Healing Discourse

対話篇1 第二回 苦をほどくわざ

編集:高木一行

【平川】

 動画を早速拝見しました。
 女性は最初は時計回りに回転し、しばらくすると向きが変わって反時計回りに回転していきました(何も操作は加えていません)。

【東前】

 ご紹介いただいた動画の女性は、私には時計回りに回っているように見えました。

 ヒーリング・タッチが神経レベルの共鳴を引き起こすわざとご説明いただきましたが、一般的には神経は体内で、電気信号と化学信号によって情報を伝達しているとされてきました。
 ところが最近は、情報伝達は電気ではなく「波」であるという新説があるようです。神経に起こる電気信号はむしろ副産物であって、神経伝達の主体は波紋である、というのです。
 龍宮道で、生々しい波紋感覚が身体内を波打ちながら駆け巡る体験を重ねてきている私たちにとっては、すんなり納得できる説だと思います。
 いずれにしても、自分の神経レベルの変化が他者にまで影響を及ぼすというのは、全く新しい発見ではないでしょうか。

【高木】

 東前君が長年携わってきた介護の世界では、意識によって動くパワードスーツ(体に装着し身体機能を高めるギア)が、すでに実用化されていると聴く。
 商品名がCYBERDYNE社のHALシリーズというんだから、この会社の創設者はかなりのSF好きに相違ないが(前者は映画『ターミネーター』シリーズに登場するロボット産業企業、後者は映画&小説の『2001年宇宙の旅』で重要な役割を担うAI)、それはさておき、このパワードスーツは、例えば人間が腕を曲げようとする、その指令(電気信号)が皮膚面に漏れ出たものを検出するというのだから興味深い。

 さて、例のシルエットの動画に戻るが、ある向きにしかどうしても見えない、という人も多いらしい。
 ところが、レット・オフを使えば、どちら回りだろうと、自由に変えられるから面白いではないか。

 具体的には、回転の方向性をよく感じ、その方向性(向きを辿たどってゆく意識の流れ)そのものを掌芯(労宮)の凝集とリンクさせながら強調し、レット・オフする。
 そして、レット・オフ状態に留まり続ける。
 別のものを、探そうとしない。
 ただ、レット・オフ態勢の中で、心静かに待ち受ける。

 初めのうちは戸惑い、なかなかコツが掴めないかもしれない。ゲーム感覚で楽しみながら気楽に取り組むのが、「開眼」の近道だ。
 ただし、まずレット・オフの初級レベルが体得できてないと、当然ながら何も起こらない。

【渡邊】

 動画ですが、最初は時計回りにしか観えませんでしたが、時計回りの回転方向を意識しながら、右手の掌芯(労宮)で強調したあと、レット・オフを行ないました。

 しばらくは何も変化がなく、本当に回転方向が変わるのだろうかという疑問が湧いてきましたが、それさえも強調し、レット・オフすると、ある瞬間からパッと回転方向が反時計回りに変わりました。
 一度、その変化を感じたあとは、何度でも回転方向をレット・オフによって変化させることができるようになりました。

 また、変化する瞬間を注意深く感じていますと、回転する方向の意識や思いがフッと手放され、まっさらになった瞬間に認知が切り替わっているように感じられました。

【河守晃芳(以下、河守)】

 私も、先生に紹介いただいた女性が回転している動画を拝見させていただきました。

 私の場合は、ずっと反時計回りにしか見えず、オフにしても切り替わるまで時間がかかりました。調べてみると、反時計回りに見える人というのは左脳をメインで使用しているとのことでした。確かに、私は普段論理性を含む左脳的な思考をすることが多いので、それが反映しているのかなと感じました。

 ですが、何度もやってみてコツを掴み、自在に回転を反転させることができるようになってきました。自分の中にあるオンの流れを、レット・オフによるオフの波紋によって打ち消すようにしていくことで、反転を繰り返すことが可能となった、というような感覚です。

 今までは、レット・オフによるオフの流ればかり気にしていましたが、今回やっていて感じたのは、オンにも流れがあり、それを的確に強調し、レット・オフしていかなければ、オフも仮想となってしまうことです。
 オンとオフのバランスにより注意しつつ、取り組んでいきたいと再認識した次第です。

【佐々木亮(以下、佐々木)】

 動画を観ながら回転の観え方の方向性を強調し、レット・オフを試みました。
 レット・オフした瞬間に観え方が切り替わることもあれば、ある方向性への意識の偏りが振動感とともに逆転していくように切り替わったり、掌心を解放しきったところから凝集に転じる際に方向が切り替わることもあり、興味深く感じました。
 繰り返し練修していますと、どちらの方向性も内包している、あるいは何かが回転している訳ではないニュートラルな観え方の状態になり、わずかなきっかけで反転するようになっていくのを感じました。

