2013.10.10(断食 DAY17)
<朝>
愛する美佳、
昨夜、浅野弁護士に『利島巡礼2013』の原稿を記したノートを託したので、間もなく君の元へ届くだろう。
浅野氏から聴いたが、警察から電話があり、任意の事情聴取をしたいと言われたそうだね。
私が逮捕事実以外、全面黙秘に入ったことへの仕返し、嫌がらせとしたら、卑劣極まりないといえよう。
だって連中は、君がまったく無関係であり、どこをどうつついても何も出てこないとハッキリ知っているんだよ。というよりも、そもそもこの事件全体がでっちあげに他ならないことを、はっきりそうとはもちろん言わないが、私に対してはすでに認めている。「自分たちにはどうすることもできない。我々は検察の指示に従うしかない」、なんて後ろめたそうな態度で言っていた。無実の罪と分かっていても、検察から指示されれば逮捕し、勾留して尋問する。そして、裁判にかけ、あらかじめ決められていた通り、有罪が宣告される。それが日本の司法の現実だ。浅野弁護士も丸井弁護士も、接見時にそういう話題になるとやけに楽しそうに「笑って」いらっしゃるんだが、絶対あってはならぬこととは、どうやらちっとも思ってないようだ。裁判官、検察官、弁護士は同じ穴のムジナだという話を、運動時間中よその部屋の人たちから聴いた。まさかと思っていたが、どうも事実らしいとだんだん思えてきた。日本の刑事裁判の有罪率は99.9%だそうだが、ナチスドイツやスターリン政権下でのソ連における悪名高い暗黒裁判よりももっとひどい、この状況は、日本の司法制度そのものが正しく機能してないことを如実に示している。
まあ、そんな現実を憂えても仕方がない。それよりも、君のことを話そう。
多数の刑事が、いきなり自宅に押し入ってきて、乱暴な態度でわがもの顔にあちこち引っくり返して調べて回ったからといって、そんなことはあらかじめ予想していた通りであり、我を失ってヒステリックにわめき散らしたり、おろおろしたりするようでは、あまりにも情けない。
そういう餓鬼[ガキ]みたいなところが、君の最大の欠点といえる。
何かの不都合や、自分が思うようにならないことがあると、愚かな子供か、仁王に踏みつけられた鬼みたいになって、じたばたし、行き場を失った感情を爆発・発散させる。
私はあれが大嫌いだ。
再び君の餓鬼的態度を見せつけられるくらいなら、私は君と再び生きて会わないことを、躊躇[ちゅうちょ]なく選ぶ。
これまであらゆる場面で、私が矢面[やおもて]に立ち、君を護[まも]ってきた、そのことが、かえって君の自立をさまたげ、君が自分自身の強さを得ることを邪魔していたのだとしたら・・・とても寂しく、むなしい。
今、私は君を直接助けたり、守ったりすることはできない。君は、君自身の戦いを、自ら戦うしかない。
強くなってから戦うのではない。
戦うことによって、強くなってゆくのだ。
愛すればこそ、厳しいことを書いた。
が、強さなき軟弱な愛に、いかほどの価値があろう。
死を覚悟すれば、無法な取り調べなぞ何ほどのこともない。
<死>こそ、われらの力。
美佳、誇り高き愛を、君へ。
一行
2013.10.10(断食 DAY17)
<午後>
愛する美佳、
先ほど、取り調べのため検察庁へ連れてゆかれた。
3人の護送官の1人は、初めて見る男だったが、腰縄のひもの部分でなく、腰のところに手を差し込んでぐっと強くわしづかみにしてきつく締め上げ、必要以上に強い力で私の腕や肩をつかみ荒々しく引き回す。
階段を何度も踏み外しそうになった。
検察庁のエレベーター内で、ついにやり過ぎたか、あるいはわざとか、あまりに強い力で引っ張り回されるので、バランスの限界を越え、あとは龍宮道で反撃か、そのままおとなしく壁に激突か、という二者択一のクライシス・ポイントへ至った。
ここへ来て以来、私はずっと非暴力を貫いてきたのだから、もちろん相手にされるがままになったよ。受け身はちゃんと取った。両手を手錠で拘束されているので、やや不充分だったが。
エレベーターのドア枠の角[かど]にしたたか肩をぶつけたが、武術で鍛えてあるからどうということはない。
