Healing Discourse

ヒーリング・アーツの世界 第6回 ヒーリング・ハーブ(前編)

 聴いた話だが・・・一部の心無き人たちがしきりに喧伝するところによれば、危険なドラッグを使う妖しげなカルト教団の、私は教祖なのだそうだ。強大なシャクティ(性力)を揮い、美しい女性たちを性的奴隷にするともいう。
 まあ、そういう役回りもそのうち暇があったらやってみてもいいが、私がここ10数年ほど人々と楽しんできたのは、もっとずっと健全なドラッグ——正しくはハーブ(薬草)——だ。

 カヴァカヴァ、とそれは呼ばれている。学名Piper methisticum(ピペル・メティスティクム)。胡椒科の植物だ。
 フィジー、サモア、トンガ、ポンペイ、ヴァヌアツ、パプア・ニューギニア、ハワイなど、「サウス・アイランダー(南の島好き)」にとって、その名を目にし、耳にするだけで胸ときめくような場所で、カヴァカヴァは大昔から栽培され、人々に愛好されてきた。
 人との関係が相当の長きに渡ったためだろう。この植物の花はもはや実を結ばず、挿し木という人為的手段に、繁殖のすべてを頼っている。

カヴァカヴァ(Piper methisticum)。フィジー・タベウニ島のカヴァカヴァ農園にて。

 植物の甘えをここまで人々が許したのは、もちろん充分な見返りをカヴァカヴァが支払ってきたからだ。
 1日の重労働の後の心地よいディープ・リラクゼーション。ストレスからの開放(憂さを忘れる)。優しい平和的な気分。他者との社会的親密さ。・・・こうした感覚を、カヴァカヴァはダイレクトに人にもたらす。
 習慣性(中毒性)はなく、有害な副作用も一般的にはないとされている(人工製剤によって引き起こされた肝障害事件については後編で述べる)。

 その根をつぶして絞り取った樹液、あるいは根をいったん乾燥させ粉末にしてから再び水に溶いた絞り汁、その泥水みたいなものを、ココ椰子の実の盃(カップ)に受けて飲む。
 うまいものでは決してない。本物の泥水みたいな味がするし、口の中が軽くピリピリしびれる。実際に飲んでみれば、なるほど確かに胡椒の仲間だと納得するだろう。現地の人にとっても、まずいものなんだそうだ。
 そのまずい代物を、南太平洋の人々が数千年に渡って大切に育み伝えてきたのは、それだけの素晴らしい効果を、カヴァカヴァが秘めているからにほかならない。
 なお、サウスパシフィックではカヴァカヴァを単にカヴァと呼ぶ地域も多いのだが、言葉を二重に重ねることで重要性や敬意の念が強調されることから、ヒーリング・ネットワークでは「カヴァカヴァ」の呼称にこだわっている。他の言葉と組み合わせる際には、ちょっとまどろっこしいので、KKと略す。例えばカヴァカヴァの粉末は「KKパウダー」、カヴァカヴァから作った飲み物は「KKドリンク」といった具合だ。
「カヴァカヴァを飲む」のと「カヴァを飲む」のとでは、我々の長年の実験によれば、効果がまったく違う。

乾燥させたカヴァカヴァの根を売る少女。フィジー・ビチレブ島、スヴァ市のマーケットにて。

 私たちは、カヴァカヴァの乾燥粉末をストッキングに詰め、水中で解きほぐすやり方でKKドリンクを作る。同じ材料を同じ分量使っても、作り手によって味や舌触り、そして効果まで違ってくるから不思議だ。
 小さな子供が、柔らかな手で無心に作ったドリンクは、透明で素直な味がして、心身にスッと染み込んでくる。私が神明掌で揉み出したKKドリンクには、独特のまろやかな口当たりと繊細な粒子感覚がこもり、短時間で深く強く効いてくると評判だ。

 現地では、首長以下、共同体の序列順にうやうやしく捧げられるココナッツカップを、拝して一気に飲み干すのが正式な作法だ。茶道の精神にも、一脈相通ずるものがあるかもしれない。
 茶もまた、強力な覚醒作用を持つ「ドラッグ」だ。普段カフェインを一切採らない者が、紅茶の一杯も飲むと、その晩は一睡もできなくなる。

 カヴァカヴァは、酒(しばしば争いの原因となり、毎年死傷者を数多く出している合法ドラッグ。ヘロインと同等の中毒性を有し、イスラム諸国の多くでは非合法)と異なり、それを飲みながら食事したりするようなものではない。
 カヴァカヴァは、人を浮かれ騒がせない。逆に、このハーブ・ドリンクを飲むと、人はより静かになる。体も心も鎮まり、澄み渡った夜のような明晰さを覚える。
 酒が自らの意識を混濁させるのを好まない人は、カヴァカヴァがもたらす落ち着いたクリアーさが気に入るかもしれない。私の周辺にも、カヴァカヴァと恋に落ちた人々がたくさんいる。
 
 私が、ヒーリング・アーツの同志諸君と共に時折カヴァカヴァを楽しむのは、上述の如き地に足がついたクリアーなリラクゼーションを味わうためであることはもちろん、練修の質を高めるという実際的目的もある。
 カヴァカヴァには、ストレスで凝り固まった心身の無意識的な凝り(ブロック)を緩める作用があるため、ヒーリング・アーツのような繊細な感覚に基づく手法の稽古を、強力にアシストしてくれるのだ。
 実際、カヴァカヴァを飲んでから練修すると、普段より深い手応えが感じられる。すると、奥深いレべルから動くことが可能となる。つまり、カヴァカヴァは感・動を深める。特に、ヒーリング・アーツの基本中の基本であるレット・オフが体感しやすくなる。STMも発現しやすい。
 そういう素晴らしい効果がありながら、飲み過ぎて二日酔いになったりしない(何せまずいから、たくさんは飲めないのだ)。心にも体にも有益な影響をもたらす。

 身体の鍛練に特殊な漢方薬を併用するという話を、昔、中国武術の修業中に聴いたことがある。秘伝の薬草ブレンドを煎じて飲んだり、体に塗布することで、体質を根本的に換え、武術向きの強靱な身体を造っていくという。さすが漢方の国の武術、と感心した。
 中国武術では、技術よりも、むしろ体質改善法の方が高等な秘伝とされているそうだ。なぜなら、武術用の体をまず造らないことには、いかなる高度な術も、それを受け入れ、使いこなすことができないからだ。

 同様のコンセプトに基づき、いやしの学びを円滑化・深化させるためのヒーリング・ハーブとして、私はカヴァカヴァを推奨している。
 もちろん、好き嫌いや向き不向きもあるだろうから、嫌なものを無理に使う必要はない。
 カヴァカヴァの作用をあなたが楽しめるかどうか、がポイントだ。もしあなたが自然志向、大地志向の落ち着いた生き方を志し、植物界[プラントキングダム]との絆をより深めていきたいと願っているのであれば、カヴァカヴァはあなたにとって福音ともなり、恩寵ともなるだろう。
 繁劇な現代社会に生きる私たちの、生活の質を高め、人生の質を高め、生命の質を高めるため、もっと広く一般に知られ、使われ始めていいハーブだと思う。

<2010.04.26>