Healing Discourse

ヒーリング随感 [第11回] 尻、尻、尻

◎尻・・・それが意識化されて身体の納まるべきところに落ち着くと、俄然、ゴムまりが勢いよく弾むような、きびきびした質が動作全般にもたらされる。
 精神的にも大きな変化が起こる。朗らかさ、浮き立つような軽やかさ、広々とした度量、そういう実感を、私は尻を活性化した時に感じる。
 それは、腰が入ったからだ。尻と腰とは密接に対応している(ただし、言うまでもないが、腰と尻は違うものだ。一体ではない)。

◎肥田式強健術(ヒーリング・エクササイズ)の最奥義は、姿勢の一事にのみ存する。その数少ない要訣の1つは、「腰を反らせて尻を突き出す」。
 尻が正しく意識され、身体の法に則って運用されていない限り、強健術が要求する姿勢をとることは絶対にできない。何となく似ていれば何とかなる、そういうわけには決していかない。強健術の世界はそれほどまでに精密かつ厳密なものだ。
 正確に述べるなら、肥田春充の言う「尻」は、私たちが「尻」と聞いて一般的に思い浮かべる部位(尻の表面や尻の一部)とは異なる。まずは、尻(の筋肉)をトータルに意識化することが先決だ。そうすれば、次へ進める。その過程では、心身修養の道では時折起こることだが、(尻の向きに対する認識が)90度(180度ではなく)転換するだろう。尻というものを、後ろ向きと仮想している者は多い。実際にはどうなのか・・・自らの手を使い、時に解剖図も参照しつつ、探ってゆくことだ。
 今は、ただ、突き出すとか下に落とすとか、そういう「作為」に一切とらわれず、あなた自身の現在の尻の「あるがまま」を、ヒーリング・タッチで感じ取り、意識化することだけに意を注げばいい。尻の筋肉(大・中・小の臀筋)の筋目(筋繊維の方向)に添って意識を通してゆくことが肝要だ。
 (自分で)何か手を加えたり、(自分で)変えようとする必要は一切ない。

◎ちなみに、強健術姿勢のその他の要訣は、「下腹を落とす」、「上体を柔らかくする」、「みぞおちを伸ばす」、「重心を支踏底面(両足裏が造る支持面)の中央に落とす」。
 これらの要訣が同時に満たされて互いに矛盾し合わない時、強健術の唯一絶対の基本姿勢が体現される。

◎「腹力」、「腰~腹力(腰と腹に動作の焦点を交互に移す)」に次ぐ強健術修練の第3階梯は、「腰腹同量の力」だ。これは腰と腹が同時に鏡に映し合うように緊張・緊縮し合う状態をベースとしている。腰も腹も共にレット・オフで操作する。
 丹田の位置も正確に特定する必要がある。丹田を臍下○寸○分などとする定義が、我が国では古来より何種類か知られてきたが、それぞれを詳細に比較検討したという報告を、私はこれまで1度も目にしたことがない。とはいえ、ここ十年ほど本、雑誌、テレビ、新聞等を遠ざけた生活を送ってきたので、私が知らないだけかもしれないが。肥田春充によれば、丹田は臍の下1寸2分(約4.56センチ)、腹直筋の中央にある。

◎これは私の個人的実感だが、気海丹田の位置を臍下3寸(一般的な説。約11.4センチ)とするのと、1寸2分(肥田春充の説)とするのとでは、まるで意味・・・・というよりは「世界」が違ってくる。次元が違うというべきかもしれない。
 実際、強健術の姿勢を正しくとって力を起こすと、瞬時に異次元に移し替えられたかと思うほどの超越的変容が心身一如的に起こる。
 透明感、それを私はこの境地の特性として第一にあげたい。古代日本人が理想の内面状態として重視した「明(あか)き、清き、直(なお)き心」とは、これに違いないと私は直感している。
 私は今、そうしたヒーリング・ステーツへ頻繁に入りながら、この文章を書き記している。自分が古代の日本人と同じ感覚を味わいつつあることに、不思議な感動を覚える。まるで、彼女/彼らと同じ時間・空間を共有しているかのようだ。
 否、時間と空間を異にする者同士が、時空を超えた超越的次元において「今、ここ」で超越的に出会い、触れ合い、響き合っている。

