Healing Discourse

ヒーリング・リフレクション2 第三十五回 ダイ・ダイ・マスト・トライ

◎モルディヴ巡礼の帰路に立ち寄ったシンガポールの印象を、簡潔に記しておきたい。
 シンガポールという国には、子供の頃からずっと興味があった。1970年代の中ごろ(シンガポール独立は1965年。奇しくも同じ年にモルディヴも独立)、父方の叔父の一人が家族ともどもシンガポールに数年移り住んで政府関係の建設作業を監督し、シンガポール建国の手伝いをしたからだ。
 時折祖母の元へ届く手紙には、「建設現場に大きなニシキヘビが現われたが、作業員たちがつかまえて食べてしまった」とか「川のそばで巨大なトカゲ(体長2メートル近くなるミズオオトカゲであろう)を見た」などと書かれていて、熱帯への憧れがいやおうなしに高まるのを感じた。

◎シンガポールでは夫婦共働きが多く、食事は家で作らず外食するのが普通なので、安くて美味しいものがどこでも食べられる外食文化が発達したのだという。
 シンガポール人の「食」に対する関心は高い。何が何でも(たとえ死んでも)絶対に食べてみるべき~、という言い回しがシンガポールではよく使われるそうだ。
 軽口を叩いていたシンガポーリアンに、What do you think die die must try in Singapore? と尋ねた途端、真剣・神妙な顔つきとなり、じっくり考えてから、「◎◎のチリクラブかな。あそこはホワイトペッパー・クラブも絶品だよ」、といった答えが極めて真面目に返ってくる。
 誰でもいい、シンガポール人をつかまえて、「今、最高のチキンライスを食べられる店は?」と聴いてみるといい。 「そりゃあ、マックスウェル・フードセンターの○○だよ。」「いやいや、その数軒隣の△△。これが最高。」「何言ってるんだ。△△の店長は○○で長年務めたシェフだから、味はまったく同じじゃないか。」「味は同じで、値段は安め。それに○○みたいにいつも行列ができてないから待たなくていい。だから△△がお勧めだ。」・・・などなど、通りがかりの見知らぬ人たちまで巻き込みたちまち一騒動となる。ちなみに、シンガポールやマレーシアでチキンライスといえば、中国系移民が伝えた海南鶏飯ハイナンジーファンをもっぱら指し、日本人が知るケチャップ味のチキンライスとはまったく別の料理である。

マックスウェル・フードセンター

チャイナタウンのマックスウェル・フードセンター。ここにある店全部を一通り試食するだけでも、1~2週間はかかりそうだ。

 上述のチリクラブやホワイトペッパークラブ、チキンライス、その他諸々のシンガポール名物を、現地の人たちが強く推す店へと足を運び、実際に味わってみたが、なるほど確かにいずれも「絶品」である。
 写真も少し撮ったのだが、ご覧の通り、味には徹底的にこだわるが盛りつけなどにまったく構わぬのが現地流ゆえ、料理の写真としては全然面白くない。どうかご了承あれ。

チリクラブ
チキンライス

◎ゆで卵やら大きな骨付き肉などの驚くべき具がごろごろ入っている東南アジアの巨大な肉まん(大包)は、私の手からはみ出すそのサイズ感にも驚かされるが、味も驚くほど美味しい。これまで日本で食べたいかなる肉まんも、遠く及ばない。
 が、いかんせん、あまりにも大き過ぎて、これ1個で満腹になってしまうため、(大好物のバナナを半分しか食べられない)「サッちゃん」みたいな気分に人をさせる、これは、食べ物である。
 これまであちこち旅してきて一度もなかったことだが、「食い倒れ」という言葉が、今回のシンガポール滞在中、何度か脳裏をよぎった。「食べ過ぎて倒れても・・・まあ、いいか」、と(呵々大笑)。

肉まん

◎「このたびの巡礼の旅で、何か悔いが残っていること、残念に思っているようなことが何かありましたか?」とか「シンガポールでは猫山王マオシャンワン(マレーシア産ドリアン)と出会えましたか?」といった、妙な、というよりかなりマニアックな質問が寄せられているのでお答えしておく。
 悔いが残っていることが1つだけある。モルディヴを発つ直前、首都マーレの市街地を訪れたのだが(空港がある島から小型の定期連絡船で約10分)、棘が妙に長い小さな丸いドリアンが市場の片隅で売られているのをみつけたのに、時間があまりないし、明日からシンガポールで最高のドリアンを好きなだけ食べられるのだから、という安直な理由により試食を見送ってしまった。ガイドはパキスタン産だろうと言っていたが、今になって考えるとパキスタンのドリアンなんて、非常に珍しいではないか。反省することしきり、である。

