Healing Discourse

ヒーリング・アーツの世界 第5回 STM体験記

 STM(Spontaneous Tuning Movement:自発調律運動)。
 それは、単に体を自由に動かすような、そんな単純かつ狭隘なものじゃない。熟達につれ、宇宙の運行や神話が個人の身体運動に反映し始めることもある。私自身のそうした体験については、『奇跡の手 ヒーリング・タッチ』でその一端を簡潔に述べた。
 STMには、実にヴァリアント豊かな諸相がある。予想もつかないような、いろんな顕われ方をする。
 今回ご紹介するのは、私が少人数のグループを指揮してSTM研究を始めた初期に属する記録の1つ(体験リポート)だ。心身修養に関心を抱く一般読者を想定して書かれている。

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 愛犬が毒を飲んだ!

山田一美(埼玉県)

 私が高木先生の元で、心身修養の道を本格的に歩み始めてから、およそ7年になります。その間、先生よりいろいろなことを教えていただきましたが、先生は「表面的な技術をいくらたくさん覚えても、そんなものは人生の重大事に直面した時には何の役にも立たない」とおっしゃいます。
 先生は武術の達人でもあり、しばしば武術の真剣勝負を喩えにして説明されることがあります。「生死がかかっているような、本当の真剣勝負の場に臨んだ時には、相手がこう攻めてきたらこうやって防いで・・・、などと一瞬でも考えようものなら、その瞬間に自分の命がなくなっている」、「考えるよりも先に身体が動いて、その時その場に最も必要なことを自ずからなしていた、というようでなければならない」、などなど。
 もちろん私たちは、人と争って勝つための技を高木先生から学んでいるわけではありませんが、武術的な真剣勝負の心がけは、日常生活の中においても必要なのではないでしょうか。それを痛感させる出来事を、つい先頃私は体験しました。その時のことを振り返ってご報告したいと思います。

 事件は、平成14年(2002年)9月23日、月曜日の早朝に起きました。
 私はその時まだ眠っていたので、後から父母に聞いた話なのですが、朝6時頃、道端で犬が口から泡を吹き出し倒れていると、近所のKさんが教えに来てくれたそうです。
 犬小屋を見ると空っぽで、首輪が外れていました。「わが家のダイスケ(平成14年3月生まれの雄で、柴犬との雑種)では?」と父が現場に駆けつけると、不安は的中してしまいました。
 ダイスケが倒れていたそばにカニの肉が転がっていたとのことで、どうやらそれに農薬か何かの毒物がまぶしてあったようです。
 ぐったりとなったダイスケを抱き抱えて家に帰ってくると、父は強引にダイスケの口を開け、500ミリリットルのペットボトルに入れた水を流し込んでいったそうです。休憩しては行なうこと2回、そして正露丸を3粒飲ませました。しかし時間が経つにつれ身体に毒が回っていって、ダイスケは完全に動けなくなってしまいました。
 7時、母が私を起こしに来ました。「ダイスケが大変なの。診てやってちょうだい」とうわずった声でした。寝ぼけまなこをこすりながら犬小屋に行ってみると、ダイスケが口から泡を吹いて横たわっています。私は瞬間的に、「これって、死んじゃうのかもしれない」と思いました。
 どうしたら良いのか戸惑いながらも、ダイスケの苦しそうなノドを撫でました。ダイスケは舌を地面に垂らし、口の中が泡だらけで、地面も唾液で濡れていました。性器からは血が出ていました。身体中に毒が回って震えている様子を見ながら、発見者のKさんが言うには、「こうなったら大概ダメ、死んじゃうんだよ」。母が動物病院に電話したのですが、休みでした。八方ふさがりの感じでしたが、何とかしなければと思ってダイスケの体をさすっていました。
 7時30分、ダイスケの体力がなくなって心臓の鼓動がゆっくりになり、舌はさらに外に伸びて、こんなに舌が伸びるものかと思いました。見守っていた父やKさんはもう駄目だと諦め、そばを離れて話をしていました。そのことに対して、とても敏感になっていたダイスケはショックを感じていた様子でした。生きようとする意欲がなくなっていくのを、触れ合っている手を通して私は感じていました。私は心の中でダイスケに話しかけていました。「死んじゃうのか。頑張れるのか。生きられるか」と。
 ダイスケの心臓の鼓動が弱まっていって、ついに完全に止まってしまい、目がひっくり返って白目になった、その瞬間でした。
 私の体は、自分でもまったく思ってもみなかったような行動に出ていました。ダイスケと触れ合っていた左手が勝手に動いて、みぞおちに刺激を与えていたのです。
 ダイスケは眠っていたところを起こされたという感じで、急に意識がはっきり戻ったようでした。勝手に動く手に任せると、心臓のマッサージと腹部のマッサージを同時に行なっていました。ダイスケは苦しさがよみがえったようで、ここから生還への戦いがはじまりました。

