1. ベニティエ 9:02
2. アプサラ 7:43
3. アフロディーテ 8:36
4. ベラドンナ 7:22
5. 愛の寺院 11:34
6. 磐長姫 10:10
7. 木花佐久夜姫 6:05
作曲・演奏/高木美佳
岩笛演奏/高木一行
使用楽器/ヴァイカウント・オルガン、マリンバ、ヴィブラフォン、Yamaha TG500、E-MU Proteus Orchestra、Yamaha MOTIF-RACK 他
ラベル・デザイン/佐々木亮
※CDの盤面に印刷されている曲順に誤りがありました。正しくは、上記の曲順です。
ベニティエとは、フランス語でシャコ貝という意味です。
夢のように美しい南海の珊瑚礁で、水のエロティックな愛撫に身を委ねるシャコガイは、まるで女神の神聖な女性器のように官能的で、みる者の目をくぎづけにしてしまいます。私は沖縄、奄美、モルディヴ、ボルネオ等で数多くの生きたシャコガイと出会いましたが、間近で観察するとひとつひとつのシャコガイは色も模様もすべて異なっており、その点でも女の性器とそっくりです。
シャコガイのスピリットを感じながら作曲のワークに入ると、5連符が基調となった不思議なリズムの中、海の泡がわき立つようにどこからともなく生まれてくる繊細なメロディーが心の中で鳴り響きはじめました。五線譜に写し取った内なるメロディーを元に、編曲・オーケストレーションを経て完成したのが「ベニティエ」です。
ベニティエには「聖水盤」という意味もあります。大きなシャコ貝の殻を、聖水盤として教会の儀式に使用したのです。また、シャコ貝には「Neptune Cradle(海神ネプチューンのゆりかご)」という別名もあり、ロマンティックな空想をかきたてられます。
→試聴する(約1分)
原初の乳の海から生まれたヒンドゥー神話の天女・アプサラは、カンボジアのアプサラダンスにも表現されているように、水が流れるような優美さやしなやかさ、そして高貴で清楚なセクシュアリティーを象徴しています。
エロティックに、自由に、軽やかに舞い踊る、たくさんの愛らしいアプサラたちが、私たちを歓喜とエクスタシーの世界へと誘(いざな)います。
いわゆる宗教曲やオルガン曲とはまったく異なるニュアンスで、主要なメロディーがパイプオルガンの音色によって奏でられており、新しい時代の女神への讃歌として、アプサラに捧げられる曲です。
→試聴する(約1分)
愛と美と豊饒の女神アフロディーテ。海の泡から生まれたアフロディーテは、「海の女王」、「Mari(海)」とも呼ばれ、水や海の支配と関連づけられたさまざまな添え名を持っています。
神聖な愛を表わすアフロディーテ・ウラニア(天上の愛)と、人間の情熱的な性愛を表わすアフロディーテ・パンデモス(世俗の愛)という聖俗二面性を併せ持つこの女神は、高貴な愛の女神であると同時に娼婦の守り神としても崇拝されていたといいます。
女神アフロディーテが微笑みかける時、私たちは愛の歓びに満たされるのです。
ハープの音色で奏でられる柔らかく官能的なアルペジオを基調に、溶けるようなコーラスと、マリンバのゆっくりとしたトレモロ(同音または異なる二音を反復させる奏法)が重なります。
プラントキングダム(植物界)のスピリットたちに捧げられる「シークレットガーデン・シリーズ」第1弾は、ベラドンナです。
この植物を実際に種から育ててみたのですが、鈴のような可憐な花を咲かせ、ブルーベリーのようなおいしそうな実がたくさんつきました。とはいえ、花も実も葉も茎も根も、すべてに猛毒が含まれており、不用意に口にすれば命を落とすことさえあるといわれています。
果汁の抽出液を瞳にさすと、瞳孔が開いて黒目がちになり美しく見えることから、昔ヨーロッパの女性たちの間で重宝されたという逸話も残っています(それで失明することもあったといいます)。ベラドンナとはイタリア語で「うるわしの貴婦人」という意味です。
かつてヨーロッパの魔女(女性賢者)たちは、ベラドンナをはじめとする色々な原料から造られた軟膏を体に塗ることで、キリスト教によって悪魔視された自然の精霊たちと交信し、熱狂と陶酔のエクスタシーの中で、さまざまな叡知を授かったといいます。
またベラドンナの学名「アトロパ・ベラドンナ(Atropa belladonna)」の「アトロパ」とは運命の三女神の1人、運命を断ち切る女神アトロポスの名に由来します。
現代では、眼病、風邪薬、不眠症などの薬として広く活用されているヒーリング・ハーブでもあります。
古事記によれば、天孫・瓊々杵尊(ニニギノミコト:天皇家の始祖)が笠沙(かささ)の御崎(みさき)で木花佐久夜姫(コノハナサクヤヒメ)と出会い、そのあまりの美しさに一目惚れして、彼女の父・大山津見神(オオヤマツミノカミ)に結婚を申し入れた、とあります。大山津見神は喜び、木花佐久夜姫とともに姉の磐長姫(イワナガヒメ)を、多くの献上品とともに差し出しました。
しかし、磐長姫のあまりの醜さに、瓊々杵尊は妹のみを娶(めと)り、姉を父の元へ返してしまいます。父神はそれを嘆き、次のように語ったといいます。「私が2人の娘を奉ったのは、磐長姫を娶ったならば、その名のごとく天(あま)つ神の御子の命は雪が降り風が吹くとも、常に岩のごとく永遠に堅固であり、また木花佐久夜姫を娶れば木の花の栄えるように繁栄されるであろうと思って奉ったのだ。しかし磐長姫を返して木花佐久夜姫のみを留めたからには、天つ神の御子の命は木の花のようにはかないものになるであろう」と。
私が現在住んでいる地域では、古来より磐長姫が産土神(うぶすなのかみ:地域の守護神)として崇められてきました。そのこともあって、上述の古事記のくだりには特に興味を引かれます。
花と岩。互いに相反するもののように見えますが、女性が自らの自立を真剣に探求していく上において、ともに重要な象徴です。大地に連なり、連綿と命を伝える太母の相も、女性的なるものの一側面なのです。長い歳月を毅然として生き抜いた媼(おうな:老女)の姿に、私は「美しさ」を感じます。
曲の中で悠々と鳴り響く岩笛の音が、悠久の時を司る磐長姫の長く尽きない呼吸を現わしています。岩笛(いわぶえ)とは、自然現象が偶然重なって石に穴が穿(うが)たれたものです。古来より神霊を招き降ろす儀式に用いられていた神具です。
姉の磐長姫とは対照的に、絶世の美女とされる木花佐久夜姫(コノハナサクヤヒメ)。この女神のご神木は桜とされており、富士山の麓にある浅間大社の祭神として、今も人々の篤い信仰を集め続けています。この曲は、浅間大社巡礼をきっかけとして、私の裡から現われ出てきました。
導入部のテーマは、ゆるいヴィブラート(音を震わせる)をかけたオルガンのフルート・ストップ(※)を2つ重ねた音色で軽やかに柔らかく奏でられます。女神のたおやかできらびやかな雰囲気が、花吹雪さながらに重なりあうように展開していきます。
※フルート・ストップとは、数多くあるパイプオルガンの音色のひとつ。ここで使用しているヴァイカウント・オルガンは、57本のストップ(音色)があり、それぞれを組み合わせると音色のヴァリエーションは無限です。