Healing Discourse

ヒーリング・リフレクション1 第二回 冤罪仲間

◎新松戸と名古屋でのヒーリング・セレブレーションの合間、茨城県の水戸市に桜井昌司しょうじさんをお訪ねし、私の裁判をご支援いただいたことに対するお礼を申し上げた。
 桜井さんの名を、テレビや新聞などで目にしたことがある読者諸氏は、少なくないかもしれない。
 1967年に茨城県で起きた布川ふかわ事件で、桜井さん(当時20歳)と友人は警察に殺人犯としてでっち上げられ、無期懲役の刑に処せられた。
 が、その後も諦めることなく冤罪えんざいを切々と訴え続け、1996年11月に仮釈放。
 2009年再審が開始され、2011年5月24日、水戸地方裁判所・土浦支部にて<無罪判決>が下された。
 事件発生から最終的な無罪判決まで、実に44年! 1996年に仮釈放されるまで、桜井さんは29年1ヶ月もの歳月を獄中で送り迎えされたのであり、無味乾燥で厳しい日々の生活の中でもなお、明るさを決して失うことなく、生命いのちの希望を言葉に托して綴った詩集『壁のうた』(高文研)は、万感の重みをもって読む者の心の奥深く迫ってくる。

 私の裁判資料を、膨大な量であるにも関わらず、桜井さんは丁寧に深く読み込まれた上で、私の言葉には「やましさを感じない」とおっしゃってくださった。そして最高裁へ向け、「先入観で決めつけないで、被告人の言葉によく耳を傾けていただきたい」、「理性的、合理的な論述であり、信用性がある」と、冤罪被害者の一人として意見書まで記してくださった。
 まさに、人生意気に感ず。一面識もなかった者に、深い慈愛と包容力で寄り添ってくださったことに対し、心の奥底から感謝の気持ちを捧げるものである。

 私と同行者たちを快く迎えてくださった桜井さんに対し、初めてお目にかかるにも関わらず十年知己じゅうねんちきのごとき感を覚えてスッカリ寛いでしまったのだが、後日いただいた電子メールによれば、桜井さんも短い時間だったのになぜか私と深く知り合えたような気がする、とのこと。
 刑務所話で盛り上がったり、冤罪被害をなくすための桜井さん独自の提言をお聴きしたりして、楽しく有意義な時間を過ごさせていただいたが、その折にうかがったお話の一部を、桜井さんのご許可の元、以下にご紹介する(音声文字起こし協力:平川晋一)。

水戸の桜井邸にて。2021年3月21日。撮影:佐々木亮

人々の善意に支えられて

高木:私は刑務所へ、4年とちょっと行っただけですが、桜井さんは29年ですからね。
桜井:29年といっても、厳密に言うと刑務所は18年なんですよ。
高木:そうなんですか。
桜井:11年間は裁判。
高木:11年も裁判?
桜井:もう下手な有期刑は終わっちゃうね。地裁、高裁、最高裁が3年、3年、5年かかったんです。最高裁が5年かかった。
高木:その間、ずっと拘置所ですか。
桜井:土浦拘置所が3年で、東京拘置所に8年いましたよ。8年といったらむちゃくちゃ長いですよ。
高木:凄いですね。拘置所も刑務所も、拘束されて自由を奪われ、非人道的な扱いを受けるという点ではまったく同じものですから。
桜井:拘置所に11年とか聞いたことがない。でも、当時は裁判そのものを慎重にやってくれたというか、それなりに。最高裁が5年というのは、全国の250人くらいの法学者が、布川事件の公正裁判要請決議を出してくれたんですよ。だからさすがに、全国の250人の法学者といったら相当じゃないですか。やっぱり最高裁も慎重になって。
 うちの場合は、一審が4、5枚の判決なんですよ。もうペラペラ、中身が何もない。高裁になって30ページ、最高裁は100何ページで、むちゃくちゃ厚いんです。
 でも、だから最終的には助かったんです。要するに、最高裁が有罪の理屈を考えてくれたので、それをくつがえせば勝てるということになったんです。何もないと却って不利なんですよね。だから不思議なのは、最高裁の有罪判決が我々を救ったと言いますかね。
高木:反転したわけですね。
桜井:なんか不思議ですよね。29年刑務所に行ったことで、すべてが良くなっているし。
 悔しいじゃないですか。冤罪というのはね。でもその中で、自分は支援者に恵まれて、その人たちの善意がどんなに嬉しかったかというと、何だろう、世の中で大事にすべきものが何だって教えられたっていいますかね。
高木:私も、大勢の人に支えられて、人の善意というのがどんなにありがたいものか、骨身に沁みて実感しました。

