Healing Discourse

ヒーリング・リフレクション2 第十九回 人生は喜劇だ!

◎2014年11月19日、大阪地方裁判所における第7回公判で行なわれた被告人質問の内容(一部)をご紹介する。弁護士が問い、私が答える形式で、約3時間に渡る膨大かつ複雑な内容であるため、その一部のみを再録することとした。今回は、その前編だ。
 日本の裁判システムは一風変わっていて、ただ質問に答えるだけではダメなのである。あらかじめ、Q&Aの全内容を文書化して法廷へ提出し、それに忠実に基づきながら受け答えしないといけない。そして、弁護士はその文書をただ読めばいいだけだが、被告人たる私は、一片の資料すら手にすることを許されず、つまりすべてを記憶した上で被告人質問に臨まねばならない。文書のコピーは検察官と裁判官にも配られる。
 上記の文書が、弁護士監修の元で出来上がったのが、公判2日前の夕刻。公判前日に広島から大阪へ移動する新幹線の車中で内容を暗記し、本番では一字一句たがえることなく正確に再現してみせた。約3時間に及ぶ暗唱、ということになる。

◎公判当日の朝、私が自らに確認したのは、「顧みて何かやましいところがあるか、否か」の1点のみ。
「なし!」となれば、いつも通り、ただ誠を貫き通せば良い。愚直なまでに。
 普段通り。それ以外、特に慌ててつけ加えるべきこともないし、泥縄も付け焼き刃も一夜漬けも、まったく不要。
 となれば、緊張もしないし、脈拍すら変化しない・・どころかいつもより若干遅めになっていたことも、むしろ当然といえよう。

◎ちょっと横道に逸れ、私的な事柄をお話しさせていただいてよろしいだろうか?
 かつて私が通った高校は、生徒数が千数百名の大所帯だったが、全校生徒を集めて何らかの集会が開かれるという際、私が必ず自らに課していたのは、「何の準備もなく、とにかく演台にあがり、何でもいいから話す」ということだ。
 それは、笑い物にもなったし、単なる目立ちたがり、あるいは変わり者と私を見る者も多かったと思うが、「大勢の人間の前で平然と話す度胸を錬る」、という心の内に深く秘めた一大目的が、私にはあったのだ。
 おかげで、人前で話すことに対する苦手意識というものが、まったくなくなった。どんなに大勢を前にしても、誰が相手であっても、緊張したり、あがったり、ということが全然起こらない。
 小僧っ子の時分に進んでたっぷり恥をかいておくのは・・・君、決して悪いものじゃないよ。

◎法廷で話すくらい別にどうということはなかろう、と安直にお考えの方がもしいらっしゃるとしたら、傍聴席にすら身を置いたことがないに違いないとすぐわかる。
 裁判期間中、広島地方裁判所である大麻事件の公判(私とは無関係)を傍聴する機会があったが、年若い被告人の妻や母親が証人席に呼ばれ、「今後悪さをさせないよう、よく監督いたします」と三文芝居を演じさせられる際、喉が押しつぶされたような聴き取りにくいかすれ声を絞り出すのが精いっぱいだったのが、いかにも気の毒で観るに堪えなかった。
 法廷内部に充ち満ちる巨大な圧迫感や敵意は、それを体験した者にしかわかるまい。「国家」が総力をあげて、被告人の人格を否定し、人生を踏みにじり、押しつぶそうとしているのだ。
 そうした重圧をものともせず、巨大権力に対し徒手空拳で平然と向き合い、長時間に渡って1度の休憩もとらず、自らの信念を堂々と述べることができる者が、この日本に果たして幾人いるだろう?

被告人質問(前編)

問 弁第15号証『奇跡の手 ヒーリング・タッチ』についてお尋ねします。
 これはあなたが書かれた本ですね。内容はどういうものでしょう?

答 私が唱道するヒーリング・アーツの、基本にして奥義にも直通するヒーリング・タッチというわざを紹介、解説したものです。

問 ヒーリング・タッチとは何ですか?

答 ヒーリング・タッチとは、一言で言えば、五感の中の触覚を開発するための方法論です。
 通常私たちが何かを学ぼうとする時、例えばテニスやゴルフのスイング、空手の突き蹴りなど、模範となる動きを見てそれを模倣したり、あるいはコツや注意のようなものを、言葉として聴いたり、文字で読んだりして、それに従おうとします。
 これらは、視覚や聴覚を通じて学習する方法ですが、それに対しヒーリング・タッチは触覚を通じて対象と出会い、それについて知るための方法を指し示します。

問 触覚を通じて知るということに何かメリットがあるのですか?

