Healing Discourse

ヒーリング随感4 第17回 香り談義

◎猫にものど仏があるんだよ、と愛猫マヤが教えてくれるかのように、いつものように喉を撫でていたら、指が当たる位置が「そこ」と正確に直角となるよう、姿勢を微調整した。
 改めて確認してみると、確かにのど仏らしきものがあって、そこが例のゴロゴロサウンドの発信源、あるいは共鳴器となっているではないか。ラブクラフトが、「舌の先を口蓋に押しつけ、不完全な2つの音節、Cthu-lhuを唸るように、吼えるように、咳きこむように発音する」と述べていたものだ。
 舌の先を固定的に口蓋に押しつけたままにするものと誤解する人が多いようだが、Cthu-lhuと発声しながら舌先が激しく振るえるに任せるのだ。振るわせながら舌先を口蓋に柔らかくつけたままにしておくことで、ヴァイブレーションが舌で跳ね返って反転し、身体の奥へと響き拡がっていく。
 この際、自分自身ののど仏と柔らかく触れ合い、そこを中心として音を響かせるよう意識するといい。
 そこは実際に声(音声)の中心なのだが、口や唇から声を発するものと仮想している人が意外と多い。
 ところで、このCthu-lhuサウンドだが、何せ猫が気持ちいい時に出すヴァイブレーションだ。 やってみると結構気持ちいい。

◎マヤが語りかけてくると私は言うが、人間の言葉で、という意味ではないので念のため。人間語に超越翻訳したのは私であって、猫とのコミュニオン(霊的交流)は言葉なきレベルで起こる。 

◎龍宮拳伝授会で「伝授」を受ける者には、すでにお気づきの方も多いと思うが、私自身も含まれている。
 知らなかったこと、できなかったことが、STMに身を委ね続けることで、その場で直ちに使えるようになる。

◎先日、乳香の寄進を受けた。
 オマーンのドファール地方のみで産する最高級品ホジャリィである。

Click To Enlarge

 あまり知られてないことだが、私たち夫婦は、「香り」のこととなるとちょっとうるさい。妻は先般マレーシアに行った際にも、免税店で売られている西洋の香水などには目もくれず、ショッピングセンター内の化粧品店でマレーシア産の珍しいオードトワレを買い漁っていた(ちなみに、オードトワレは香水ではないので帰国時、課税の対象外となる)。
 ご存知だったろうか? 人の体臭は波打つオーロラのように刻々と変化し、揺らいでいる。私は、断食直後の感覚が鋭くなっている時などには、女性の「発情」が匂いでわかる。

◎そういえば面白いものを以前よく使っていた。
 アマゾンの密林で採れる特殊なオイルを皮膚に塗ると、その香りが直ちに変化し、男と女でそれぞれ違う系統の香りになる。これは誰が嗅いでもハッキリわかる。
 さらに面白いことに、男も女も1人1人微妙に、あるいはかなり、香りが違うのだ。
 このオイルはアマゾン先住民が媚薬として使うそうだが、確かに女性たちとの親密さを増す上において著効があったから報告しておく。
 慎み深い女性でさえ、男と女で香りが変わり、しかも1人1人全部違うと聴けば、興味津々で「互いの匂いをかぎ合う」という、普通ではあり得ないような行為を無防備に、嬉々として許してくれる。実際、これはかなり楽しい。
 エロティックでもあるが、香りの次元にまで昇華されているため、軽やかで爽やか、かつ華やかだ。
 そういう、五感の中でも最も原初的とされる嗅覚を通じて交流し合った相手とは、深い親密な関係を構築し合いやすいのも当然といえるかもしれない。
 男と女の嗅覚の違いで思い出したが、東南アジアの中華街などで売られている麝香[じゃこう]は、女性に対する媚薬効果で有名だが、男が嗅いでみても何の変哲もないちょっと変な「におい」に過ぎない。ところが、以前麝香が偶然手に入った際に実験したところ、それを嗅いだ女たちはたちまち皆うっとりとした表情を浮かべて全身の力が抜け、幸せそうな微笑を浮かべるではないか。
 かように、男と女の嗅覚はかなり違うようだ。
 妻と、香りについて話し合っていると、そのことをしばしば感じる。

