Healing Discourse

其之五 帯使いと床取り(寝わざ) 〜伝授会 in 横浜〜

文:高木一行

 2021年5月29日と30日、横浜と大阪で龍宮道の伝授会を執り行なってきた。その一端を、今回と次回の2回に別け分かち合いたい。

 28日、早めに横浜入りして所用のあれやこれやを片づけ、夜は友人たちとマレーシア料理店へ繰り出し、バター・プロウンやフィッシュヘッド・カリー、ナシ・アヤム(海南鶏飯ハイナンジーファン)など、懐かしい味の数々を堪能した。29日は横浜で伝授会。終了後、直ちに(土産に持たせてもらった中華街特製ペキンダックを新幹線の車中で美味しくいただきながら)大阪へと移動。翌日の伝授会で参加者たちと共に楽しく波打った後、(名古屋からの参加者に土産の手羽先をいただいて)帰広。最初、何だか慌ただしいスケジュールのように思えたが、実際にやってみると無駄がなくて大変よろしい。

ヒーリング・リフレクション1』で、やれマンゴーだ、ドリアンだ、アタック・にゃんバーワンだ、白蛇だ、いやオオトカゲのオットちゃんだ、・・などと徹底して読者を突き放し続けているにも関わらず(呵々大笑)、新しい人が次々と龍宮道の門を叩く。
 熱誠摯実な探究者たちに対しては、全身全霊をもって一人一人と向き合い、その人が現時点で受け取れる<最大限マキシマム>を、以身伝身にて伝えてゆきたいと思っている。

 さて、まずは基本の帯使い(帯の締め方と活用法)について。
 詳しい解説は動画(横浜伝授会・冒頭部分)に譲るが、臍とその真裏にあたる箇所(腰椎と仙骨の境目。腰が反っているところ)を結んだ、東洋医学で言うところの帯脈たいみゃくを帯(動画でははかま)を活用して意識化し、そこから起こす波紋を使ってわざをかけている。
 龍宮道では、身体運動のポイントとなる箇所を意識化し、動きやわざの中で応用するため、帯・袴を使う。
 ただ帯を結ぶのと、ヒーリング・タッチを使って帯そのものにマナ(生命力)を込めた場合とでは、意識化のレベルが明らかに異なる。そういう、本来であれば秘伝・口伝に相当する事柄も、<ヒーリング>波紋を広く世界へ波及させるため、真面目に求める人には誰でも惜しみなく伝えたいと思っている・・・のだが、いかんせん、新しい4Kビデオカメラを篤志家より寄贈いただき、新たに試用を始めたばかりゆえ(言い訳には全然ならないが)、肝心の場面を撮ることに、今回は成功しなかった(大笑)。私自身が撮るわけにもいかず、参加者に撮影を任せるしかないため、何とももどかしい限りではあるが、まあ、ゆったり構えるしかあるまい。
 これまでご紹介してきたような初歩的なわざについては、今後「ヒーリング・ムービー」のページで一手一手、動画主体で詳しく(読者が自分でできるように)解説してゆく予定なので、どうか寛く大きな心で気長にお待ちいただきたい。

ムービー1 『帯使い』 2021.05.29

フルハイビジョン画質 03分35秒

 次は、これも横浜伝授会の中から、初歩的な寝わざに関する場面をご紹介する。
 動画では、骨盤の座骨を球転「させるが如くに」波紋を起こし、しっかり抑え込まれた状態を流体的に・自然に、ほどくわざが示演されている。龍宮道には、身体各所の骨をヒーリング・タッチにより球状に意識化し・使う「密珠」と呼ばれるメソッド群があるが、その一応用法だ。
 このわざは、2013年度の小笠原巡礼を契機として顕現した。小笠原滞在中、大人がごろごろっと転がされてしまうような強い波を浜辺で楽しんだりしていたのだが、帰路の船中で(東京の竹芝桟橋まで片道25時間)二段ベッドに寝ころび静かにあれこれやっていた時、座骨それ自体の意識をヒーリング・タッチで球状に覚醒させれば、浜辺の波遊びを寝わざへと結晶化できると、瞬間的に「わかった」。龍宮道のわざは、いつもこんな風に、時と場所を構わず、唐突にあらわれる。
 巡礼から帰還し、ヒーリング・ネットワークの友人たちを相手に実際に試してみて、あらかじめ直感した通りの効果を確かにあげられると確認した時、自分が超越的に受け取りつつあるこの龍宮道という新しい<道>が、真に独自のユニークなものであることを確信した。
 動画のようにしっかり抑え込まれてしまったら、日本古武道の精華と呼ばれる大東流合気柔術をもってしても、容易に崩したり返したりできるものではない。これは私が勝手な意見を述べているのではなく、かつて私が師事した大東流合気柔術六方会宗師・岡本正剛先生もおっしゃっていたことだ。

