緩む癖があることを発見したわけ」
「何だって? シュノーケルのマウスピースをくわえる時、上あごと下あごの力の入り方がアンバランスだった、ってことかな?」
「そうそう」
「ふうん。珍しい人だなあ、君も。でも、耳の穴に指を入れて顎をあれこれ動かしてみればよくわかるけど、耳と顎は連動してて、その耳の奥には三半規管があるからねえ」
「顎がぐらぐら揺れると三半規管に影響して平衡感覚が不安定になるってことがあるんじゃないかしら」
「顎を揺さぶるように打つと、ぱたっと倒れちゃうからねえ。そうやってノックダウンされると気持ちいいってみんな言うよ。でも腹を強打されて倒れる時は地獄の苦しみなんだって。俺は両方とも経験ないけど」
「そうなんだ」
「この間の慶良間巡礼でさ、美佳がいつも以上にダメになってたじゃないか」
「少しブランクがあったのに、前と同じような感覚でいきなり泳ぎ始めたのが悪かったんだと思う」
「初日からいきなり全部脱げっ、てね」
「水がものすごく冷たくてさ、おまけにぐるんぐるんに目が回るし、もう死ぬかと思ったわよ」
「俺はちっとも冷たいと感じなかったけどね。それに、今回の慶良間はちょっと珍しいくらい波が静かだったよ。ボートの船長もそう言ってたじゃないか」
「でも、奇妙なうねりのようなものがあるとも言ってたわよ」
「そういうのってさ、やっぱりその海で漁師とかダイビングガイドなんかを長年やってないとわからんもんだねえ。波とか潮流の読み方とか、興味あるんだけど」
「一行は海洋民族だから、水が冷たかろうが波が高かろうが平気なのよ。前、世界の海の危険な仕事を特集したBBCの番組観たでしょ。あの時、どれも実際にやってみたい、これならできる、なんて言ってたじゃない」
「小舟で漕いでいって身ひとつで銛を片手に大きなクジラに体当たりでダイヴするとか、断崖絶壁に打ち付ける大波の合間を縫って岩にへばりついてる高級食材の亀の手をささっとかき集め、波が来たらさっと岩の隙間に身を潜めてやり過ごすとか、あれね。すごく面白そうじゃないか。瞬間瞬間の判断をちょっとでも誤ったなら即あの世行きというのが痺れるんだよね。自分の力と経験が極限まで試されて鍛えられる、そこがいいんだよ」
「はいはい、そうですかね。私には全然理会できない世界ですけど」
「別に美佳にやれって言ってるわけじゃないよ。だけどさ、慶良間巡礼でボートにぐったり横たわってる美佳を観ていてだね、そのけなげな姿に心打たれたわけよ、わたくしは」
「え? それどういうこと?」
「美佳は海の巡礼に行くと、毎回必ず酔って猛烈に気分が悪くなるじゃないか、船の上でも海の中でもさ」
「いったんそうなって、それが経過したら後は大丈夫になるんだけど」
「でも今回はなかなかそうならなくて、日程の半分くらいはずっとダメになってただろ。そこで決心したわけ。次の巡礼地は海のないところを目指すぞ、ってさ」
「ふうん、そうなの。でも、海以外も面白そうよねえ。一行と一緒だとどこに行っても最高に面白いんだけどさ。地獄の底までついていくわよ」
「我が妻よ、よくぞ言った。愛してるぞ」
「私も愛してる」
「だけどさ、美佳が海で酔わなくなったら、今後の巡礼の可能性がぐんと拡がるよなあ」
「もうこうなったら船舶免許を取ってやろうと思って。調べたんだけど数日で取れるらしいのよ」
「それは何とも勇ましい話だな。苦手なものに背を向けず、逆に勇敢に立ち向かってゆく、これこそ龍宮道スピリットというものだよ。見事だ。でも船に乗ると酔う者でも、船を操縦すると酔わないって話を、前に沖縄で聴いたことがあるよ。その話をしてくれた人も、船が苦手だったんだけど船舶免許を取ってさ。外国まで行ける特別な免許で、本来簡単には取れないものらしいけど、沖縄の漁師は台湾の近くまで行ったりするから、そういう人たち向けにちょっと取得しやすくする制度が期間限定であったんだよ、沖縄在住者だけのために。今はもうそういう制度はなくなってると思うけど」