◎チャコール・ディスクに点火して香炉に置き、よく火が回るのを待つ間(急くと溶け出した樹液で炭の火が消えることがある)、寄進の乳香にヒーリング・タッチ。
 熱くなったチャコールに乳香をひとつまみ置き、最初はごくかすかに粛々と、やがて盛んに踊り沸き返りつつ、立ち・昇ってくる香りを、「聴」きながら、帰神撮影していった。注)
 最も高品質な乳香は、オマーン南部の主要都市サラーラを中心とするドファール地域からもたらされる。ドファール産のホジャリィと呼ばれる乳香は、複雑にして精緻な香り、深い浄化作用、毎日使っても飽きの来ない軽やかさという点で際立っている。
 拡がりと深み(3D性)を、香りそのものの裡に感じる。これと比べると、その他の乳香は、残念なことに単調で平面的だ。
 ところで「香りを聴く(聞く)」という言葉があるが、なぜ「嗅ぐ」ではなく「聞く」なのか、私は寡聞にして明快な説明に接したことがこれまで1度もない。
 しかし、香りを「聞く(聴く)」ことは実際にできる。
 まずは、鼓膜の裏面まで香りを導くことから始めるといい。シュノーケラーやスクーバダイバーなら、耳抜きを反転させる(鼻をつまんで鼻から吸う。最初はゆっくり・柔らかく・粒子的に)ことで、中耳を「減圧」することが簡単にできるだろう。鼻をつまんだまま、息を鼻から吐こうとしたり吸おうとしたり・・・を何度かリズミカルに繰り返せば、鼓膜がダイアフラム(弁)のように動き始めるはずだ。そうした体感を元に、香りを鼻から鼓膜のところまで徐々に導いていけばいい。ゆっくり、じわりじわりと行なうのがコツだ。この際、鼻根部[ナジオン](両瞳を結んだ中央、鼻のつけ根)から「嗅ぐ」あるいは「聴く(聞く)」ようにする。無意識的に何となく「聞く」ことに対し、注意深く全身全霊で耳を傾けることを、私は「聴く」と意識的に表記し、違いを強調している。
 香木で練修するのが、私の経験によれば最もわかりやすかった。乳香もいい。耳の奥で香りを「感じる」というのは、なかなか面白い体験だ。
 ナジオンを中心とすれば、聴くことと嗅ぐことの区別が消失する。それがわからないのは、鼻のつけ根ではなく、鼻の末(小鼻、鼻の下部の左右にふくらんでいる部分)で嗅ごうとし、息を吸い吐きしているからだ。それは仮想だ。
 鼻筋に沿って指を充てるなどし、小鼻から鼻梁を通ってナジオンへと、触覚に基づき少しずつ意識を移していくといい。そこ(ナジオン)は、「観る」ことの中心でもある。
 小鼻からナジオンへ、息の出入り口を移すと、呼吸の質と量が激変する。

注:この時の帰神撮影の結果、意想外の面白い作品がいくつか得られた。ヒーリング・フォトグラフの超時空ギャラリーにて、本稿と同時発表する。ちなみに、あれらの写真は、下駄箱の上に香炉を置き、玄関ドアから差し込む自然光のみで帰神撮影したものだ。エアブラシによる加工などは一切していない。これまで発表した『煙精』12も同様。