無期懲役より有期刑の方が苦しい!?

高木:刑務所内で47年過ごしてきて、マクドナルドをまだ見たことがない、という人がいましたよ。
桜井:自分も、コンビニを知らなかったですからね。24年前ですけど、コンビニをしばらく使わなかったですよ。自分でちゃんとご飯を作って、弁当も自分で作って仕事をしていました。コンビニでなんでお茶を買うの、っていう。お茶なんか自分で淹れるものでしょ、っていう感覚だったので。
高木:(笑)
桜井:最初はもう大変でしたよ。山ほど作ってしまうんです、料理を。で、やっと2、3年してコンビニを使うようになって。
高木:私は4年で、もう浦島太郎です。
桜井:4年で。
高木:はい。
桜井:4年ですと、千葉刑務所ではバカにされますもん。
高木:(大笑)
桜井:千葉刑務所で10年っていったら、まだ相手にされません。
高木:本当ですか。
桜井:もうションベン刑と言われます。
高木:山口刑務所だと、数ヶ月から半年くらいがションベン刑ですかね(編注:ションベン刑とは、小便をしているうちに終わってしまうような、ごく短い刑期を指すムショ用語。しばしば羨望の念を込め口にされる)。
桜井:でも刑務所へ行くつらさというのは、年数ではないんですよ。
高木:私も刑務所でいろんな刑期の人たちを観察して、誰もが皆同じように苦しんでいると感じました。
桜井:有期の方がかえって辛いところがあって。数えるでしょ。人間って数えると辛いんですよ、待つ日の長さで。
高木:ああ、その通り! 
桜井:無期懲役は待てないんで、もう開き直るしかない。だからかえって無期の方が落ち着いていられるんですよね。
高木:なるほどね。

すべてを受け容れ、楽しむ

桜井:去年の2月に余命1年と言われて、何もしていないんですよ、薬も飲んでいないし。もう手術不可能と言われたんで。
高木:そうですか。
桜井:でも、少し治ってきたといいますかね。
高木:かなりお元気そうに観えますが。
桜井:そうですね。皆エネルギーを感じるっていうんですよ。
高木:(笑)
桜井:西洋医学では、去年の2月に「このままだとあと1年ですかね」、と言われたんです。その時はもう覚悟を決めて、命を終わろうかなと。でも、自分の人生は凄く幸せだったと思ってね。29年含めて、自分は幸せだったと思ったんで。
高木:それは素晴らしいことですね。
桜井:だって、すごい劇的でドラマチックじゃないですか。
高木:まあ、・・・それは確かに。
桜井:29年も檻の中にいて、しかも社会に出てきて、再審も勝ってね。しかもその上に、国賠(国家賠償請求裁判)にも勝ったでしょ。
高木:そのニュースは、刑務所の中で拝見しました。
桜井:そうすると詩集を出したり、CDを出したり、人様にできないことをできたということは、冤罪になったおかげと言いますかね。ある意味ね。だからそう思うと、人生としてはすごい楽しかったなと思って。まあ、いつ死んでもしょうがないかな、という気持ちになったんですね。
高木:刑務所生活は、修業になりましたか。
桜井:本当に修業。今考えると。
高木:ですよね。
桜井:最初は、そんなこと全然思ってなかったですよ。冤罪で苦しいし悔しいし。でも悔しいと思ってもしょうがないんでね。人生は1回しかないし。今日は1日しかないと思って、じゃあ毎日千葉刑務所で楽しく生きてやろう、と。だから仕事をするのも、毎日一所懸命。休憩時間も野球なんかで飛び回って、音楽クラブに入ってトランペットを吹いて、好きにやりましたよ。結局今になってみると、そういう一所懸命やった月日が、自分の全てになっているということです。
高木:ああ。
桜井:だから何をやるかじゃなくて、何かを一所懸命やり続けることがもしかすると、人間にとって大事かもしれないと思いたいんです。

