Healing Discourse

ヒーリング・リフレクション2 第四十三回 妻との対話(中編 拍子を語る・其の一)

高木一行 編

「そういえば、1拍子とか2拍子とか言ってたじゃないか、ゆうべ。悟ったことがある、って言ってたよね。詳しく聴かせてもらおうか」
「なぜ日本という国は、三権分立が成り立たないのか」
「えっ!? それと拍子がどんな関係があるわけ?」
「私は何でも音楽的に感じて、音楽的に考えてるってことに突然気づいたのよ。電車に乗ってても、無意識のうちに拍子をとったり、鳥の鳴き声を音階で聴いたり・・・」
「美佳が今言ってる拍子というのは、西洋の音楽理論における拍子ということだよね? まずはそこのところから簡潔に説明していただかないと。何せ私は、音楽理論の絶対素人なんだから。音楽理論に限らないけど」
「『ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー』って曲があるでしょ。あれを日本人は2拍子で歌うんだけど、アメリカ人は3拍子で歌う。これわかる?」
「何だって? 全然わからんぞ」
「今の若い人たちはもしかしたら違ってきてるかもしれないんだけど、うちの父なんかはどうしても2拍子で歌っちゃうわね」
「お義父さんといえば、誰かの結婚式に呼ばれるとギターの即興弾き語りで参加者全員を泣かせちゃうんだろ?」
「みんな感激して泣き出しちゃうのよ。私も泣いちゃう」
「考えてみるとそれも凄いことではあるよな。お義父さんは今は自分の個人会社を息子とパートナーで経営したり、高知料理を出すレストランのシェフなんかかけ持ちでやっちゃって悠々自適って感じだけど、元々は結構大きな外資系会社の雇われ社長だったんだよね。ということは美佳は社長令嬢なわけで、その令嬢様のハートを射止めたわけか、俺は」
「あはは。社長令嬢の割には、中学の時からあちこちでアルバイトしてたけど。ピザ屋とか回転寿司とか」
「社長や令嬢はさておき、ハッピー・バースデイと2拍子、3拍子の話に戻るけど、ちょっと実際にやってみてよ」