◎紀元前10世紀のイスラエル王ソロモンは、大賢者、名君としての誉れを各地にとどろかせていた。栄華を極めたエルサレムの宮殿に王を訪う者は後を絶たなかったが、その1人にアラビア半島南部シバ王国の女王ビルキスがいた。
 知恵比べを挑んだビルキスの難問のことごとくに、ソロモンは見事な解答を示した。感服したビルキスは、駱駝の背に積んできた金と宝石そして乳香を献上したという(旧約聖書『列王記』『歴代志』より)。
 マタイによる福音書には、キリスト聖誕の折り、それを祝福するため東方の三博士が携えてきたという3つの贈り物が記されている。すなわち、乳香と黄金と没薬[もつやく]である。
 黄金や宝石と同じ価値があるとされ、古代の人々の間で神々への捧げ物として珍重されてきた乳香とは、南アラビアなどに産するカンラン科の木(Boswelia carterii)の樹脂を乾燥させたもので、燃やすと甘く優美な香りが漂う。
 乳香の木は高さ3メートルほど、中心となる幹を持たず、太くてトゲの多い枝が広がり、縮れた小さな葉を持つ。
 小刀で樹皮を剥くと、すぐに切り口から乳白色の樹液が流れ出てくる。ローマの歴史家プリニウスはその様子を、「夜明けに白く輝く雫」と表現した。乳香を表わすヘブライ語のレボーナー、アラビア語のルバーンは、ともに「乳白色」という意味だ。
 約2週間後、乾いて半透明となった樹脂をこそぎ取り、それをさらに入念に乾燥させる。1本の木からは、1シーズンにおよそ10キロの乳香を収穫することができるという。
 かつて、南アラビアの山間で採れた乳香は、いったんアラビア海の港町に集められ、そこから諸外国の商品と一緒に、駱駝のキャラバンによって地中海の港町を経て、イスラエルのガザまで運ばれていた。アラビア海と地中海を結ぶこの交易路は「乳香の道」と呼ばれ、全長2千7百キロあまり、65日の日時を要し、2、3千頭の駱駝からなるキャラバン隊が常時行き交っていたという。
 乳香の道は貿易を活気づける主要幹線道路ともなり、アラビアの広大な地域に文明開化をもたらした。この乳香の道の、アラビア海に面する南の玄関に君臨したのがシバの女王、地中海に面する北の玄関を支配していたのがソロモン王であった。
 1992年、NASAの衛星探査により、砂に埋もれていた伝説の都ウバールが、オマーン南部で発見された。紀元前50世紀頃には、すでにこの都はメソポタミアと乳香交易を始めていたらしい。
 古代世界では、驚くほど大量の乳香が消費されていた。香の煙が人々の祈りを天に運ぶと信じられていたためだ。ツタンカーメン王の墓からも乳香は発見されているし、乳香交易を支配するためアレキサンダー大王はアラビアを侵略しようとした(王の死によって頓挫)。
 やがて乳香貿易は、紀元前1世紀のローマ帝国時代にそのピークをむかえる。皇帝ネロは、宗教儀式において高価な乳香をトン単位で燃やしたと伝えられている。

◎乳香の香りは、消化を助け、リュウマチや皮膚炎、腫瘍、湿疹、泌尿器などの感染症、肺の殺菌消毒などに効果がある。また、憂鬱やイライラの解消、閉所恐怖症や死別の苦しみ、刺激過敏症の緩和、悪夢からの解放などにも効くとされている。現代人は、香りをストレス・マネージメントのためもっと活用すべきだ。使い方次第で、思いがけないほどの効果がある。
 瞑想の補助としても最適だ。最近の研究により、乳香樹脂の基礎成分が、人間のホルモンの化学構造と似ていることが明らかとなっている。
 昔、死体の保存処理には乳香を始めとする各種の香料が用いられていたが、その作業に携わる者は伝染病にかかりにくかったという話がある。イギリスで黒死病が流行った17世紀初頭〜半ば、当時の香料商はエッセンシャル・オイルに常に囲まれていたため、疫病に対し免疫を持っていたそうだ。また、アラブ世界の医師は患者を訪問する際、自分たちの衣服を香で強く香らせるよう注意を払ったという。
 乳香は宗教的、医療的用途に用いられただけでなく、香水の重要な成分でもあった。イスラム世界で発見された蒸留法とアルコールにより、植物の香りを抽出することが可能となり、それらを調合することで香水が生み出されたのだ。
 この技術がヨーロッパに伝わったのは、十字軍の遠征以降、12〜13世紀頃とされているが、それに遡る数百年以上も前から、アラブの調香師たちはそれぞれ洗練された蒸留、調合、凝固の技術を発達させ、その技法とレシピは父から息子へと秘密裏に伝承されていったのである。
 現在オマーン王室から国賓への贈り物に選ばれている「世界で最も高価な香水」アムアージュにも、主要原料の1つとして乳香が使用されている(妻もアムアージュ愛用者だ)。

<2012.05.11 蚯蚓出(みみずいずる)>