答 例えば自分自身の掌を見る時、見えるのは掌のみであって、甲側は見えません。そして、見えるのは掌の表面のみで、その内面がどうなっているかまでは、わかりません。
 これに対し、もう一方の手で掌と甲をはさむようにし、掌と触れ合っている感触、甲と触れ合っている感触とに注意を払えば、掌側と甲側の感覚を同時に感じることができます。
 つまり、表も裏も同時に感じることが、触覚にはできるということです。
 面白いことに、その、表の感触と裏の感触を、同時に、均等に、鏡に写し合うように相照的に、意識した瞬間、表と裏の間、すなわち皮膚に囲まれた手の中の空間が、触覚を通じて感じ取れるようになるのです。
 そうした能力は訓練次第で誰でも身につけることができる、というのが『奇跡の手~』の主張です。実際、私のこれまでの体験では、頭と体がガチガチに固まったお年寄りにはやや難しいようですが、それ以外の人は、男であれ女であれ大人であれ子供であれ、速い遅いの差は若干あっても、皆、ヒーリング・タッチを修得することができています。

問 ヒーリング・タッチによってどんなことが可能になるのですか?

答 ヒーリング・タッチによって手の内部を触覚的に感じることができるようになることを先ほど説明しましたが、内部を感じるとは、その場所そのものの存在感が自覚されるようになる、ということです。その場所が、身体全体のどの位置を占めており、それが存在するという実感とはいかなるものか、がわかるようになります。同様にして、身体のいずれの場所も、ヒーリング・タッチを通じて、その場所そのものの存在感を覚醒させることができます。
 覚醒、と申し上げましたが、実際、私たちの身体感覚は、眠りこけているのと等しい無意識的状態であるのが普通です。
 目を閉じて、自分自身の手でも腕でも、どこでもいいから、皮膚で囲まれた空間の形、その内側を満たす存在感・・・それがそこに「ある」という感覚を感じようとしてみれば、実に希薄で、頼りないものであることにお気づきでしょう。
 身体内部の存在感も、広い意味での触覚に含まれるものです。体性感覚と呼びます。
 ヒーリング・タッチは自分自身のみならず、他者と触れ合い、相手の体性感覚を覚醒させることができます。
 要するにヒーリング・タッチとは、自分自身を知り、他者を知るための一法といえましょう。

問 ヒーリング・アーツとは何ですか?

答 ヒーリング・タッチを基盤として、人間活動のあらゆる方面へと応用してゆくものです。
 写真を撮ることへと応用すればヒーリング・フォトグラフ、武術に応用すればヒーリング・マーシャルアーツなど、いくつかの応用例を私自身が示してきましたが、実際には各人各様のヒーリング・アーツがあり得るわけです。

問 ヒーリングという言葉であなたが何を意味しているか、説明してください。

答 現在わが国では、ちょっと気分が良くなるとかリラックスする、といった意味でヒーリングという言葉が使われているようです。しかしながら、私が言うヒーリングはまったく異なるものです。
 ヒーリング(healing)という英語は、全体を意味するギリシア語のホロスを語源とする言葉ですが、同じくホロスを語源とする言葉として、health(健康)、wholeness(全体性)、holiness(神聖さ)などがあり、それらを総合した心身一如の総体的な状態を私はヒーリングと呼んでいます。

問 ヒーリングについてはわかりました。それでは、ヒーリング・アーツのアーツはどういう意味なのですか?

答 この場合のアーツはアートの複数形ですが、日本語の「わざ」に相当するものです。技、術、藝(芸)の3種類の漢字を当てはめることができます。
 簡単に説明すると、最初の「技」は、外的なやり方としての型、「術」は外側からは見えない内面的な実質、最後の「藝」は内外がよく調和して至高の芸術的境地へ達した状態です。

問 ヒーリング・ネットワークとは何ですか?