 美佳、立ち上がって足踏みとかしわ手で拍子を取りながら、曲の最初の出だしを2種類、歌ってみせる。

「なるほど、全然違うものだということは聴けばすぐわかる。でも、具体的にどこがどう違うかは説明できないな」
「私から引き出してよ。私だって言葉ではうまく説明できないんだから」
「長年の訓練によって無意識のレベルになってるってことだよ。美佳にとっては当然で当たり前のことが、他の人間にとっては理会不能なわけ」
「その、理会を絶する深淵に橋を架け渡す、って一行よく言うじゃない。だから、ね、お願い。ほかの人に言ってもきょとんとされちゃうだけなんだから」
「フォクシー美女にお願いと迫られて無下むげに断るようでは男がすたるというものだ。よし任せなさい。まずは1拍子から始めようじゃないか。1拍子で突然思い出したんだけどさ、ほら、隣の高校で毎年体育祭の時だけできる臨時の応援団、あれに入ってたでしょ、俺」
「3年の時は団長を務めたのよね」
「全校の各クラスから男女2人ずつ選ばれるんだけど、最初の年は担任教師の指名で半ば強制的に送りこまれてね。嫌で嫌で仕方なかったんだけど、実際にやってみると意外に合ってるというか、面白くってさ。一人一人大声を出さされたりしてしごかれるんだけど、大声出すの得意だから、しごく側がおおっとびっくりして喜んだりしてね。同学年の連中はみんな最後まで嫌々ながら仕方なしにって感じだったけど、俺だけは楽しんで積極的に参加してたから、先輩たちからも特別扱いで可愛がられたよ」
「2年目は自分で立候補したの?」
「いや、クラス全員から推薦されたんだけど、みんなも自分も当然である、みたいな感じでさ。なるべくしてなった、というか」
「実は私も高校時代に体育祭で応援団やってたんだ。ビニール紐を細かく割いてポンポンなんか作って。結構楽しかったよ」
「何か、奇妙な因縁めいたものを感じるねえ、お互いに。美佳のチアガール姿を想像すると何だかそそられるけど、俺が中蘭ちゅうらんとか長瀾ちょうらんとか着てるイメージって湧く? よく似合うってみんなに褒められたけど」
「一行って、その頃真面目な優等生だったでしょ。そんな優等生が超不良の格好をしてるというギャップが面白いわけよ。女にモテたんじゃない?」
「それはあった。優等生よりも不良の方が女にモテる、その事実を応援団を通じて私は学んだのだ」
「あははは、おかしい。中蘭って、どんなの?」
「制服と似たようなものなんだけどさ、こう・・膝くらいまでの長さがあるんだよ。長瀾は足首くらい」
「そんなのをみんなで着てたわけ?」
「いや、全員じゃなかったな。3年生だけだよ中蘭を来てたのは。団長一人が長瀾で。あれは近所の大学の応援団から貸してもらってたのかなあ。要る時に要るものがちゃんと届いてたよ。そういえば2年生の時、俺だけ中蘭を着せられてさ」
「なぜ一行だけが?」
「俺一人だけで何かをやる、って趣向になったんだよ。紅白の応援合戦というのが体育祭の華になっててね、団員が校庭全体に陣形を組んで1拍子とか2拍子とかやるんだけど、その幕間劇まくあいげき的にさ。団長をさしおいて、俺が中央に進み出て一人で拍子をとってやるわけ。太鼓はつくけど・・・。今の今まですっかり忘れてたんだが、だんだん思い出してきたよ」
「あの高校って一学年何クラスくらいある?」
「12~13くらいだったかな」
「紅白に別れるんでしょ。それで各クラスから男女2人ずつだと団員は総勢80人弱ってところかしら。でも1拍子とか2拍子っていうのは、男だけでやるのよねえ。普通なら40人くらいでするものを、一行一人にやらせたわけ? それってもしかしていじめの一種じゃないの? さらしものというか」
「そうかなあ。でもさ、先輩たち結構真面目に取り組んでてさ。応援合戦のやり方も熱心に研究してたから、冒険だけどやらせてみよう、ってところがあったんじゃないかと思う。まあ、ぶざまに失敗して観衆の笑い物になったらそれもまた一興、と」
「一行が何をやるか、ちゃんと教えてもらったの?」
「何でも好きなことを勝手にやっていい、ってさ」
「それってすごくない? 毎年そういう趣向があるの? 誰か一人だけでさ」
「初めてみたいだったよ。先輩たち、破れかぶれになってたのかなあ」
「それで一行、何をやったのよ?」
「いや、そこで話は唐突に飛ぶんだけどさ、何年か前、指導会にヌンチャクを持ってきた人がいたじゃないか。これにヒーリング・タッチしたらどうなるか、見せてください、って」
「あれはすごかった。毎度のことながらまた惚れ直しちゃった。あのヌンチャクは天行院のどこかにまだ置いてあると思うけど」
「初めて持つ武器でも妙に手になじんでその使い方が自然にわかるし、実際に使えもするんだけどさ、ヌンチャクの場合はちょっと感じが違ってたんだよ。今、その理由が初めてわかったんだけど」