心まかせの気ままな旅

高木:かなりあちこち行かれていますよね、ブログを拝見していると。
桜井:行ってますね。来月は11日に大阪で出版記念パーティーが。今度、本が出ることになって。
高木:本も出されるんですか。
桜井:マガジンハウスの方から。
高木:それは桜井さんについて誰かが書いたものではなくて、桜井さん自身がお書きになった本ですか。
桜井:12万字書いたんですけど、4万字ほどにカットされました。
高木:(笑)
桜井:刑務所の話とか、田中角栄さんとお会いした話とかね、いろいろ書いたんですけど、全部使うと刑務所マニアしか読まなくなるというので。自分は、「不運は不幸じゃない」とか、いろんな人生観を持ったじゃないですか。そういった話が主な内容です。
高木:出たら、ぜひ拝読させていただきます。
桜井:東京の方でも17日に出版の、この時節なのに記念パーティーを大々的にやってやろうということで。
高木:それはそれは。
桜井:13日にも大阪でコンサートをやります。大阪の釜が崎というところで、毎月ライブをやっているんです。
高木:凄い大活躍ぶりですね。
桜井:一応歌手もやっているので。
高木:桜井さんは、歌の歌詞はご自身で作られるんですか。
桜井:一応、作詞作曲も自分で作るんです。
高木:作曲もされるんですか。
桜井:はい、やります。
高木:凄い。
桜井:もしよろしかったら、あとでCDを差し上げますので、どこかで聴いていただければ。
高木:ありがとうございます。
桜井:アマゾンでも売り出したみたいです。
高木:そうですか。

冤罪を減らすための具体的な提言

桜井:今、ひどいじゃないですか。菅さんってどうしちゃったんですかね。安倍さんなんてあんな嘘つき、どうするんですかって思いません? この日本って侍精神とか言っているけど、あんなの全部嘘っぱちじゃん。
高木:正義なき国であることは確かです。
桜井:情けない人ばっかりで、何であんな官僚って嘘ばっかり言うんだろう。そうすると、こんな情けない国でいいんだろうかっていう気がしてきてね。こういう風に思うようになったのは、冤罪になったお陰じゃないですかね。だから、自分はもう冤罪になって、こんなありがたいことはなかったと心から思っています。
高木:冤罪にならなかったら、確かに私も、日本の司法とか行政がこれほど腐っているとは想像すらしなかったろうと思います。社会全体が無関心です。冤罪は最悪の人権侵害なのに。
 しかし、一度知ってしまったら、もう黙っているわけにはいきません。私なりの方法で、社会へ働きかけていこうと思っています。
桜井:そうですか、ありがたいですね。自分は、何とか少しでも法律を変えようかと。自分が言っているのは、嘘を言った警察官を裁こうよ、と。証拠を隠した検察官を裁こう、それだけなんですよ。
高木:ほう?
桜井:真面目に警察官になった人が、嘘を言いたがっているとは思わないんですよね。それなのに、組織として嘘を言わざるを得なくなってしまうんです。そこで、法律で嘘を偽証した警察官は罪に問う、と。偽証したことによって罪を得た者と、同等の罪を得ること。それでいいんですよ。例えば、無期懲役の罪を捏造したら、あなたも無期懲役になりますよ。懲役5年だったら、あなたも懲役5年、と。それをどう思いますか、高木さんは。
高木:とてもいいですね。
桜井:警察官、検察官が偽証を行ない、証拠を捏造したり、証拠を隠したら、それによって罪を得た者と同等の罪を得ること。そういう法律を作りたいんです。
高木:なるほど。
桜井:そうしたら、冤罪が少しは減ると思って。
高木:そうですね。重い責任を自覚させることで、慎重に注意深く行動するようになると思います。
桜井:そういう法律を作りたいだけなんです。もう、それ一本。
高木:桜井さんの「冤罪犠牲者の会」は、そのための集まりですか?
桜井:自分はそういう趣旨です。証拠を開示しろとか、いくつかテーマを掲げています。
高木:証拠開示はしてほしいですね、全部。
桜井:そうですね、自分たちに不都合な証拠は隠しますから。
高木:私の裁判でも、全部出ていれば間違いなく、無実であることがわかったはずです。
桜井:ですよね。
 今回、国賠に勝ちましたが、支払われる賠償金は税金なんですよ。冤罪を捏造した警察や検察は一銭も失わない。どんなに裁判を引き伸ばしても、無意味な裁判を起こしても、自分の腹は傷まない。
 だから、国賠の法も変えてね、賠償の責任を負うのは個人の警察官や個人の検察官とする、という法律にすれば・・・。
 こんな風に、責任当事者が責任を取る法律を二つ作れば、これは日本ではかなり冤罪が減りますよね。だから自分は、この目の黒いうちに、何とかその足掛かりを作りたいなと思っているんです。
 もう、今それだけですからね、生きる目的は。いろんな、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして楽しんで、でも楽しくないと人生って面白くないじゃないですか。すべて楽しみだと思って、頑張っています。

