Healing Discourse

ヒーリング・リフレクション2 第七回 極楽寺山探訪1:春色

◎私が暮らす龍宮館は、極楽寺山ごくらくじやま(海抜693メートル)の、広島市街地側山麓さんろくにある。
 2014年(平成26年)4月末。自らの無罪を立証できる証人を喚ぶことさえ許されぬ暗黒裁判のさ中、気分転換を兼ね、極楽寺山々頂さんちょう付近にあるじゃの池をおとない、プチ巡礼を楽しんだ。かつて大蛇が棲んでいたという伝説のある池だ。
 このプチ巡礼の模様を納めた帰神スライドショーに、当時私は以下のようなライナーノーツを添えている。

蛇の池

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 ・・・(前略)・・・この時期、瀬戸内沿岸部の山々は、1~2週間のわずかな期間のみ、奇跡のような春の彩りをまとう。
 蛇の池のほとりをゆっくり歩み巡りつつ、鯉が水面に描く渦巻き模様や、周辺の木々のこずえで螺旋状の波紋をなして舞い踊る新緑の輝きなどを、心のおもむくまま、身体が自然に動くままに、帰神撮影していった。
 古代中国では、黄河をさかのぼり、最後に龍門と呼ばれる急流をのぼりきった鯉は、龍に身を変じると信じられていた。「登龍(竜)門」という言葉の由来だ。
 今や、私は至るところに、龍や螺旋をる。それらのシンボルそのものが、私を招き、誘い、アピールし、撮ることを促す。
「何か」が、この世界に到来しようとしている。
 何、あるいは誰、が、いずこへと私を導こうとしているのか?
 ・・・・私は知らない。

◎初夏、睡蓮の花に覆われたじゃの池の帰神スライドショーが、ヒーリング・ネットワーク1のウェブサイトに収められている。興味をお持ちになられた方は、そちらもお楽しみいただきたい。

◎私の曽祖父は、極楽寺山の山中で異様なサイズの大蛇と遭遇したそうだ。
 ある日、いつものように山奥へ出かけた曽祖父が、蒼ざめた顔つきでよろめきながら戻ってきて家族に語るには、「松の木ほどの太さの大きな蛇が、谷から谷へ渡っていた」、と。その蛇に睨まれ、命からがら逃げ戻ってきたのだそうだ。
 武家の血を引く曽祖父は、豪胆なことで近隣でも知られ、マムシをみつけたらさっとつかまえ、上顎と下顎を持って一気に真っ二つに引き裂くのを常としたというから、恐怖心で大きめのアオダイショウを見誤ったわけではなかろう。
 大蛇に瘴気しょうきを吹きかけられた者が原因不明の熱病を発症して死ぬ、という話は各地の伝説などでよく聴くが、曽祖父もその日から高熱を発して倒れ、間もなく亡くなったという。
 言い伝えによれば、海で千年・山で千年修業した蛇は龍へと化身するが(海千山千という言葉の由来)、途中で人間に姿を見られると、それまでの修業がすべて台無しになってしまうそうだ。
 修業をダメにされた大蛇の怒りか、あるいはむやみに蛇をあやめた祟りなのか・・・私にはわからないけれども、曽祖父の代から大蛇と因縁があったというのは、龍宮道を提唱するに至った今、改めて思えば、興味深い。

◎ごく個人的な、他の人にはどうでもいいであろうことだが、今思い出したので書いておく。
『うしろの百太郎』(つのだじろう作)という漫画を、皆さんはご存知だろうか? 1970年代のオカルトブームの火付け役となった心霊漫画だが、当時学校でも話題となり、私もクラスメイトに本を借りて熱心に読んでいた。
 その漫画に背後霊なるものが出てくるのだが、祖父か祖母の霊が自分の後ろに常にいて見守ってくれているのだという。
 ある日のこと、仏壇に置かれた祖父の位牌を何気なく手に取ったところ、その時初めて、祖父の生前の名が「百太郎」であったと知り(家族にも確認)、かなりの衝撃を受けた(呵々大笑)。
 祖父が亡くなったのは私が3歳の時だが、祖父に関する記憶で一番鮮明なのは、亡くなって仏間に横たわる祖父の姿と、そばに置かれた棺桶の派手な装飾だ。
 広島・曙町あけぼのちょう(現・広島市東区)で両親と共に暮らしていた2歳頃までの断片的な記憶を、そうしようと思えば今でも鮮明に思い出せる(過去のあれやこれやを思い返して反芻はんすうする習慣が私にはない)。
 私の人生最初の記憶は何かといえば、たくさんの裸の女たちに囲まれている桃源郷の如き光景だ(実は、母親に連れられ通っていた銭湯)。

<2022.04.22 葭始生(あしはじめてしょうず)>