「私は外国まで行きたいわけじゃないから普通の船舶免許でいい。運転すると酔わないというのは、車と同じじゃないかな。裁判がきっかけで車を運転するようになったでしょ、私。前はタクシーなんかに乗ってて時々気分が悪くなりそうになることがあったんだけど、自分で運転するようになってからは一度もないもの。いったん海に強くなったら、もうこっちのものよ」
「そううまく何とかが卸しますかね。でも、俺が美佳に海へ連れていっていただくようになったら、これは一大奇跡と呼んでも決して過言ではないと思うよ。せいぜい張り切ってくれたまえ」
「ゆうべアトリエで『ケラマ・グレイス』を一緒に観たじゃない? 音楽をクロスオーバーする作業で数え切れないほど観てるし、完成してからも何度も観てるんだけど、『これほどとは・・・』って思わずため息が出ちゃった。序章なんか、静止してるはずの波がゆらゆら揺らめいちゃってさ」
「美佳の裸身も、神聖な輝きを帯びてこの上なく美しいんだけど、図と地をレット・オフで反転させると、その裸身を取り巻く水と光と陰に宿った生命の質感がぐぐっと迫ってくるんだよ。苦しい思いをしつつも巡礼をやり遂げてよかった、って思うでしょ?」
「本当にそう。これって本当に不思議。巡礼って結構ハードなんだけど、帰神スライドショーを観てると、楽しいことばっかりだった極楽パラダイスって感じになるのよねえ」
「それで、あの楽しい旅よもう一度、とシパダン島(編注:マレーシア領ボルネオ)に再巡礼したら・・・」
「シパダンはいいんだけど、そこへたどり着くまでがジェットコースター(2人して大笑い)。ハードな面をすっかり忘れてたのよね、私たち。波が激しすぎて一行のカメラも壊れちゃったもんね。あれ、水中ハウジングと合わせて80万円近くしたんじゃない?」
「俺たちの巡礼作品にはだね、人を楽園幻想へといざなう力があるんだよ、きっと。作者自身がいざなわれてちゃ仕方ないんだけど」
「本当にそう。気をつけなくちゃ、観照する時には。すぐ海へ行きたくなってくるから」
「でもさ、今回の慶良間で徹底的にダメになったという割には、美佳もしっかり海中撮影をこなしてるじゃないか。美佳がウミガメと一緒に泳いでる場面以外は、ウミガメのフォトはほとんど美佳が撮ったんじゃないかな」
「私、爬虫類飼育を始めたでしょ。そしたらウミガメについてもうるさがたになっちゃって。海草を食べてる時の目の表情が可愛いからそれをアップで撮りたいとか、海の中をはばたくように進んでいく様子とか」
「シパダンで撮った時とは全然違うね。カメという生き物の本質に迫ってるよ。ウミガメのみどころというか注目ポイントをよくわかってる感じが伝わってくる」
「それそれ。自分でも面白いなと思うの。前はウミガメのヒレの鱗とか、甲羅の板の形とか、全然観えてなかったのに、そういう細かいところにまで自然に目がいっちゃって」
「カメというのは、爬虫類の中でもちょっと変わってるって思わないか?」
「どういうこと?」
「蛇やトカゲ、ワニなんかが爬虫類の仲間というのは何となくわかる。でも、カメもそうなんですか、って思わんかね、普通。何といってもあの甲羅がねえ。あんなものしょってる蛇とかトカゲなんて想像できないよ」
「まあ、それもそうよねえ」