答 ヒーリング・アーツを研究し、実践し、縁ある人から希望があれば惜しみなく分かち合う、そういうヴィジョンを指し示す言葉がヒーリング・ネットワークです。任意団体の団体名のような形で使われることもありますが、何らかの組織がハッキリした形で存在するわけではありません(編注:現在はヒーリング・ネットワークという名称のNPO法人ができている)。

問 わかりました。
 次は、薬物についてお聴きします。
 まず最初に、あなたは薬物というものをどのように認識しているのですか。薬物の中でも、特に麻薬についてどう考えているか、話してください。

答 あらゆる麻薬を厳しく規制しなければならないとしたら、私の前に居並ぶ裁判官諸氏も、検察官も、この法廷内にいるすべての人も、いや、地球上のあらゆる人間を、直ちにひっとらえ、刑務所に送らねばなりません。なぜなら、人間の脳内で麻薬が造られることは、すでに広く知れ渡った科学的な事実だからです。
 例えば、ジョギング中に突如として意識の高揚が起こって素晴らしい気分を味わう、ランナーズ・ハイと呼ばれる現象は、脳内で分泌される麻薬様物質であるベータ・エンドルフィンの作用によるものです。脳内麻薬によって惹起されるランナーズ・ハイが、心身の健康に良いという事実は、すべてのジョギング愛好者が体験的によく知っていることです。
 麻薬を含め、様々な薬物、薬草などが、なぜ人の意識に影響を及ぼすかといえば、それらの「鍵」にピタリと合う各種の「錠前」が、我々の脳内に生まれながらにして存在するからです。この錠前をレセプター(受容器)と呼びます。
 それらの錠前が、一体何のために存在するのか、科学はいまだに答えをみいだすことができないでいます。
 ある物質が、いかにして脳内の受容器と結合し、いかなる化学的変化を起こすかといった「how(いかにして)?」の部分については、かなり研究が進んでいますが、「why(なぜそうなのか)?」に関しては、ほとんどわかっていないというのが現状です。
 しかしながら、シンプルに考えてみれば答は明らかではないでしょうか?
 生きるために必要だから、です。

問 人の意識状態を変容させる物質を、あなたは裁判の中でエンセオジェン(entheogen)と呼んでいますね。エンセオジェンという言葉の意味とは?

答 アメリカの研究者であるゴードン・ワッソンやジョナサン・オットらによって提唱された用語で、エンセオジェン(entheogen)という言葉はギリシア語で内側を意味するenと神を現わすtheo、そして触媒という意味のgenから成ります。つまり、神聖さの感覚を人の内面に発現させる媒体、といった意味です。
 エンセオジェンは、神秘的で深遠な体験を誘発するためのツールであり、古今東西の様々な文化において、宗教的、芸術的、あるいは呪術的、シャーマニックな目的のために活用されてきた歴史があります。

問 モルヒネやヘロイン、コカインといった真性の麻薬とされているものもエンセオジェンなのですか?

答 私自身はそれらをエンセオジェンの中に含めていませんが、コントロールされた状況下で賢明に用いれば有益な使い道があると思います。
 例えば、現代医学はモルヒネなしでは成り立ちません。モルヒネほど有効な鎮痛剤を、科学は人工的に作り出すことができてないのです。

問 エンセオジェンが古今東西の様々な文化や宗教で活用されてきたとあなたは先ほどおっしゃいましたが、その実例をあげることができますか?

