◎本連載第十六回にて、カンボジアのアンコール・ワットをご紹介した。SF小説の巨匠アーサー・C・クラークは、スペース・オデッセイ(宇宙の旅)・シリーズにおいてアンコール・ワットを、「地球上で最も素晴らしい遺跡」と讃えている。
アンコール・ワットはクメール建築の傑作とされ、代表的な遺跡ではあるのだが、その周辺のジャングルに覆われたトンレサップ湖北方の広大な地域には、クメール王朝によって築かれたアンコール遺跡群が数多存在しているのだ。
有名な四面仏を中心に広がる城塞都市アンコール・トム。
巨大な榕樹(ガジュマル)に侵食されたタ・プローム。
赤砂岩の寺院バンテアイ・スレイの壁面に彫刻されたアプサラ像は、「東洋のモナ・リザ」として夙に名高い。
バンテアイ・スレイのアプサラ像(複数体ある)は現在、仕切りで保護され10メートル以内に近づくことが許されなくなっているという。私たちがしたように直接触れ合って霊的に通じ合う、などという贅沢はもう夢のまた夢だ。
もうできないといえば、乳海攪拌神話が細密に彫り込まれたアンコール・ワットの有名な大回廊(下写真)も、世界中からどっと押し寄せる人々で朝から夕方まで常に満杯状態であり、壁面のレリーフは誰もそばに寄れないよう仕切りが設けられ、なおかつ押し潰される危険を避けるため妊婦や子どもの入場が制限されているそうだ。人気のないがらんとした回廊の写真を撮ることなど、もはや不可能であろう。
◎タナカゲンゲ(Lycodes tanakae)という珍しい魚を、鳥取県から送ってもらった。現地では「ババちゃん」とか「キツネ」などと呼ばれ、下魚(下等で値段の安い魚)とさげすまれてきたが、実は美味であることが知れ渡り、最近では手に入りにくい高級魚の仲間入りを果たしたのだとか。オコゼやアンコウなど、奇妙な形をした魚というのはおおむね非常に美味いものと相場が決まっているが、ふわふわした上質の練り物みたいな不思議な食感の白身はなるほど大変美味しく、鍋と唐揚げのツーウェイで堪能した。
◎広島限定販売の特別なえびせん(とはいえ、今はネット通販で日本中どこからでも買える)。先日お土産にいただいて初めて食べたのだが、意外なことに・・と申し上げては失礼だが、けっこう美味しい。素材などにこだわっているのだろう。瀬戸のレモン味、海人の藻塩味、ごま油味の3種類がある。
◎日本におけるカカオ・ブームの火付け役、太田哲男シェフによる「ペルー・アマゾン産オーガニック・クリオロ種カカオニブ入りキャラメルポップコーン」。
一味、どころか二味も三味も、そこら辺によくあるスナック菓子とは違っていた。口に入れた瞬間、「遊び心いっぱいに、真心込めて手作りしている」ということがダイレクトに体に伝わってくるのである。(たぶん機械造りなのであろうえびせんを上記でご紹介しておいてこんなことを言うのも何だが)機械で大量に自動生産される食べ物に、作り手の心は決してこもらないし、ましてや命(生命力)がこもるはずがない。
優しい甘さを、野性的な苦味が複雑に彩りながら、心地よい食感が口中で楽しいリズムを刻む。普通に売られている同種の品と一体何が違うのか、まず外観をしげしげ観察してみたのだが、遺憾ながら普段ポップコーンなるものを食べないのでハッキリ断言できないとはいえ、ベースとなるポップコーンの形状そのものがかなりいびつで、宇宙空間をさすらう小彗星みたいにごつごつしている・・ような気がする(ポップコーンを初めてまともに観たのでそのように感じただけかもしれない)。
その表面をざっとコーティングしてあるキャラメルに、カカオを粗く砕いたような小さな粒(これがカカオニブか?)が混じっている。つまり、土台もコーティングもわざと不均一にし、それらが歯や舌とランダムに出会い・触れ合うことで食感や味が刻々変化してゆく、そんな楽しい仕掛けが施してあるのではないか・・・というのは、もちろん食べ物の「絶対シロウト」たる私の憶測に過ぎない。
太田哲男という人は、数々の名店で修行しながらイタリアからスペイン、そしてペルーへ渡って食へのこだわりを追求してきたそうだ。その著書を以前読んだところ、私が高校生の頃実家で飼っていたアマゾンの怪奇なカメ、マタマタ(Chelus fimbriatus)の料理法までが紹介されていた。食の探求にかける情熱とはこうしたものであろうと感心したことを覚えているが、そうした努力と創意と熱意とが、キャラメルポップコーンのような一見シンプルな品にも見事に結晶化している。
<2023.11.13 地始凍(ちはじめてこおる)>