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高木一行
フィリピンのエルニド諸島で、妻の美佳と共にヒーリング旅行[トリップ]を楽しんできた。
巡礼の旅。
いやしの旅。
よりディープに「効く」わざを祈り求める、マナ・クエスト。
フィリピン最後の秘境といわれるエルニドは、神秘的な美しさが天地万物からにじみ出ているような場所[ところ]だ。沖縄の先、ボルネオの手前。
そそり立つ巨大な黒大理石の岩山。目にまばゆい緑。歓びとあこがれの感覚をかき立てる、南国特有のビーチ光景[シーン]。
圧倒的な生命の力感が、この地には満ちて充ち満ちている。
沖縄では絶滅寸前のジュゴンが、 このあたりではまだ頻繁に目撃されているそうだ。
エルニドは古代の人魚伝説が今も生き続ける、海のシャングリラ(樂園)なのだ。
これまで錬り鍛えてきたヒーリング・フォトグラフの術[わざ]を縦横無尽に活用し、1台のカメラを妻と奪い合いながら、帰神撮影しまくった。
巡礼者として、敬けんな気持ちで、うやうやしく、祈りに満ちて。
と同時に、最高のヴァカンスを楽しむ恋人たちとして、楽しく、賑[にぎ]やかに。
そうした祈り/遊びの舞としてのヒーリング撮影に応え、聖地エルニドのマナ(空間性の裡に宿る生命力)たちが、あまたの姿で、デジタル情報として、私たちの前に・・・・顕現してきた!
マブハイ!! 樂[たのし]!!!
これらのマナと霊的にコンタクトするための、「より善く観る」修法を、エルニド巡礼を契機として、今、次々と<授かり>つつある。
例えば・・・・、
<フォーミュラ>
観の目で観ながら、かしわ手を打つ。
ただし、手先だけで打つのでなく、満身に音を響かせるように。
眼球にも響かせる。
PC画面にも響かせる。
自分と画面と、両方同時均等に響かせる。
つまり、自分と画像を同時にパン!と鳴らす。
そういう「意図」に基づき、かしわ手を打つ。
ただし、かしわ手を打つ際、あるいは打った後、ギュッと手を硬くしないように。手は常にリラックスさせておくことが大切だ。
手応えがつかめるまで、何度でもかしわ手を重ねていくといい。
あるレベルで、期せずしてかしわ手の感応(祈りが通じること)が起こる・・・と、あなたは突如として、生身の「それ」と、生々しく向かい合っていることだろう。
気づいてみればあなたは、聖地エルニドへと超時空転送されている。
ただ力強く両手を打ち鳴らすだけでなく、繊細なレベルで柔らかく小さな音を響かせるなど、いろいろ工夫してみるといい。
かしわ手には、素晴らしい調律作用がある。歩きながらかしわ手を打ってみれば、すぐわかる。
歩き方そのものが、かしわ手が響くたびに、変わり始めるだろう。歩く速度に合わせて。コツは、歩くという行為全体にかしわ手の衝撃波を響かせることだ。
これは、いろんなことに応用できる。
この修法のコツがつかめれば、驚くほどリアルに、信じられないほど生々しく、本当にその場にいるかのように、生理的に・心理的に、「感じられる」ようになる。
帰神フォトの裡で、精霊たちがうごめき出す。
・・・・・・・・・・・・・
ところで、ふと思ったのだが、「写真」という広範なジャンルにおいて、「みること」そのものの質を高めるという概念、及び具体的訓練法が、これまであったろうか? 少なくとも私は、寡聞にして知らない。
ものごとの本質(エッセンス:精霊)を観極める能力を養う観の目稽古法とは、実は画期的なものなのかもしれない。
<2011.05.21 小満>
※2011年度 海の巡礼シリーズ:関連リンク
◎Healing Photograph Gallery1『エルニド巡礼記 @フィリピン』/『パラオ巡礼:2011』/『ボルネオ巡礼:2011』
◎Healing Photograph Article『エルニド巡礼記・余話』
◎ヒーリング・ディスコース『レインボーズ・エンド パラオ巡礼:2011』/『ヒーリング随感3』第3回、第6回、第8回/『ヒーリング随感4』第21回
◎ヒーリング・ダイアリー『ヒーリング・ダイアリー4』