Healing Discourse

ヒーリング・リフレクション1 第十六回 刑務所トーク

文:高木一行

◎オットちゃん ザ・ムービー(続)

ムービー1 『うっとりオットちゃん』 撮影:高木一行

ヒーリング・タッチでなでると、こうなる。

ムービー2 『お食事オットちゃん』 撮影:高木美佳

前回も述べたが、普段のオットちゃんは健康的な昆虫食だ。動画の中で私が手から食べさせているのは、爬虫類や小動物専用に養殖されているデュビア(アルゼンチンモリゴキブリ)というプレミアム・ゴキブリで、ニンジンやリンゴを好み、動作が遅く、つるつるした壁はのぼれない。デュビアにまぶしてあるパウダーは、人工的な飼育環境下で不足しがちになるカルシウムやビタミン類を爬虫類用に配合したもの。

◎ちなみに、世間から恐れられている囚人たちだが、実は虫が大の苦手である。
 春先になって居室の畳の下から小さな虫が這い出てくると、もうそれだけで大騒ぎとなる。

◎ムショの話題が出たついでに、刑務所用語集の第二弾を、試みに記してみる。
 
◉マシケイ(増し刑):刑務所の中で、例えば喧嘩をして相手に傷を負わせたという場合、裁判にかけられ、暴行罪で余分に懲役ちょうえきが科される。これがマシケイだ。懲役2年程度なのに、職員に何度も暴力を振るい、そのたびごとにマシケイが加算されて、全部で懲役10年近くになったという猛者もさもいた。
◉あげる:刑務所の囚人がしょっちゅう口にする言葉。「あげられるぞ」は、新入りをからかう時の常套句でもある。ちょっとしたルール違反(例えば、猛暑で汗まみれになっても、タオルを水に浸して体をぬぐってはならぬ、など)が看守にみつかっただけで、独房へと連行され、取り調べを受けた後、懲罰を受ける(毎日朝から夕方まで、独房内で扉に向かいじっと座り続けることを、1~3週間続ける)。これを刑務所では「あげる(囚人からすると、あげられる)」という。なぜ「あげる」なのかは、不明。職員が反抗的な囚人に向かい、「あげるぞ」と脅したり、「○○さんが、昼休み中にあげられたそうだ」と囚人同士の会話で使われたりする。ところで、気に入らない囚人を自分の担当工場から追い出すため、職員自身が適当な理由をでっち上げて誰かを「あげる」などは、刑務所では別に珍しくも何ともない、ごく普通の事例だ。
◉あがる:罰を受けるような行為をわざと行ない、連行されること。人間関係のもつれやいじめなどにより、居室や工場に居づらくなった者が、懲罰覚悟でよそへ移るための最後の手段として行使する。「居づらくなる」というが、刑務所でのいじめは「虐め」と書くのがふさわしいほどに苛烈かれつ極まりない。精神的に追いつめられた被害者の中には、極度のストレスのあまり、工場で作業中に突然気を失ってバタッと倒れた者もいた。普通は、そうなる前に自分から「あがる」。
◉ドア蹴り:「あがる」ための、刑務所ではポピュラーな方法の一つ。居室のぶ厚い鉄製のドアを、思いきり何度も蹴飛ばし、あたりに騒音を撒き散らせば、たちまち大勢の職員がすっ飛んできて、独房へ連れていってくれる。取り調べられて懲罰を受けた後は、別の工場、別の居室に移されるから、そこで新しくムショ生活をやり直すことができる・・・のだが、どこへ行ってもやはり同じようなトラブルを起こす者は少なくなかった。
◉シャリアゲ:食事を他の囚人に取り上げられること。あるいは、取り上げること。これを防止するため、たとえ自分が食べ残したもの、要らないものであっても、絶対に他の囚人にあげてはいけないという厳しい規則がある。しかしながら、看守の目を盗んでシャリアゲはどこでも平然と行なわれていた。おかずを全部取られて飯(家畜の餌になる直前の古米に押し麦を加えたもの)だけ、という話も聴いたことがある。
娑婆しゃば:外の世界を恋しがり、懐かしがるような新入りの言動に対し、侮蔑と不信の響きと共に、「娑婆っ気を出しやがって」、という風に使われる。

◎山口刑務所へ初めて連れていかれた時と、約4年後にそこを後にした時、『神曲』(ダンテ・アリギエリ)の有名な一節が、期せずしてそっと口をついて出てきた。地獄の門に記された言葉、「Lasciate ogni speranza, voi ch’entrate.」(この門をくぐる者、汝ら、すべての希望を捨てよ)。

◎ある刑務所職員から直接聴いた話だが、私と同じように刑務所内でもずっと冤罪を訴え続ける囚人は、「実はたくさんいる」、と。
 そんなことをすれば、「反省の意思なし」と見なされ、刑務所内での処遇も悪くなるし、仮釈放も自動的になくなってしまうにも関わらず、だ。

◎出獄して龍宮館に落ち着くと、今度は、『古事記』の一節が執拗しつようにまとわりつき始めた。
 亡き妻を探し黄泉よみの国へくだった伊弉諾尊いざなぎのみことが、妻の腐乱死体をのあたりにしたり、その亡妻が鬼神と化してすさまじい形相で追い迫ってきたりと、散々な目に遭いつつ命からがら逃げ戻った時、最初に発した言葉。
はいな、しこめしこめききたなき国に到りてありなむ。かれ、吾は御身みみみそぎせむ。」
 
◎言葉のちょっとした対応がわかれば、現代に生きる我々でも、千三百年前に記されたいにしえの言葉を、ダイレクトに読み解くことができる。
 吾→私、いな→とても、しこめき→醜悪な(しこめしこめき、と重ねることで、醜さがさらに強調される)、故→それゆえに・だから・そんなわけで。
 全部つなげると、「私は、何ともはや醜悪至極しごくの、汚穢おわいに満ちた、きたなけがれた世界へ行ってきたものよ。これは是非とも、禊によって心身を浄化しなければ。」

◎虫の話に戻るが、出所後に感じたのは、龍宮館周辺の虫が随分減った、ということだ。以前は、近所の街灯にたくさんの虫たちが集まり、螺旋軌道を描いて明かりの周囲をぐるぐる延々飛び続けていたものだが、昨年の夏は、結構注意して観察していたのだが、そういう光景と一度も出くわさなかった。
 総じて虫が減ってきているという印象は、山裾やますそを切り開いて造成されたこの団地に暮らす人々の多くが共有しているようだ。
 虫が減るというのは、決して良い知らせではない。地球にとっても、我々人間にとっても。
 夏場の暑さで庭の植物が皆、枯れてしまうので、妻はガーデニングをやめた。

◎新鮮なシャコと岩牡蛎いわがきが手に入ったので、ヒーリング・タッチでマナ(生命力)を込めながら手早く調理した。
 シャコは塩ゆでにして、九州の甘いたまり醤油&わさびで。岩牡蛎は生のままぶつ切りにし、だいだいのポン酢で(薬味はもみじおろしと小口切りネギ)。

シャコ
岩牡蛎

クリックすると拡大。 帰神撮影:高木一行

<2021.06.07 蟷螂生(かまきりしょうず)>