が、ドカーンとものすごい音がしてエレベーターが揺れ、その場にいた(背を向けていた)もう1人の護送官が仲間に向かい、「あんた何てことするんや!」と思わず叫んだほどだ。
昨日より私が逮捕事実以外について突然黙秘を始めたことに対する報復か、あるいは私が思わず反撃して、自らの罪を重くすることを狙っての故意の罠か。
何がなんだかわけがわからぬが、これまで出会った護送官全員の丁重で親切な態度とはあまりにもかけ離れた、異様なまでの「憎悪」を、相手の内に感じた。
エレベーター内には監視カメラがあるが、残念ながら録画機能はないそうだ。
それを知っての蛮行としたら、卑怯極まりなし。しかも、相手は私が絶食17日目であると知っているのだ。
例によって、君に憤[いきどお]ってもらいたいと思って、こんなことを報告しているんじゃない。
むしろ面白がってほしい。楽しんでほしい。
件[くだん]の男はあまりにやり過ぎたのか、あるいは「指示」(?)通りにできなかったからか、検事の叱責を受けたらしく、帰りの車中ではしゅんとおとなしくなってしまった。行きとはまるで別人みたいに。
検事に対しては、「このような非人道的扱いを受けるいわれはない。本日はいかなる質問に対しても答えることを拒否します」と断固たる態度で臨んだ。
「あれは私の部下じゃない」なんてつまらない言い訳をしていたが、引け目を感ずるのか、異例ともいえる短い取り調べとなり、そのまま留置施設へ帰ってきた。
まあ、こんな風にいろいろあった方が面白いじゃないか。
美佳、1万回の「愛してる」を、君へ。
一行
付記1:
上記の一件で、肩を強くぶつけたはずみに、肩関節のどこかがおかしくなったか、右腕の動きが若干ぎこちなくなった。
検察庁で「病院へ行くか?」と問われたが、「病院ではこれは治らない。あとで自分で治すからいい」と断った。
留置所へ帰り、私たちが研究してきた筋骨矯整術の、腕・肩の自己運動法をやってみたら、肩関節のところでピタッとはまる感じがして、元通りになった。
あとは周囲の筋肉をヒーリング・タッチでケアし、STM(編注:自発調律運動。体が勝手に動いて、自[おの]ずから全身のバランスが整えられる特殊な運動法)で細かくチューニングしてゆけば完治だ。
ガンでも何でも、大抵の不調を自分で治せるというのは、実に心強い。
少し前までの私なら、罪が重くなろうがどうなろうが、まったくお構いなしに、命を捨てる覚悟をした者には関係なし、と無礼、無作法な者に容赦なく鉄槌を打ち込んだであろうに、断食17日目で弱っているわけでもないのに(逆に、術[わざ]のキレはますます鋭くなりつつある)、一瞬の判断で、より正しい在り方を選択することができた。
「負けて、負けて、負け切る」・・・これはなるほど、難局突破のための、1つの極意かもしれない。
透明な愛を、君へ。
一行
付記2:
ひとつ思い出した。
毎夜、寝具を監房へ運び込んだ後で身体検査があるのだが、時折妙にねちねちと、長時間かけ、あちこちの筋肉をつかんだりなで回したり、しまいにはズボンの中をのぞき込んだり、変なことをする野郎がいる。
ある時、取り調べ刑事らにそのことを話したら、「ホモだ、間違いない。いるんだよ、実際に」なんて勝手に盛り上がっていた。
オレは女だけじゃなく、男にもモテるからねえ。
しかしこちらへ来て以来、エロティックなイマジネーションが浮かぶことがほとんどない。
断食で、性的方面へと向かうエネルギーの余裕がないためだろう。
まあ、ホモだろうが何だろうが、同じ人間であることに変わりはないわけで、そうした人々を見下したり、軽蔑する気持ちは私には一切ない。
職務と趣味を混同してもらってもちっとも構わんと思っているが、しかし、無骨なやり方で敬いも愛も込めず、ズルズルザラザラ撫で回されるのには我慢ならぬ。
ヒーリング・タッチを学べ! と言いたい。
美佳へ。君への愛に満たされつつ。
一行
2013.10.10(断食 DAY17)
<夕>
愛する美佳、
先ほど、留置施設内で医師による健康診断を受けた。
特に問題なし、とのこと。