答 できるだけ簡潔にお答えします。
 インド最古の聖典とされるリグ・ヴェーダでは、ソーマというエンセオジェンが中心的役割を果たしています。このソーマは植物から絞った汁と考えられていますが、科学は具体的な植物名の同定にいまだ至っていません。
 ササン朝ペルシアのゾロアスター教でも、意識を変えるためハオマという飲料が用いられました。このハオマとソーマは同じものといわれています。
 古代ギリシアで最も神聖とされ、毎年多数の人々が参加したエレウシス密儀においては、キュケオンと呼ばれる粥を食した人々が死と再生の秘密を実体験したと伝えられています。この密儀には、プラトンやホメロス、ソフォクレス、ローマ皇帝マルクス・アウレリウスなど当時の錚々そうそうたる人々の多くが参入したそうです。麦に寄生する麦角菌のアルカロイドが、意識変容の媒体だったのではないかといわれていますが、この麦角アルカロイドはLSDと類似した化学構造を持っています。
 20世紀におけるコンピュータ革命において、LSDは重要な役割を果たしました。アップル社の創始者スティーブ・ジョブズ氏は、LSD体験を元にMacintoshコンピュータを開発した、と自ら語っています。ノーベル賞受賞者のフランシス・クリック博士は、LSD服用中に観た内的ヴィジョンを元にDNAの二重螺旋構造を発見しました。
 メソアメリカのマヤ、アステカ文明では、国家の重要な祭典においてPsilocybe cubensis等の幻覚茸、いわゆるマジック・マッシュルームが最大の敬意と共に使用されていました。
 中南米のシャーマンは、様々なエンセオジェンを使った治療の儀式を今も行なっており、西洋医学で治らぬ欧米の患者たちが、そうしたシャーマンに会うため大勢ブラジルやペルーなどを訪れ、劇的な治癒例も数多く起こっているようです。
 中南米で用いられているエンセオジェンの例を2、3あげるなら、アヤワスカ、これはBanisteriopsis caapiという蔓植物とコーヒーの仲間のPsychotria viridisの葉から創られるハーブティーですが、地球上で最も強烈な知覚変性作用を持つDMT(ジメチルトリプタミン)が主成分となっています。その他、Trichocereus pachanoiというメスカリン類似の成分を含むサボテン、Brugmansia属のいわゆるエンジェルズ・トランペット――これは日本でも民家の庭などで普通に栽培されています――などなど、中南米で使用されているエンセオエジェンは種類が非常に多いのが特徴です。
 特筆すべきは、地上最強の意識変性作用を持つDMTを主成分とするアヤワスカを儀式で用いるブラジルのサント・ダイミ教団は、エンセオジェンの宗教的使用を政府によって公式に認められており、政府高官の中にも多数の信者がいるといいます。
 アメリカ合衆国でも、先住民教会という組織は幻覚性サボテンLophophora williamsiiの宗教的使用を政府から認められています。
 中央アフリカのコンゴやザイールの密林を活動拠点とするブウィーティ教団は、Tabernanthe ibogaという潅木の根をエンセオジェンとして活用し、死後の世界を生きながらにして信者に実体験させます。
 エンセオジェンとは少し意味合いが異なりますが、ヴァヌアツ、フィジー、トンガ、ハワイ、パプア・ニューギニアなどの広範な南太平洋諸地域において、カヴァカヴァ、学名Piper methysthicumが公私に渡る様々なシーンで用いられています。
 中世ヨーロッパで大弾圧され魔女と呼ばれた女性たちは、エンセオジェンを用いる秘密結社のメンバーでした。彼女らは、Mandragora officinarum(マンドラゴラ)やDatura storamoniumなど、様々な薬草の知識と使用法に長けていたといわれています。
 古代ギリシア最高の聖地とされたデルフィのアポロン神殿では、ピュティアと呼ばれる巫女たちが、Hyoscyamus niger等を焚いた香の煙を吸って入神状態となり、神の言葉を託宣しました。それは、時に国家の命運を左右することさえありました。
 このように、古今東西の様々な文化や文明において様々なエンセオジェンが用いられており、それは現在も同じなのです。
 こうした分野で科学的研究が進んでいることを示すため、植物名等は敢えて煩雑な学名にさせていただきました。

問 ある研究者が唱えている仮説によれば、人類の知性の進化とエンセオジェンとは深い関わりがあるそうですね。それについて話してもらえますか。

答 アメリカの研究者、テレンス・マッケナが唱えた仮説です。
 およそ2万5千年前、知性の爆発的な進化が突如として人類の祖先に起こった原因は、かつてアフリカの草原で狩猟採集生活を送っていた時、 何らかのエンセオジェン、おそらくはある種の茸を食べることによって生じる意識変性作用を、偶発的に発見したことが契機となったのではないか、という興味深い仮説をマッケナは唱えました。自らの体験に照らして、その説には充分な信憑性があると私は感じています。
 その黎明期より、人類はエンセオジェンと共にあったのかもしれません。時と所を異にする様々な文明、文化を調べてみると、人類が何らかのエンセオジェンなしで存在していた時などないことがわかります。
 人類はエンセオジェンによって生まれ、常にエンセオジェンと共に歩んできたのです。仮にあらゆるエンセオジェンを規制したら、人類はもはやそれ以上進歩向上することはできなくなるでしょう。人類は人類であることをやめてしまうでしょう。

問 エンセオジェンにはどんな効果があるのですか? 