「え、どういうこと?」
「俺は応援団でヌンチャクを使ったことがあったのだ」
「はあ?」
「ほら、さっきの話で、2年生の時に独演をやらさせることになって・・・。また思い出したけど、本番1週間くらい前だったよ、突然その話があったのは」
「それでヌンチャクをやったわけ?」
「そうなんだよ。今の今までスッカリ忘れてた。というか、その時やったのは武術とはまったく関係ない、ただの物真似だからさ。当時、ブルース・リーの映画がすごく流行ってて、俺もカッコいいなと思って全部観てたから・・・」
「ブルース・リーって確かにカッコいいわよねえ。でも、応援団とヌンチャクがどう結びつくのよ?」
「そのあたりの記憶がちょっと定かじゃないんだけどさ。確かクラスの友だちがヌンチャクを学校に持ってきてみせびらかしてたのを観てビリビリッと閃いてね、それをブルース・リー流で見事に振り回したら大いに受けるのではあるまいか、って。ほら、映画の中でもハイライトシーンになってるじゃないか。ちょっと前に、ナショジオでも特集やってたよね」
「一行の意図はわかるんだけど、だからといってそれを観衆の前で一人でやっちゃおうというところが、やっぱり普通じゃないと思う。それに物真似といっても簡単にできることじゃないでしょ? あんなすごい勢いで振り回したらちょっと手がすべっただけで・・・」
「まあ、そんなことも2、3回あったけど、友だちのヌンチャクを貸してもらって家で練習してる時にさ。ガツンって後頭部にキツイ一撃、なんてね」
「それでやめようとは思わなかったわけ?」
「いや、全然。ちょっと練習したら素人がびっくりするくらいには上達してさ。単なる表面的なもので中身なんてまったく伴ってないけど。当時は武術のブの字も知らなかったから」
「ねえ、お尋ねしたいんですけど、応援団って拍子というものがあるでしょ。それに合わせてヌンチャクを振るわけ? 1拍子とか2拍子とか」
「いやいや、そんな単純なもんじゃない。みんなで練習したんだけど、あんまり複雑過ぎてついていけない者が続出、で結局取りやめになった拍子があってさ。それでお願いします、って太鼓担当の先輩に言って、ぶっつけ本番だよ」
「前口上とか、いろいろあるんでしょ」
「まあ、そんなのは団長がやってるのを適当に脚色すればいいんだから。そういうのって得意なのよ、俺は。いや、得意であることを実際にやってみて発見した、というか。そして、後ろ腰に差し込んだヌンチャクをさっと取り出して構えるわけね。ブルース・リーみたいにさ。生徒とその家族と教師とで何千人も観衆がいたと思うけど、全員の注意が俺の一挙手一投足にぐぐっと集中してくるのが生理的にわかったね」
「そうやってヌンチャクさばきを華々しく披露して拍手大喝采、というわけね」
「どよめきが起こる、っていうけど、これがそうか、って思ったよ。でも不思議だな、美佳の言う通り華々しい体験の一つのはずなんだけど、今の今までスッカリ忘れてたんだからね。今こうして話してても、前世の記憶というか、本で読んだ他人の話というか、何かこう現実感が希薄で妙な感じだよ。俺のその独演がよかったって、応援合戦で優勝もしたのに。それまで俺のことを何かにつけいじめてた体育の教師が、満面の笑顔で握手を求めてきたりしてさ。全然知らない女の子たちに取り巻かれたり」
「ヌンチャクを持っても思い出さなかったんだから、記憶を封印してたのかしらねえ」
「まあ、ちょっとお遊びでいじくり回しただけだから忘れてても当然ではあるんだが・・・。普段、過去のことは努めて思い出さないようにしてるし。・・・何だか、美佳から引き出すはずが、逆に引き出されちゃってるよ。もっとして、っていうか」
「もっとしようよ、面白いから。ね、前から聴きたかったんだけどさ、応援団でどんなことやってたの?」
「俺も疑問に思ってたことがあるんだよ。1拍子と2拍子はどこが違うのかって」
「だって、秋になると校庭で練習してるあの2拍子は、1拍子なのよ。三三七拍子って言ってるけど、あれも1拍子だよ」
「ええッ!? ・・・・ちょっと凄い話になってきたじゃないか。拍子という本来のテーマに戻ってきたし」
「応援団でどうやって拍子を合わせるのか、私はそこが知りたいの」
「別に特別なやり方なんてないよ。腰を落とした態勢でさ、腰に構えた拳を拍子に合わせて交互に突き出す、それが基本だね。空手とか拳法の稽古に似てなくもないね」
「でも大勢が動作を合わせるんだから、最初に何かの合図とかきっかけがあるはずでしょ。例えばオーケストラで2拍子を始めようとする時には、指揮者はこうやって1、2の2でまず始めるわけ。1で始めるとみんなのタイミングが合わなくなるから」