ところがその後少し経って、今度は手錠、腰縄をつけられ、外部の病院(前回連れてゆかれ、院内感染で気分が悪くなったところ)へと、半ば強制的に連行され、検査を受けさせられた。
病院の裏口にて、2人がけの車座席の真ん中に腰かけ(両側に護送官が座る)、クーラーを止めた暑い車中で西日を背に受け汗を流しつつ、かなり長時間待たされ、さらに病院の階段を上り降りさせられたから、結構体力を消耗した。
私を診断したまだ若い女医は、脈拍が早いだの、顔色が白いから貧血を起しかけているのかもしれないだの(陽の光がほとんど当たらない監房内でずっと過ごしているのだから、肌が白くなるのは当然だ)、あげくの果てに「食事をしなければダメです」なんて決めつけるから、どんなものを食べれば良いかと尋ねたら、「留置場で出される普通の食事を、そのまま素直に食べればいい」だとさ。
「長期間、食を完全に断ってきた人間が、いきなり普段の食事をとったりすれば、ショック死することがあるという事実を、あなたは御存知ないのか?」
「断食の基礎科学すらわきまえない者が、単なる予断・憶測・先入観に基づき、貧血だの、脈だの、いい加減なことを言っていたのか!?」
「あなた、そんなメチャクチャなことをしていると、殺人罪に問われますよ!」
など、ぐっと「圧力」をかけながら大きめの声でまくし立ててやったら、青ざめて小さな声で、「ハイ、ハイ・・・」なんて言っていた。
前回の診察時、別の医師による「食事を再開する際は、重湯(おかゆの上ずみ)から始めること」とのカルテが残されていたから、未熟で何も知らないことが露呈し、著しく面目がつぶれたようだ。
まあ、あんな「行けば気分が悪くなるところ」へ2度と行きたくないから、ちょっと派手なパフォーマンスを演じてやっただけのことだが、院内感染については、あらかじめマスクを装着したので未然に防げた(女医を叱りつける時は思わず外してしまったが)。
それにしてもこの女医、私にやっつけられる直前のことだが、胸の音を聴くとて、聴診器をあてたはいいが、ギューッとものすごい力で押し付けてくるではないか。
強く押し過ぎだからやめてくれと頼んでも、唇の前に指を立て、「シーッ」と静かにするよう促す。
そんな珍妙なやり取りを何度か繰り返した後、あきらめたように聴診器を離し、何とバカな奴よ、薄ぎたない犯罪者め、と軽蔑するような顔で、「声を出すと聴こえないので静かに」とおっしゃるから、「あなたの聴診器の使い方はなっていない。それでは強く押しつけ過ぎで、患者に強い不快感を与える」と答えたら、さっと顔を赤らめていた。
そんなこんなのドタバタ騒ぎの末、「特に異常なし」との結果が出たが、何だ、先ほどの留置所での診断とまったく一緒じゃないか。
これも、ある種の嫌がらせなんだろうか?
取り調べで手こずらせると、こんな風に面倒な目に遭[あ]わせてやるぞ、と。
何をッ!!
この程度のことで、レジスタンスをやめてたまるものか。
鉄のような強い、強い意志を、私は今、自らの内に感じている。
しかも、継続は力なり、だ。
1日1日、絶食期間を延ばしてゆくことが、鋼鉄の意志をさらに精錬し、強化してゆく。
美佳、限りなき、終わりなき愛を、君に。
一行
付記:
神無月[かんなづき]だったと、たった今、気づいた。
が、神々は常に、私と共にある。
最初、犯罪者の扱いでここにブチ込まれた時、神もついに我を見捨てたもうか、エリ・エリ・ラマ・サバクタニ(十字架上のキリストの絶望の叫び)と口にしたくなった。
が、それ以来今日まで、神々の恩寵を実感する瞬間がどんどん増えつつある。
<生命の対等>というヴィジョンが熟成へと至ったのは、檻の中だ。
こうして檻の中で暮らしていなければおそらく得られなかったであろう、術[わざ]、理会、叡智の数々に、私は今どっぷり浸かり、溺[おぼ]れんばかりだ。
丸井弁護士が、山にこもって修行するのと一緒なんだから、この機会を大いに活用されたらよろしい、なんて呑気なことをおっしゃっていたが、まあその通りかな。あなたもご一緒にいかが、とは思うけれども。
美佳、愛してる。
一行