ムービー2 『床取り(寝わざ)』 2021.05.29

フルハイビジョン画質 04分51秒

 ところで、伝授会などで実際に私と親しく触れ合い、龍宮道を実体験した人たちは皆、この男はどうやら本気も本気、徹底的に本気で、龍宮道関連のあらゆることに対し大まじめに取り組んでいるらしいな、と感じてくださったと思う。
 しかり。マンゴーもドリアンもオオトカゲも猫も蛇も、どれも皆、単なる個人的な趣味、おふざけ、お遊びなどでは、断じて「ない」。
<ヒーリング>という言葉は、私にとり神聖なものだ。その神聖な言葉を冠した『ヒーリング・リフレクション1』という作品は、だから、文字通り、一言一言に<ヒーリング>作用を宿している。その事実を、自分自身で強く実感する出来事を、つい最近体験した。

 間もなく本年度最初の巡礼へと旅立つのだが、心身の準備を深いレベルで整えようと、少し無理をして約1週間、ほとんど不眠不休、完全断食であれこれ修業しまくったのがよろしくなかったようだ。冤罪で刑務所へ送られる前であれば、丸1日も寝ておれば疲れがスッカリ抜けて元気溌剌はつらつ、大木にでもぶつかってゆかんとする気力が充ち溢れてきたものが、2日、3日経っても、全身が重だるく、体中あちこち痛んで、食指欠損、まるで病人である。
 このまま体調が回復しなければ巡礼中止もあり得る、というところまで追いつめられた時、ベッドに弱々しく横たわる私に愛猫マヤがそっと寄り添ってきて、ごろごろサウンドで優しくヒーリングしてくれた。
 心身が衰弱している時は、キャット・ヒーリングの偉功がハッキリわかる。時折小休憩をはさみつつ、合計3度、マヤのヒーリングを受けた・・・ら、胃に穴でも空いたかというほどの気分の悪さが明らかに薄らいだ。
 そこで、のろのろと起き出してきて書斎でPCを起動し、『ヒーリング・リフレクション1』の人気がないらしいが、そんなにつまらない、どうでもいいようなことを、自分は勢いに任せて書き散らしたのか、否か、未公開の分を含め、最初から全部、客観的に通読してみたのである。スライドショーやムービーも、すべて丁寧に観照した。
 するとどうだ。読み進めるほどに、どんどん元気が出てくるではないか。
 自画自賛に類するくだらんことを述べているのではない。ちょっと近所へ外出するのでさえ億劫な停滞状態が何日も続き、一向に改善されそうな様子がなかったものが、2~3時間のうちに元気横溢おういつ、巡礼でも伝授会でも何でも来い、という通常レベルまで一気に回復してしまったのだ。
『ヒーリング・リフレクション1』に限らない。ヒーリング・ネットワーク(1&2)のウェブサイトに含まれるあらゆる記事、写真、スライドショー、ムービー、音楽には・・・<生命いのち>が込められている。劇的なヒーリング事例も、数えきれないほど報告されてきた。
 すなわち、<ヒーリング>のために、これらはあるのだ。人気があろうがなかろうが、そんなことは一切関係ない。
 わかる人はどんどんヒーリング作用を受けて元気に楽しくなる。わかろうとしない者、あんなものは龍宮道とは関係ないと決めつける人間・・・は大損をする。それだけのことだ。
 サイト構築の責任者である佐々木亮君が『ヒーリング・リフレクション1』についていわく、「ちょっとわかってくると、あれが実に面白いんですがねえ・・・」、と。
 まったくもって、その通りである。

<2021.06.15 梅子黄(うめのみきばむ)>

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