◎尻を軽く捩(よじ)ったり、捩(ね)じったり、一部だけに偏って少し力を入れてみたり、様々な緊張を起こしてみる。いろいろなポーズで試せば、さらに理会が深まる。わずかな尻の変化が、全身の在り方(姿勢)に直ちに影響を及ぼすことが確認できるだろう。

◎尻は下げると不自然、上げるも不自然。

◎「心もまた、引力の働きに従って下に下げていなければならない」(肥田春充)。
 心を落とすには尻をトータルに意識化せよ。身体の意識を灯すには、それについて考えるのではなく、手で実際に触れ合いながら感じていかなければならない。

◎筋繊維の流れに沿って筋力は働く。筋繊維の流れに沿って、力は抜ける。どの筋肉もそうだが、尻の筋肉(大、中、小臀筋)は特に面白い流線形を描いている。そこを力の波が動く時の身体感覚も独特だ。

◎とにかく尻を意識化せよ。上からだけでなく、下(脚側)からも感じよ。尻の形に添いながら・・・。

◎立位:ジャンプしながら、尻にヒーリング・タッチ、<凝集→レット・オフ>。

◎これまでの修法において、尻の形、位置、角度(向き)、流れなどを正しく体感してきたかどうかを再チェック。
 頭で考えた尻は、実際に手で触れ合いつつ体そのもので感じた尻とは、まったく違っている。触れ合って触覚で意識した尻を、締めたり緩めたり、振ったりして覚醒・活性化してゆくのだ。

◎尻は腹や腰よりもずっと下にある。尻が骨盤を包んでいる。頭で考えるのでなく、目で見るだけでなく、手でも感じ、体そのものでも感じるように。

◎歩き、走る時も、ヒーリング・タッチで尻を意識。歩き、走りながら、尻を<凝集→レット・オフ>。
 たったこれだけで、どれだけ開放され、自由になることか。

◎尻を正しく意識している者は極めて少ない。日本人のほとんどは、尻の位置を実際よりかなり高く仮想している。
 その証拠に、尻とヒーリング・タッチで触れ合って意識化すれば、つまり尻が尻そのもので感じられるようになれば、これまで尻があると思い込んでいた場所、そこで尻を実際に感じていると思っていた場所よりも、かなり下に本物の尻があることを発見して衝撃を受けることになる。

◎尻というものは、ずいぶん凝って歪んでいる。現代人は椅子や車のシートに座ることが多いためだ。

◎尻は丸い。その事実を体で感じているか? 尻そのものが自らを丸いものとして自己認識しているか? 尻における円みの感覚/意識とは、いかなるものか?

◎尻のさらなる意識化。
 臀筋(特に大臀筋)の起始部と停止部を調べ、意識化せよ。起始部と停止部に同時にヒーリング・タッチして均等に意識すれば、筋肉の裡に意識が通って行き渡る。大臀筋の停止部なんて、びっくりするようなところにある(下写真参照)。ヒーリング・タッチで導くことにより、筋肉の裡に意識が浸透して、みるみる通じていく様は面白い。各筋力がどのように動くかも理会できる。
 尻の筋肉の始まり(起始部)から終わり(停止部)まで、そして筋肉の厚みも、全面的に意識できるようになれば素晴らしい。それだけでいろんな面白いこと・・・例えば脚と腰・腹がつながって連動するようになったり、下脚(特にふくらはぎ)や踵に強烈な緊張が勝手に発生したり、・・・が起こり始める。

右斜め後方より

◎重心をさらに落とすためには、大臀筋の停止部を特にヒーリング・タッチによって意識せよ。これまで尻の盛り上がっている部分のみをあなた方は意識化し、それで足れりとしていたのではないか? 仙骨の両サイドから発した大臀筋は、驚くほどの拡がりをもって脚(大腿骨)へとつながっていく。
 尻の肉をつまみながら、下へ下へと辿ってみるといい。大臀筋は大腿骨までずっと伸びている。そこまでが「尻」であると認識を改めた瞬間、ズボッと重心が落ちて腰と下腹の間に収まる。

<2009.02.21>