答 人に活力を与え、寿命を延ばし、洞察力を増し、インスピレーションの源泉ともなります。

問 具体的にどういう体験が起こるのか、教えてください。

答 エンセオジェンの種類によって作用、効果は違いますが、共通しているのは、内面的な意識の領域に広がる未知の世界へと通じる扉が、エンセオジェンによって開かれるのです。
 外側に世界があり、広大無辺な宇宙が拡がっているのとまったく同様に、私たちの内面にも、無限とも思えるような意識の拡がりが存在します。実のところ、宇宙の万有は、感覚神経を通じて受け取った電気的情報が、脳内で再構築されたものに過ぎず、我々一人一人の内面にこそ、無限の拡がりと無限の深みが実在しているのだといえます。
 人間の内面に存在するテラ・インコグニタ、未踏の領域へと通じる通路は、ある種の扉のようなもので通常、閉ざされているのですが、その扉を開く鍵の一つが、エンセオジェンと呼ばれる聖性発現剤です。
 かつて私が一時期、エンセオジェンを使って、自分自身の内面にある意識の深みを探ったのは、人間の心と体に関する様々な情報が、そこに蓄えられているからです(当時は、それらのエンセオジェンは違法なものではありませんでした)。
 それは情報というよりは、普遍的な叡知というべきものであり、元来、言葉も形も超越したものですが、ある人はそれを宗教的な啓示として知覚し、別の人にとっては芸術的なインスピレーションともなり、あるいは単に「ぶっ飛んで」面白おかしくはしゃいでそれでオシマイ、というケースだってあり得る。
 要は、エンセオジェンによって開示される世界は、人それぞれということであり、私の場合は、人間の心と体を統一し、最大限有効に働かせるための具体的なわざや練修法という形で、体験と知覚が起こりました。

問 エンセオジェンが宗教と関係があるというあなたの主張について、もう少し詳しく述べてください。

答 人類は、人間という存在の本質を観極めるためにエンセオジェンを用いてきました。それは宗教的な探究にほかなりません。
 エンセオジェン体験には、宗教的な畏怖の念とか、神秘あるいは神聖さの感覚というものが、しばしば伴うのです。多くの研究者が、宗教はエンセオジェン体験から発生し、エンセオジェン体験を通じて発達したと考えていますが、そういうことは現実にあり得ると思います。
 事実、無神論者である私でさえ、エンセオジェン体験を重ねるうち、自然に「宗教的」とならざるを得なかったのです。ここでいう宗教とは、特定の宗派とか教義のことではなく、聖性(聖なる性質)を重んじ、人生の中核に置く態度や生き方を指します。

問 次は、あなたの活動とエンセオジェンとの関わりについて話してください。
 まず最初にお聴きしたいのですが、エンセオジェンがそれほど良いものなら、万人が使用すべきとあなたは考えているのですか?

答 私の活動はエンセオジェンを主体とするものではありませんし、人間の意識を変えるため必ずしもエンセオジェンを用いる必要はありません。断食や感覚遮断、瞑想など、意識を変性させる様々な方法があります。ヒーリング・アーツもその一つです。
 そして、エンセオジェンは万人向きのものとはいえません。

問 ほう。それはなぜですか。

答 マイルドな作用を持つものは別として、人間の意識を劇的に変容させるような力を秘めたエンセオジェンはコントロールが非常に難しいからです。そうしたエンセオジェンを自在に使いこなすには、長期に渡る厳しい訓練が必要です。
 新しい大陸が発見され、そこは未知の危険に満ちているが、と同時に素晴らしい有益な発見も期待できる。しかし、だからといって、万人がその新世界へ探検に行くべきということにはなりません。

問 エンセオジェンを使うべきでない人もいるのですか?

答 精神が不安定な人、精神的に未熟な人、何らかのアレルギーがあってエンセオジェンが身体の負担となる人、遺伝などの要因により精神病を発症するリスクが高い人、そういう人たちはエンセオジェンを安易に使用するべきではありません。もし使用するとしたら、医師やセラピスト、または熟練のシャーマンなど、専門家による援助が必要です。

問 あなたが過去にエンセオジェンを使ったのは、個人的な楽しみのためですか?

