Healing Discourse

ヒーリング・ムービー 其之四 ボーナス映像 〜ヒーリング・セレブレーション in 広島〜

文:高木一行

 慣れぬ作業ゆえ、「切り落とし」(メインの部位を切り取った残り)がいっぱい出る。
 捨てるのはもったいないから、その一部を特典映像としてお目にかける。龍宮道修行者、龍宮道マニアにとっては、裨益ひえきするところ大なりと信ずる。
 座って執り行なう座取りや、龍宮道独自の床取り(寝ころんだ術者にかかってくるのを波紋化してさばく)など、ちょっと変わった内容も諸所に織り交ぜられているから、かなり楽しめると思う。
 楽しむ。それが今、我々がやっていることだ。

ムービー1 於:天行院(広島) 2021.04.17

フルハイビジョン画質 02分26秒

ムービー2 於:天行院(広島) 2021.04.17

フルハイビジョン画質 09分04秒

<2021.05.31 麦秋至(むぎのときいたる)>

付記:京都在住の東前公幸君は、名古屋と広島、両方のセレブレーションに参加し、広島セレブレーション後、以下のような感想をBBSに寄せてくれた。「学び方」とか「受け取る側の態度・姿勢」は、龍宮道に限らずいかなる<道>においても重要だ。


 先生に直接触れ合っていただける貴重な機会を生かすべく、受け手としての自分の在り方を内省し、工夫するという課題が私にとって大切になってきていました。前回のヒーリング・セレブレーション in 名古屋で、ナジオン(鼻根点)を開くことを意識し、皮膚同士の接触面の感覚を意識することで、今まで感じることができていなかった様々な感覚を感じることができました。今回は、先生と向かい合うことを通じ、人類全体の集合的無意識層までヒーリング作用を響かせるように、ということを加えて意識しておりました。
 すると先生のわざを受けて波紋の余韻を味わっている時に、自分ではない人たちが次々と顕われてきて(イメージが湧くようなものではなく、その人そのものになっているような奇妙な感覚でした)、自分の内面を通じていやしの波紋を世界へ届けているような不思議な感覚を覚える時がありました。受け手の意図によって様々に学びが変化し、深まるということが理会されてきました。

 今回、先生に動的ヒーリング・タッチを行なっていただいた際に、ヒーリング・タッチの「粒子性」を体感できた瞬間があり、大変感動いたしました。「粒子性」を自らの内面において「観た」と表現できるかもしれません。その時、このような触れ合いの感覚は、「奇跡」だとすら感じました。

 土踏まずから上昇してくる透明な流れ、先生の皮膚の内側で呼吸と一体化して流れる暖かな生命の流れなど、触覚的に体験した「それ」を言葉にしてみると・・・なんと、実に先生がすでに文字に記してくださっていたことであったと後で自覚する始末で、自嘲気味に笑うしかありませんでした。頭で理解することと、触覚的に、あるいは内面的な体験としてそれに接することの驚くべき違い、隔たりにまたまた愕然といたしました。
 しかしこれは一人私のことだけでなく、多くの現代人が陥っており、ますますその傾向を強めている状態ではないかとも思われました。膨大な情報が押し寄せ、身体を使うことはますます少なくなり、視覚中心で、頭を忙しく働かせる生活が加速しているように感じるからです。この現代の危機的必要性に応じてヒーリング・アーツ、龍宮道は顕われてきているのではないか?! とも思われてきました。
 
 現在、触れ合いがますます禁じられつつありますが、おそらく触れ合うことによってしか開かれないのであろう神聖な世界を体験できたことで、人類にとって、真の触れ合いの重要性、必要性を今までよりも深い部分で感じとることができたように思います。

 今回の体験により私などにはとても表現し、伝えることができないのではないか? と思われる深遠なるギャップを、言葉や映像などで橋をかけ続けられている先生の凄さに、新たな次元で気づくことができたように感じました。本当に「凄すぎる」としか言い得ないと感じました。

 そんなわけで、動画撮影の際には、こうした神聖な触覚的体験を画像によって世界に届けようという試みが、また途轍もない挑戦であることが感じられました。しかし、撮影していると集中してきて、撮影することがとても楽しく、一体感を感じる瞬間がありました。世界調和の祈りの波が、観る方々の内面深くまで届きますことを、願わずにはおれませんでした。

 この度は貴重な機会を賜り、誠にありがとうございました。このいやしのかてを生かして精進してまいります。

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