猫のことなど

 桜井さんが愛用されている健康器具の上に、よく猫が乗っかって寝ているという話になり、

高木:猫もそれが好きですか。
桜井:たぶん、猫にとっても気持ちいいんじゃないかと。
高木:でしょうね。
桜井:猫って、気持ち悪いことは絶対しないから。猫がこの上で寝ると、もう自分は寝られない。猫優先で。
高木:(大笑)
桜井:自分は猫には好きなことをさせるという、何をしても怒らない。
高木:私も一緒です。
桜井:そのつもりで飼ったんです。うちの奥さん、猫好きで自分は飼う気はなかったんです。
高木:でもダメでしょ、もう来てしまったら。来たらお猫様になって。
桜井:この家を、猫にあげようと思ってる。
高木:やっぱり。
桜井:この辺の(編注:カーテンを指さして)切れているのも、みんなババーッと上がったりとか、もう好きにさせる。
高木:爪はどうですか、爪研ぎは。
桜井:やらないんですよ、新聞紙の束にやる。
高木:それは凄いな。
桜井:本当に大人しい子で。前飼っていた猫は本当にタチが悪くて、叱ったらねえ、逃げて行くんだけど、忘れたころにバーッと噛み付いてくる。本当に性格が悪かった。彼女(編注:奥様)が飼っていたから、飼い主に似たんですよ。21年生きたんです。
高木:それは、とても大事になさっていたんですね。
桜井:本当に性格が悪くて、怖かったです。で、今の子はもう気が弱くて、叱っても全然根に持たない。だから俺に似たんです。恵子さん(編注:奥様)が飼う猫は怖いです。女性って怖いじゃないですか。
高木:はいって言えない(笑)。
桜井:やっぱり男は女性に太刀打ちできない。気の弱い男はいても、気の弱い女なんてどこにもいないから。絶対にいません(笑)。

<2021.04.05 清明(花が咲き、鳥たちが歌い、万物が春の息吹を謳歌する頃)>

  桜井昌司さんの作品
『俺の上には空がある広い空が』単行本 近刊
『獄中詩集 壁のうた 無実の二十九年・魂の記録』単行本
『CDブック 獄中詩集 壁のうた』単行本
『想いうた』CD

 冤罪犠牲者の会 https://enzai.org/