Healing Discourse

ボニン・ブルー 小笠原巡礼:2013 第12部 アイ, アノール

 すでに述べてきたように、高い自然保護意識を持つ人々が、希少種のウミガメを殺して食べるなど、小笠原は多くの矛盾をはらんでいる。
 その矛盾の象徴ともいえるのがグリーンアノールという小さなトカゲだ。
 これまでのスライドショーにも頻繁に登場したあの愛らしい美しい生き物。
 原産地のアメリカ大陸より20世紀半ば頃、小笠原・父島にペットとして持ち込まれ飼育されていたものが、野生化し、その後爆発的に増え、オガサワラシジミなど在来種の昆虫を食べ尽くさんばかりの勢いであるという。

 アイ, アノールというタイトルは、SF作家、アイザック・アシモフの『アイ, ロボット(われはロボット)』へのオマージュだが、アイはI(私)であり、愛であり、哀でもある。
 ヒトから目の敵[かたき]にされるようになったアノールは今や「駆除」の対象となってしまった。
 二見港に植えられている木々の1つ1つに妙な箱のようなものが取り付けられているのでよく観たら、粘着剤でゴキブリをとらえるのと同じ原理でアノールトカゲを捕殺するための道具だった。

 が、そうした状況にも関わらず、10日あまりの小笠原滞在中、あちこちでたくさんのアノールたちと出会った。彼女/彼らは、あまり人を怖れない。そっと観察すると、ひょうきんな動作で枝を登ったり、下りたり、緑になったり茶色に体色を換えたり、全然あきない。宿泊したペンションの庭の生け垣でもみつけた。
 どうやらアノールを排除すべく躍起になっているのは、ごく一部の人間のみで、小笠原で暮らしてきた人々は、絶海の孤島に運ばれ、たくましく生き抜くアノールたちの姿に自分自身や、祖先の人生、生き様を重ね合わせ、小さな隣人に対し「不干渉」の態度を取っているようだ。
『ボニン・ブルー』シリーズのスライドショーでご覧いただいた植物の大半が、オガサワラタコノキなどごく少数の例外を除き、すべてアノールと同じ「外来種」だ。 
 よその土地では数十年に1度花を咲かせ実を結ぶという外来種のリュウゼツランが、ここ小笠原では2年ごとに開花するそうだが、その花の蜜や実を好物とする固有種、オガサワラオオコウモリがせっせと種をあちこちに運び、リュウゼツランの生息域がどんどん広がっているという。
「在来」と「外来」の矛盾が、ここにもみられる。
 最も古くから小笠原に移住してきた開拓者たちの子孫は、近年になって移り住んだ人々を「外来人」と皮肉を込め呼ぶことがあるそうだ。

 人よ、生命[いのち]の価値に差をつけることを、やめよ。

 これだけは言える。
 小笠原の光景に、アノールは実によく似合う。今やアノールは小笠原の一部だ。

 根元に捕獲器がとりつけられた木の枝で、のんびり昼寝するアノールの姿を見かけたこともある。
 ガラパゴス諸島のやり方を真似て、あらゆる外来種の侵入を厳格に防ごうとしているケータ島でさえ、一体どうやって入り込んだのか、最近アノールが発見されたという情報を聴いた。
 人間側の勝手な都合で、追われ、迫害され、弾圧される小さな生き物たちに対し、私は環境問題とか、自然保護とか、そんな机上の空論を越えて無限の共感と慈しみを覚える。