◎モルディヴから約4時間半のフライトでシンガポールに到着。ホテルに旅装を解くや、早速現地の人たちが勧める果物屋に出向いた。
 高級ドリアン・猫山王が1つだけ売れ残っていたので、その場で皮を開けてもらいワイルドにむしゃぶりつくと、確かに新鮮で美味いのだが、私が知る猫山王とは明らかに違う。風味も味も一段と奥深いのである。
 そのことを店主に告げると、「これは普通の猫山王じゃなくて、猫山王よりもっと高地で栽培される黒猫山王という特別な品種なんだ。しかし、よく違うとわかったな。」「ふうん、そうなの。そんな品種があるなんて初めて知ったよ。」「あなたは相当なドリアン好きだね。その見事な食べっぷりをみればよくわかるよ。シンガポールに住んでどれくらいになる?」「今朝、シンガポールに着いたばかりだよ。ドリアンをマレーシアで初めて食べて大好きになったのは19歳の時だから、今から40年以上前のことになるね。当時はいわゆるカンポンドリアン(品種改良のあまり進んでない田舎ドリアン)が主流で、猫山王なんてまだなかったでしょ。」「40年前・・! 確かに猫山王はまだなかったね。」・・・などと店主親子とドリアン談義に楽しく花を咲かせつつ、あっという間に黒猫山王を完食。
「こんなにドリアン好きの日本人を初めてみた」と、親子共々、文字通り目を真ん丸にして驚いていたっけ(呵々大笑)。

◎翌日も同じ店を訪ねていったら、「マイフレンド!」と大歓迎され、「あなたは実に運がいい。今日は、猫山王の中の猫山王、昨日の黒猫山王よりもっと希少な金黒猫山王が入ってるぞ」・・と勧められるままに食べた金黒猫山王は、若店長がドリアンの中のドリアンと絶賛するだけあって、過去40年間あれこれ食べてきたドリアンの中で最上・最高、まさに至高のドリアンだった。これを食べられただけで、今回シンガポールを訪れた価値があったと感動した。

◎残念な話も、その果物屋で聴いた。
 店主たちが直接知る日本人はいずれも皆、ドリアンを出されると大げさに鼻をつまんでみせて「臭い、臭い」と大騒ぎし、決して手を出そうとしないどころか、中にはゴミ箱に投げ捨ててしまう者さえいたという。「日本人はドリアンというものが心底嫌いな民族とばかり思っていたよ」、と。
 他国の人々が誇りに思っているような食べ物を、そんな風に軽率にけなし・おとしめる狭量な態度・言動は、日本人の品位を著しく落とすものだ。日本人は自分たちだけで固まりがちで、他国のツーリストたちと積極的に交流しようとしないため雰囲気が悪くなるという理由で、「日本人お断り」を掲げるリゾートも世界各地に存在する。
 なお、ついでに述べておくが、「臭い」のは完熟から時間が経って古くなり・発酵し始めたドリアンであって、本当に新鮮で上等なドリアンにはブランデーのような得も言われぬ芳醇な香気がある。

◎シンガポールには中国系の移民も多いのだが、街中を歩いていると思わず立ち止まってしまうような面白い看板をたくさん発見する。

金玉満堂

 タクシーの窓からみえた看板に「人肉骨茶」と記してあって、「えっ、人間の肉と骨が入ったお茶・・・?」と驚いてみなおしたら、「撥起人 肉骨茶」つまり「撥起人」という名の肉骨茶(バクテー)のレストランだった。
 マレーシア発祥のバクテーは、漢方薬と共に豚の各部位を煮込んだ一種の薬膳料理で、これもまたシンガポール名物の一つとなっているが、今回は試食する余裕がなかった。

◎タッカ・シャントリエリ(ブラックバット・フラワー)。
 花の形が変わっていて以前から関心があったのだが、今回、シンガポールの植物園(ボタニック・ガーデン)で初めて現物と出逢うことができた。

タッカ・シャントリエリ

<2022.10.11 鴻雁来(こうがんきたる)>