 ゲホゲホと毒を吐き出そうとするしぐさに父たちも気づき、いろいろと手伝いをしてくれました。
 まずは、水を飲ませては吐き出させ、毒を体外に出すことに専念しました。家にイチジク浣腸がなかったため、Kさんが自宅に戻って2つ持って来てくれました。浣腸を2回行ないました。
 私はダイスケにつきっきりでマッサージを行なっていましたが、迫り来る「死」の感覚を感じた時がありました。それはたとえて言うなら、湿気のない霞(かすみ)の中を漂うような感じで、体に力を入れることが出来ずフワッとしたままで、「これでいいかな」と思わせるようなものでした。
 その感覚に委ねてしまうと死んでしまうのだと思いました。私の中で、それに対抗する力が猛然と沸き出してきました。ダイスケも気持ち悪さがどんどん高まってきたようで、しかしそれは内臓が活動するようになってきた証のように感じました。ダイスケの目はシャッキリしてきて、舌は口の中におさまり始めました。
 ビショビショに濡れた土の上から、日当たりの良い芝生に場所を移動しました。あぐらをかいた私の脚の上にダイスケを乗せ、さらにマッサージをしていきました。正露丸を5粒飲ませました。
 イチジク浣腸のお陰で便が出、また尿も頻繁に出るようになりました。少し脚に力が入るようになりましたが、まだ体が麻痺して立つことは容易でありません。全身に回っている毒は、特に内臓や腰のあたりに作用しているようでした。

 毒による体の痺れがあるものの、ダイスケの容態がようやく落ち着いたのは13時頃でした。
 その後、ダイスケは徐々に回復していき、約1週間で毒による後遺症が消えました。それまでは食欲がなかったため、ミルクと市販の栄養ドリンクを混ぜたものを強制的に飲ませました。
 今では元気一杯で、それどころか、たまに首輪を外して脱走しています(懲りないやつです・笑)。
 今回の事件で、今まさに死のうとしている愛犬を前にした時、「何をするか」、「何をすればよいか」ということはまったく考えることが出来ず、ただ「助けたい」という思い、祈りがあるだけでした。
 自分の身体が自然に動いてなすべきことを行なえたというのは、高木先生のご指導に従って心身錬磨の修養を積んできたことの成果だと思います。
 先生から課せられるトレーニングの中に、予備知識なしで他者(まったくの初対面同士のこともあります)と向かい合い、交互に相手の身体に働きかける訓練を行なうというものがあります。
 虚心坦懐を心がけつつ、心を開いて相手を深く感じるようにすると、これまで自分が行なったことがないような術が自然に出てきて、それが相手にとって最も望ましい効果をあげ、自他共に驚くという面白い現象がしばしば起こるものです。こうした修練を積んできたことが、今回の一件でも大いに役立ったようです。
 犬1頭とはいえ、私たちにとっては大切な家族の一員であり、その命が助かったことは大変な喜びです。自分が歩んできた「いやしの道」が正しいものだったという確信もいっそう強まりました。感謝の気持ちでいっぱいです。

2003年2月10日

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 STMには、個人や相対、さらにはグループレベルの心身調律・生命力活性化以外にも、未知なる可能性がたくさん秘められている。
 例えば、STM修得者同士で柔らかく触れ合い、一方から他方へと「想念」(言葉にあらず)を、言語や文字の媒介なしに、BtB(Body to Body)で、伝えることが、——いつでも100%というわけにはいかないが——実際にできる。ヒーリング・ネットワークの同志諸君が、各地の自主練修会で試験し始めたところだ。
 回れ、座れ、右手をあげよ、など、最初は簡単なコマンドから練修を始める。目を閉じた相手(正座)の前に数個の物品を置き、術者が意図するものを取らせる、といった練修法もある。
 実験はまだ始まったばかりだが、かなりの(時に驚くほどの)高確率で、相手を動かすことができたという報告が、すでに何人ものメンバーから寄せられている。数人以上のグループで稽古・実験した方が、より高い成功率が得られるようだ。

 だが、この程度で驚くのはまだ早い。
 さらに習熟すれば、複雑な一連の行動を、目隠しした受け手にノンコンタクトで演じさせる文字通りの「離れわざ」が、先人たちの実験によれば可能となるらしい。
 今、私たちは、そうした<忘れ去られた領域>へも、STMを通じて探査の手を伸ばしつつある。

<2010.4.25 霜止出苗(しもやみてなえいづる)>