Healing Discourse

生命の旋舞 〜モルディヴ巡礼:2022〜 第一章 聖地巡礼

 シンガポールのチャンギ国際空港を飛び立ったジェット機は、無数の積乱雲にうずめ尽くされたシンガポール・マラッカ海峡をよぎり、広大な熱帯雨林に覆われたスマトラ島を横断して、インド洋上を一路、西へ西へと驀進ばくしんする。
 スマトラ島を過ぎてインド洋へ出た途端、眼下の雲の様子が一変した。真っ白い分厚の平らな広がり、それがどこまでも延々続くのだ。今、インド洋一帯は雨期で、しばしば強風が吹き荒れ波も高くなるそうだ。
 この時期、モルディヴのバア環礁、ハニファルベイには、数十頭から時に百頭を越すマンタの大群が集い、大乱舞を繰り広げるという。
 マンタがそれほどの規模で集まる場所は、地球上でただ一ヶ所、ハニファルベイのみといわれている。そこは地球の特別な場所スポット、生命の聖地であり、決まった時期に毎年そこを訪れるマンタたちは、だから<巡礼>にほかならない。
 同じ巡礼者として、生命いのち祝祭フィエスタを共に祝い楽しみつつ、マンタたちと一緒に地球調和を祈る・・・今回の龍宮巡礼(海の巡礼)はそういう趣向だ。

 モルディヴは古来より、「インド洋の花」(マルコ・ポーロ)、「貴婦人の首飾り」などと、その美しさを讃えられてきた。サンスクリット語のMalodheep(花輪の島)が、モルディヴ(Maldives)の語源とされている。
 低空を飛ぶ水上飛行機から観ると、写真のようにサンゴ礁がドーナツ状になった美しい小環礁(faroファロ)があちこちに散らばっていて、モルディヴ以外ではみかけたことがない光景だ。小環礁やサンゴ礁に囲まれた島がネックレスのように連なって環礁(Atollアトール)を形成し、モルディヴの国土は26の環礁によって成り立っている。
 ちなみに、アトール(環礁)とファロ(小環礁)は、ディベヒ語(モルディヴ語)から英語に採り入れられた数少ない言葉だそうだ。
 小環礁のそばを連れ立って泳ぐマンタを2頭、水上飛行機から観た。

サンゴ礁

クリックすると拡大(以下同様)。

 今回の巡礼の拠点となるバア環礁内のリゾートアイランド(フォニマグッドゥー島)へ、日本から1日以上かけようやくたどり着いた。一休みする暇も惜しんで、南島みなみじまの植物たちが勢いよく生い茂るリゾート内をあちこち散策していたら、木の幹に溶け込むホオグロヤモリを発見。ぷりぷりと尻尾までよく太っていて、栄養状態が極めて良さそうだ。

ホオグロヤモリ

『龍宮綺想~慶良間巡礼:2021』第2回 にも登場したホオグロヤモリ(Hemidactylus frenatus)だが、今や世界の亜熱帯・熱帯地域を全制覇したとされるこの壮大な航海者らの元々の先祖は南アジア出身であったというから、このあたり(インドの南、スリランカの西)にもいて当然・・か。毎夜、ちっちっ、キュッキュッ、と控えめに鳴き交わしていたが、沖縄のものと比べると何だか落ち着いた低めの声のように感じられた。

 イロカエカロテス(Calotes versicolor)。こんな素敵なトカゲたちとリゾート内でしゅっちゅう出逢ったりすると、もうそれだけで幸せな気持ちに満たされてしまう。
 色違いはオスとメスの差かと思っていたが、帰国後に調べてみたら同じ個体があれほどまで見事に色を変えるらしい。イロカエ(色変え)、という名の由来とか。

イロカエカロテス
イロカエカロテス

 アオサギ(Ardea cinerea)。
 日本にもいるアオサギだが、フォニマグッドゥー島には人をあまり怖れないアオサギが数羽住み着いていて、この写真の個体は特に人なれしており、至近距離であれこれポーズをとってくれた。突然首が伸びるのも面白い(帰神スライドショーでご確認あれ)。

アオサギ

 島に着いた翌日、体慣らしを兼ね、シュノーケリング・ツアーに参加した。
 すると、まるで今回の龍宮巡礼の先触れのごとく、マンタが思いがけず出現! わずかな時間の邂逅かいこうに過ぎなかったが、この場所でマンタと出会うのは初めて、とガイドの方が興奮気味だった。

マンタ

 ムスジコショウダイ(Plectorhinchus orientalis)。モルディヴでよくみかける魚。斬新なデザインと相まって、鮮やかな黄色の蛍光色がひときわ目を惹きつける。

ムスジコショウダイ

 モルディヴの島々では、オオコウモリ(Pteropus sp.)も元気に飛び回っている。果物を主食とする大型のコウモリ類だ。

オオコウモリ

 それでは帰神スライドショーをどうぞ。いつものように、普通画質版と高画質版(理論上は普通画質版の4倍の情報量)を用意した。
 部屋をできるだけ暗くし(夜、照明を消して観るのがベスト)、PC画面の明るさを中間に設定した状態にて、「観照(観賞)」することを前提として制作している。
 画面の明るさを中間に、と毎度毎度口うるさく繰り返して言うのは、知らないうちに輝度の設定が変わってしまうことが、少なくとも私が長年愛用してきたMacでは結構頻繁に起こるからだ。しばらくぶりに観た自分の作品に、「こんなに平板で浅薄なつまらんものだったのか」とか「暗くて何が何やらよくわからない、こんなものを作品として強引に押し出すとは気でも違っていたのか、オレは」などと強烈な違和感を覚える時は、必ず輝度設定が狂っている。

 かつて岡本太郎が夢想した「ピープルのための芸術」を、インターネットという新たな時代の表現様式・媒体を通じて具現化したものの一つが、「トラベローグ」だ。
 文章や写真、スライドショー、動画などが渾然一体となり、旅の「体験」あるいは「体感(存在感)」そのものを、リアルに観照(観賞)者に伝える。巡礼の旅のエッセンスがダイレクトに分かち合われる。
 これは私の旅であると同時に、「あなた」の旅でもあるのだ。

<2022.10.16 菊花開(きくのはなひらく)>