答 自分だけの個人的な楽しみのためにエンセオジェンを用いたことは、1度としてありません。
 私がエンセオジェンを用いたのは、あくまでも自分自身の内面にある意識の領域を探究する一助とするためです。そうした修業の過程で発見し、具体的なわざとして結晶化させたものを、他の人はエンセオジェン等を使用することなく、わざとして学び、修し、優れた効果を実感することができるのです。
 エンセオジェンというものは、先ほど述べたように、使えば誰でも同じような効果を体験できるというものではなく、とりわけ強い意識変容の働きを持つエンセオジェンは万人向きのものとはいえません。
 しかしながら、エンセオジェンあるいはその他の意識変容体験を通じて持ち帰ったわざは、身体のどこをどうして・・という具体的な手順と方法を備えたものなので、何らエンセオジェンを使ったことがない人でも、その方法を知り、練修することで、エンセオジェン体験のいわばエッセンスを、わがものとすることができるのです。

問 エンセオジェンを通じてわざを得たことがあるとあなたは言いましたが、それは実生活において何かの役に立つものですか?

答 人間の心と体がどういう相関関係になっているかとか、心と体の正しい使い方、といったテーマに関心がない人にとっては、何ら役立たないと思います。
 しかしながら、そういう人であっても、病気となり、病院に通っても治らないとなれば、俄然、興味が出てくるかもしれません。

問 あなたがエンセオジェン体験などの様々な修業を通じて得たわざによって、病院でも治らなかったような病気が治ったという実例があるのですか?

答 一例をあげるなら、友人のお母さんが脳溢血の後遺症で半身麻痺となり、私は症状を聴いて対処法を指示しただけですが、医師より杖をついて歩けるようになることが最高目標と宣告されていたものが、わずか2ヶ月でほぼ完治といってよい状態へと至りました。証拠申請して却下された弁第39号証は、その人が裁判官諸氏に対して真心込めて綴った嘆願書です。
 この他にも、ぎっくり腰で動けなくなり、家人に抱きかかえられて運び込まれてきた人が、帰る時には自分で歩いて車に乗り込んだなど、私が内的意識の世界から持ち帰ってきた諸々のわざには、人の心と身体に調和をもたらす上で、確かに素晴らしい効果があります。
 弁第41号証でしたか、ある人がぎっくり腰になり、病院で治療を受けてもまったく回復のきざしがなく、仕事に復帰するどころかまともに歩くことさえ困難となっていたものを、私の指示に従うことで短期間で完治へと至った体験を綴った報告です。
 私は、医師でも民間療法家でもありませんが、身の回りで病に苦しむ人がいれば、心身修養の修業を通じて得たものを活かして、できる限りの手助けをしてきました。
 エンセオジェン等によって開示される心身の叡知は、単に病をいやすのみならず、人がもっと活力に満たされ、溌溂はつらつと生きるためのヒントにもなるのです。
 これは、決して薬物による幻覚や妄想ではありません。
 幻覚や妄想によって、歩くことさえできないような痛みや苦しみから解放されるはずがない。
 私の妻は、今般の事件によるストレスが高じ、昨年病院で胃ガンと診断されました。しかし、医学に頼らず、サプリメント的な漢方薬以外、何らの薬も、もちろんいかなるエンセオジェンも薬物も麻薬も、一切用いることなく、私が内的叡知の宝庫とアクセスして持ち帰ったわざによって、1ヶ月もたたないうちに胃の重苦しさや吐き気などの不快な症状はことごとく影を潜め、元気を取り戻しました。
 再検査の結果は、「あるはずのものがない。あれは、たぶん・・・誤診だった」とのこと。最初ガンと診断された時、手術を勧められ、妻が断ると、「死にますよ」と言われたそうですが。
 私は、過去10数年間、講習会を開くなどの対外的活動を極力控え、10数人程度の有志と共に、もっぱら自分のわざを磨き、体験を深めることに専念してきました。にもかかわらず、知人の知人など、何らかの縁あって健康相談に応じ、良好な結果を得て深く感謝された事例が、ちょっと数えられないほどたくさんあります。私は広島在住ですが、東京や大阪など、遠方よりわざわざ家族そろって挨拶に来られた方々もいらっしゃいます。「あなたとの出会いがなければ、自分は今ごろ、この世にいなかっただろう」、と。
 ・・・(中略)・・・

<2022.06.24 乃東枯(なつかれくさかるる)>