「そういうことって一度も考えたことがないな。団長が口上を朗々と述べる。そしてイッチびょお~しッと一声掛けて、サッと足を開いて腰を深く落とす。後になるほど所作が複雑になっていくんだけど、1拍子なんかは単純だよ。残りの者はただそれと同じことをするわけ。1つの動作ごとに全力を込めながら」
「それでどうやって合わせるのよ。団長の動きをみて真似してたら、必ず遅れるし、みんなの動きがバラバラになるでしょ」
「いや、ならんね。ぴたりと一致する。みんなで動きを合わせようと意識することもないんじゃないかな。少なくとも俺は意識してなかったね、一度も」
「でも無意識のうちにはしてたってことよね、ちゃんと全員の動きが合ってたということは。突きながら声も出すでしょ、その声も合うわけよね、当然」
「もちろん。太鼓も自然に合うよ」
「それって、西洋的な音楽論からいうと、理会を絶しちゃってることなのよ。でも、ゆうべわかったこととも関係ある気がする」
「三権分立の話?」
「それもあるけど、日本人って1拍子の民族なのよ、もともと。ちょっと前まで天皇がこうと言ったら国民全員が理屈抜きでそれに従ってたでしょ、あれが1拍子。全員が一つの同じリズムを刻みながら、同時に考えたり動いたりするわけ」
「何か、面白そうな話になってきたじゃないか。逮捕だ、裁判だって、ここのところ夫婦のリズムがスッカリ狂わされちゃってたけど、そもそも事件そのものが捏造であったとハッキリわかったわけだし、くだらん騒ぎにいつまでも振り回され続けるのは本当に馬鹿らしいね。高裁がどう判断するのか知らないけどさ。判決言い渡しまで1週間を切ったところで、捏造の証拠がいくつも出てきたなんて突然言われて、向こうもきっと戸惑ってるんだと思うよ。弁護士が審理再開を申し立てたけど、いつまでたっても返事がこないしね。いつもなら、職権を発動せず、とか何とか言って即座に却下するくせにさ」
「検察の捏造をそのまま真に受けて、この証拠の中で共犯者がこう供述しているのだから・・・なんて判決文に書いちゃったのよね、第一審の裁判官たち」
「そういうヘマを何箇所もやっちゃっててさ。じゃあ、裁判官殿がいかめしくご指摘になった証拠文書の中に一体どんなことが書いてあるかと思って改めて詳しく読んでみると・・・」
「裁判官がおっしゃるようなことはどこにも書いてないんですけど」
「どこからそんな事実無根の話が出てきたんですか? ってことだよね。証拠を読みもせずに判決文を書いちゃったんだよ、あの連中。裁判長のE氏なんかはさ、複雑な事案であることはよくわかっているので、充分な時間をいただきたい、なんて言ってたくせに」
「へんなの」
「そういえば、そんな風に言いながらクスっと一人笑いしてたな、E氏が。あの人ってさ、何か後ろめたいことがあったり、悪巧みを考えついたりすると、思わず一人笑いを漏らすんだよ。第5回公判でこちらが有利になって厚労省に照会をかけることになった時も同じように笑ってたし、第9回公判くらいだったかな、あくまで仮ですなんて言いながら強引に次々回の公判期日を決めた時もやっぱり笑ってた。案の定、次の公判の時には、仮だったはずのその次の公判期日もいつのまにか確定にされて。E氏は素知らぬ振りをしてたけど、弁護士も何も文句を言わんのだね、それに対して。腰抜けとしか言いようがない。それにしてもE氏はポーカーやったら弱いだろうな。本当のことを言われてむっとすると、すぐ感情が表に出るし。裁判官向きじゃないよ」
「確かに裁判官には向いてないかもね」
「弁護士によると、E氏は裁判官の中でもエリート的存在の1人らしいんだけど、そもそも裁判官に向いてないというんじゃあ仕方ない。今回の仕事ぶりもだらけまくりの大穴だらけで、私たちは怠慢な無能ぞろいでございます、と満天下に向かって宣言してるようなもんじゃないか。あれで裁判官がよく務まると思うよ」
「結局、検察官もそうだけど、裁判官も冤罪とわかった上で、実刑4年半を宣告したのかしら? 一行に対してさ」
「それはわからないけど、国家に対して疑念を突きつけたり、国家のやり方を批判する者を厳しく弾圧し、みせしめにして、他の者たちを強制的に従わせようとするんだよ。それも美佳のいわゆる1拍子と関係あるのかねえ。この問題はもっと突き詰めて検証する必要があるな。紅茶をれ直そうよ。美佳が焼いたあの美味しいスコーンはまだあるかい? デーツ(ナツメヤシ)入りが気に入ってるんだけど。デーツ一粒だと単数形でデートだから、自宅で愛妻とデート、ってさ」(後編に続く)

動画 『猫の弾き語り by スピカ』

HD画質 01分14秒

<2022.12.22 乃東生(なつかれくさしょうず)>