Healing Discourse

ヒーリング・リフレクション3 第三十回 幕間劇

◎夏休みでヒーリング・ネットワークの対外活動をしばらく休止していたが、その間、ウェブサイト制作・管理担当の佐々木亮君は沖縄の阿嘉島あかじま慶良間けらま諸島)を訪れ、巡礼&修業をたっぷり楽しんできたそうだ。
 慶良間諸島は、海洋修験を標榜するヒーリング・アーツの修行者にとり大切な聖地/行場の一つであり、本ウェブサイトにもしょっちゅう登場するから皆さんも良くご存じだろう。私たちが長年に渡り巡礼を繰り返してきた結果(※)、その場所と深い霊的な絆が結ばれるに至った。

※慶良間諸島の関連記事は以下の通り。
 『ヒーリング随感5』第10回第11回
 『ケラマ・グレイス
 『龍宮綺想 ~慶良間巡礼:2021~

 佐々木君は今回、水中撮影にも果敢にチャレンジしたそうだ。出来上がった作品を観たが、私とはまた異なる、独自の感性で写し撮られ表現された写真が多く、なかなか楽しめる。マナもよくこもっており、立派なヒーリング・フォトグラフといえよう。
 地球調和の祈りを込めた奉納として、2~3本のヒーリング・スライドショーとしてまとめるよう勧めた。そもそも、ヒーリング・ネットワーク独自のスライドショー作成・視聴システムを作ったのが佐々木君なのである。
 今後、このページに順次、追加してゆくとのことだからお楽しみに。

クシバルビーチ

クリックすると拡大(以下同様)。

アオウミガメ
オカヤドカリ
ニシバマ
サンゴ

以上5舞は佐々木亮君撮影。

◎佐々木君の巡礼土産として、沖縄からオニダルマオコゼが届けられた。体長30センチ以上ある。

オニダルマオコゼ

どこに目や口があって尾びれや胸びれはどれなのか・・・おわかりになるだろうか? 形だけでなく模様も、そして色までが、珊瑚礁に転がっている岩そっくりで非常に紛らわしい。英名はストーンフィッシュという。

 オニダルマオコゼ(Synanceia verrucosa)は体長40センチほどになる大型のオコゼ類で、岩に擬態して浅瀬に潜んでいる。背びれの毒トゲから注入される神経毒ストナストキシンは、ハブ毒の30倍の強さと言われている。南太平洋の島々では、あやまって踏みつけた人が刺されて死亡する事故が時折起こっており、サメより危険な生物として怖れられている。・・のだが、上品な味の白身は刺し身、鍋物、唐揚げ、どんな風に料理しても非常に美味しく、沖縄では高級食材として珍重されている。
 猛毒のオニダルマオコゼよりも、人間の方がずっと恐ろしい存在ということだ。

オニダルマオコゼの唐揚げ

オニダルマオコゼの唐揚げ。添えてあるのは沖縄の柑橘シークワーサー。

◎上記唐揚げの前に、ジャマイカ名物のフェスティバルを揚げた。

フェスティバル

 沖縄のサーターアンダギーとかドーナツのような味を連想される方が多いかもしれないが、それらよりもっとギュッと詰まった食感で、コーンミール(トウモロコシの粗びき粉)が独自のほっこりした温かみのある味わいを演出する。フェスティバル(祭)という名前も素敵だ。龍宮館では本場の味にこだわり、ジャマイカ直送の材料を使っている。

◎こちらも沖縄土産のキーツマンゴー。初秋頃に収穫される高級マンゴーだが、内地へ持ってくると追熟がなかなか難しい、やや上級者向けのマンゴーといえる。粒子がぎゅっと濃縮したような南方系の甘みと高雅でパッショネイトな香りは申し分なし。

キーツマンゴー

◎私自身は夏休み中に何をしていたかというと、MZ世代のいわゆる「引きこもり」相手に真夜中まで延々語り合ってみたり、近~現代の日本史(の本質)をグローバルな視点から改めて勉強し直したり、普段やらないようなことをあれこれやっていた。
 そして、えっと驚くような本とも出合ってしまったのである。それについては、今、再読の最中であり、関連するDVDも観なければならないから、少し時間をいただいた後、本連載にて読者諸氏に報告できると思う。

◎猫について記すと言いつつ、なかなか進まないのは、猫たちの思い出にちょっと注意を向けただけで、圧倒的といっていいほどの感情の高まりを感じて、執筆の手が止まってしまうからだ。猫たちとの生活は、おおむね平穏で、楽しさと活気に充ち満ちたものではあったけれども、「あの時、こうしていればもっとよかったのではないか」とか「わが家に来たことで、猫たちは幸せだったのか」などと考え始めるや、とたんに胸中がざわつき、胸騒ぎや不穏な空気を感じざるを得なくなる。
 ヒーリング・ネットワークの夏休み中、ムツゴロウさんこと故・畑正憲氏の遺著(著者の死後に出版された著作)を2冊読んだが、その中で以下のような記述と出会った。散々苦労しながらヒグマの子を育てていた時の話だ。

「――おれは何をしているのだろう。こんなことをしてなんの役に立つのか。
 日を重ねるたびに、そんな反省が胸に湧く。
――おれはこの子を母親から引き離した。この子の幸せにならないのではないか。
 そう思って、馬鹿なと打ち消した。犬や猫、牛や馬、動物園で飼われている動物たち、それらにとって本当の幸せとは何か。そう考えるのは神経の衰弱だと私は常に教えているではないか。
 大切なのは、今、だ。今ここにこうして共に生きている。」(『ムツゴロウさんの最後のどうぶつ回顧録』畑正憲・著)

 あれこれ余計なことを考えるという行為、それ自体が「神経の衰弱」にほかならない。「今、この瞬間」をムツゴロウさんが強調するのは、幸せか否かなどと問う思考が入り込む余地など、そこにはないからだ。そして、今この瞬間こそが、唯一のリアリティだからだ。確かに、素人目にも明らかに「神経が衰弱」しているようにみえる引きこもり者たちは、どうでもいい余計なことを・あれこれ過剰に・考え過ぎている。
 それにしても「神経の衰弱」という言葉は、大いに効いた(呵々大笑)。
「そうやって自分で自分の首を絞め、自分の足を引っ張る。それを神経衰弱と呼ぶのだぞ! よせ、よせ、よしちまえ。そんな馬鹿げたことは」・・・これは、ムツゴロウさんから私が受ける最後の教え、なのかもしれない。

高木先生とシータ

晩年の愛猫シータと共に。

<2023.09.24 葭始生(あしはじめてしょうず)>