【高木】

 河守君が述べていたように、シルエットの回転が時計回りに見える人は右脳が優位に働いており、反時計回りは左脳優位を示す、という説がある。
 もし本当なら、レット・オフは大脳両半球のバランス関係(どちらの神経の働きが優位か)にまで影響を及ぼすことになるが、いずれにせよ観え方が任意に切り替わるというのは、脳の認知機能(神経の働き)にレット・オフの作用が確かに及んでいる証といえるだろう。
 このような現象を指して、神経的という言葉を私は使っている。要は、空想的なものじゃない、ということだ。
 リアルに(神経で)感じられる。神経を通じ操作できる。言葉を換えれば、レット・オフには独自の感覚と意識が伴う。

 レット・オフがあったればこそ、私はこの世の地獄のごとき刑務所にあって、常に平穏と喜びに満たされ、一切の煩悶苦悩からも解き放たれて、楽しく、有意義に、日々の生活を送ることができた。
 レット・オフの心理、生理両面における偉功は、刑務所の中では(神仏による)救済とすら感じられた。
 性欲さえ、レット・オフによって完全にほどくことができるとわかったのは、私にとっても驚きだった。1週間とか1ヶ月の話ではない。4年余に及んだ刑務所生活の最初から最後までずっと、だ。

 刑務所というのは、不安や絶望、悲しみ、後悔などをつき混ぜてぎゅっと絞った苦汁の真っ只中に、人間をどっぷりからせ、骨の髄まで染み込ませて、卑屈に調教された家畜の如くに変えようとする「意図」に基づき考案・建設された施設だ。
 建物のデザイン、運営方法、何もかもが、罪人つみびとに対し、四六時中、ずっと絶え間なく、様々な形で、「お前は人間の名に値しない」、「お前には生きる価値がない」と、ささやき続ける。そういう構造に、警察、検察、裁判所、刑務所という一続きのシステムそのものが、なっている。
 おまけに、刑務所にあっては、施設側が課す規則とは別に、囚人同士の厳しいルールが厳然と存在していて、派閥間の抗争なんてものまである。
 何せ、人殺しや詐欺師、泥棒、放火犯、覚醒剤中毒者、性犯罪者、などが狭い空間に大勢ぎゅっと詰め込まれ、娯楽らしい娯楽もなく、息抜きもできず、嫌だからといって環境を変えることもできず、ストレスが溜まる一方の境遇を、長年月、じっと耐えに耐えているのだ。岡山刑務所から教育プログラムで来たある囚人は、47年もの歳月を刑務所の中で送り迎えし、マクドナルドを見たことがない、と話してくれた。
 そんな状況にいきなり投げ込まれたなら、誰もが体や心を病み、考え方もおかしくなって、一触即発の火花があちこちで飛び散るのも当然と言える。
 昨夜AがBに首を締められひと騒動起こった、とか、Cが皆に囲まれリンチを受けたそうだ、とか、生意気なあいつをどうやって追い出してやろうか、とか、そんな話題がしょっちゅう囚人たちの間を飛び交っていた。作業中すぐそばで、突然大勢が大声でののしり合いながら殴る蹴るの大喧嘩が勃発、といったことも珍しくなかった(そんな時も、平然として何事もないかのように作業を続けた)。
 
 私が生き抜いてきたのはそういう異境だが、レット・オフのおかげで苦を大して苦とも感じず、逆に、それを正反転させて楽しみや喜びを、「神経的・生理的」に思う存分、味わうことができた。
 これがもし、レット・オフが机上の空論であったり、単なる観念論(思い込み、妄想、幻想)に過ぎないのであれば、厳しい現実の只中において、それはいかなる力も持ち得なかったことだろう。
 私が常に心がけたのは、何か重苦しさや不透明感、停滞、などを感じ始めたなら、すかさず労宮を凝集して、その凝集感覚を苦にリンクさせ、強調を確認する。次の瞬間、ただ労宮の凝集のみをふっと手放してオフにする。・・・それだけ。レット・オフの基本中の基本レベルの使い方だ。 

 その、「たったそれだけのこと」で、いかなる思い、感情、であってもふわりとほどかれ、即座に深いヒーリング作用が、身体内で柔らかに波打つ振動感覚として実感できるということ、これは本当に凄いことだなあ、と毎日毎日、刑務所内で繰り返し実証しつつ、自ら驚嘆し、讃嘆せざるを得なかった。
   
 ところでネッカー・キューブというものを、佐々木君がイラストで描いてくれた。
 グレースケールで塗りつぶした面が、じっと見ていると、右奥になったり、右斜め上(手前)になったり、(数分から数十秒で)自動的に切り替わり続ける。
 この現象を少し体験した後、ある観え方をしている最中、それを強調→レット・オフすることによって、もう一方の観え方に切り替わるか、試してほしい。

 ネッカー・キューブの観え方は、1度にどちらか一方のみで、両方が同時に観えることはないと言われている。が、レット・オフで次々に切り替えてゆき、それがやがて高速になると、振るえる残像が両方同時に観えている(ように感じられる)状態を造り出すこともできる。・・・のだが、これはちょっと練修が必要かもしれない。

【佐々木】

 ネッカー・キューブです。
 スイス出身の結晶学者、地質学者のルイス・アルバート・ネッカー(1786~1861)により、1832年に考案されたものとのことです。

ネッカーキューブ

<2021.03.24 雀始巣(すずめはじめてすくう)>