「単なるカメ、ではなくて、爬虫類の仲間という位置づけでカメを飼ったら面白いとは思うんだけど、どうもこの場所は水ものが合ってないみたいだからなあ。予想しにくくて当てにならないのを水物っていうけど」
「前に実家でたくさんカメを飼ってた時、小さいのをこっちへ連れてきたことがあったんでしょ」
「クジャクスッポン(Aspideretes hurum)とかガンジススッポン(Aspideretes gangeticus)とかね。かなり珍しい種類だよ。でも何だか調子が悪くて、実家に戻したら突然急成長を始めたり・・・」
「急成長といえば、ほら、スッポンモドキも・・・」
「うちで何年も飼ってて一向に大きくならないのを、里子へ出したら一気に大きくなっちゃった、ってやつね」
「いつも陰に隠れて暗い性格だったのに、よそへ行ったら明るくなって、人の姿をみると寄ってくるっていうじゃない。その話を聴いた時、奇跡的って思ったもの」
「スッポンモドキというのは本来、そんな風によく人になつくカメなんだよ。実家でいろんなカメを育ててたわけだから、俺の飼育技術に特に問題があるということは考えにくく、水が合ってないんじゃないかと結論づけざるを得ないわけだね。龍宮館では水ものはご法度、と」
「ジャワヤスリヘビもやっぱりダメだったわよね。どんなにあれこれやっても皮膚病になっちゃって。でも里子に出したら特に何もしなくてもきれいに全治したっていうんだから、確かに水が合ってないのかもしれない。水ガメとか水ヘビとか、水の中で暮らす生き物には、ってことだけど。ほかのヘビやトカゲには何の問題もなさそうじゃない。みんな元気に育ってるし」
「だから、水ものには手を出すベからじ、ってことだよ。龍宮館ではさ。だけど、水に入らない小型のリクガメならいいんじゃないかな、ヘルマンリクガメとか。リクガメじゃないけど陸棲でミツユビハコガメっていうのもよくなついて可愛いよ。片手に乗るくらいの手ごろなサイズだし。室内で飼われてるミツユビハコガメが空腹になると冷蔵庫の前で待ってる、なんて話も聴いたことがあるな」
◎広島では昨日から雪が降り始め、うっすら雪化粧した極楽寺山が舞い散る粉雪に霞み、灰色の空の中へところどころ溶け込んでゆくような、幽玄で荒涼索莫とした風景を現出させている。
1年間『ヒーリング・リフレクション2』を連載してきた。アントロポセンから始まって宮本武蔵、しまなみ海道、暗黒裁判、モルディヴ・シンガポール、しまいにはゴブリン・モードやら食べ物ブログなど、まさにエッジ・オブ・カオス(渾沌の縁)を地で行く内容となったが、これだけ書いてもまだ表面の薄皮だけを引っかいている感じで、何とももどかしい限りだ。
過去の人生についても随分記してきたと思ったのに、まだ取り上げてないことの方が圧倒的に多い。人間、瞬間瞬間に爆発する生き方を続けて62歳ともなれば、すでに数百年分くらいは生きてきたような、あるいは時間と空間を超えいくつもの人生を生きてきたような、途方もない充実感と・・・宇宙的な孤高の感覚とに、満たされるものだ。
・・・・・・・・・夜が更けても雪はずっと降り止むことなく、書斎の窓からみおろす広島湾周辺はダークグレイの世界と化して、海と陸地の区別はもはやつけがたく、市街地の灯すらほとんどみえない。・・・・とても静かだ。雪が音を吸い込み、周辺のすべてがひっそり静まり返っている。なるほど、サイレント・ナイトとはこれか、なんて暖国の人間らしいとぼけた感慨をいだきつつ、独り、想いを遠く宇宙にまで致しながら、ヒーリングの祝福を捧ぐ。
あなた方一人一人へ、祝福を。時空を超え、今。
——『ヒーリング・リフレクション2』 完——
<2022.12.24 クリスマスイヴ>