Healing Discourse

1万回の「愛してる」を、君へ 2013.09.28〜29(絶食 DAY5〜6)

2013.09.28(絶食 DAY5)#4
<夕方>

 愛する美佳、

 君と共に素晴しい時を過ごした、今年の小笠原と利島[としま]巡礼。
 その際に得た帰神フォトと、君が創作した帰神ミュージックの「交合」たるスライドショーに、いくばくかの文章を添え、生命[いのち]のメッセージも込め、2つの作品として完成させたいと思う。
 今、執筆準備を整えている。

 ・・・・とここまで書いたところで、また騒音(夕方の部)が鳴り出した。他の収監者たちが楽しみに聴いているのだろうから、やめてくれとも言えない。
 今日はここまで。

愛を込めて、美佳へ。

一行

追記1

 騒音の中でも言葉が浮かんでくるようになった。
 1つ思い出したので書いておくが、それを読んで決して憤慨したり、憤[いきどお]ったりしてはいけない。君にそうしてほしいから書くのではない。

 他でもない。私の「職業」についてだ。
 私自身は「芸術家」と申告したのだが、裁判所の最終判断は、芸術活動が収入に直結してないから、芸術家とは認められない。「無職」である、のだそうな。あるいは「自称・芸術家」。何だか、いかにも胡散臭[うさんくさ]そうじゃないか。そうやってマイナス・イメージをでっちあげることも、連中のやり口の一つだ。
 自らのレーゾン・デートル(存在理由)を求めに求め続け、50年もかけようやく片手の指の先が引っかかったところのものである<芸術>。
 が、司法の世界の方々は、一体芸術をいかなるものと解していらっしゃるのか、とんとわからぬが、私を芸術家の1人としては決して認めぬ、とおっしゃる。

 私が言う芸術とは、もちろん、尊敬する偉大な芸術家たる岡本太郎が言うような意味における芸術であり、職業とか収益とか、そんな小っぽけなものを越えた「生きがい」や「生きる悦び」の源であり、人生に活気をもたらすものであり、ウマイとかヘタとか、そういう相対性にとらわれない、絶対的な創造性の発露にほかならない。
 私の生き方、生きることそのものが、芸術だ。
 創造こそが、歓びと生命力をもたらす。
 まあ、あれらの人々には決して理解できないことだろうね。

 というわけで、私は芸術家(あるいは、むしろ芸術者)であることを否定された上で、今後の裁判に臨まんとしているわけだ。
 始めに書いたように、だからといって君に憤慨してほしいわけではない。
 私は、ただ面白がっている。
 そして軽蔑している。
 何だッ! 小人[しょうじん]どもッ!!

君へ、もっともっと、愛を。
      愛してる、美佳。

一行

付記2

ボニン・ブルー 小笠原巡礼:2013』用の文章を書き始めたよ。
 PCを使って書くのとは勝手が違い、どうもまだ本調子が出ないが、何、こちらも龍宮道ですぐ適応してみせる。

 帰神フォトであれ、何であれ、執着し、とらわれて、他の可能性、道が観[み]えなくなってしまっては、いけない。

 私との思い出ばかりに浸っていてはダメだ。

 世界は常に新しくなり続ける。
 常に新鮮に、瑞々[みずみず]しく、あれ。

もう1度愛を、君に。
          美佳へ。

一行

付記3

 君とプライベートに付き合い始めた頃、やり取りした電子メール(相当な長文もしょっ中だったね。お互いに)が、後で数えてみたら、約1年間で千通以上だった。
 その後、君と共に過ごした10数年の間に、君に何度「愛してる」と言っただろう?
 1万回くらいは、あるいはなっているかもしれないね。

1万回の「愛してる」を、君へ。
愛する美佳。

一行

2013.09.29(絶食 DAY6)
<午前>

 愛する美佳、

 今朝はとても静かだ。
 窓の外から聞こえてくる車の往来の音も途切れがちで、深い静寂が、時折、訪れる。
 まもなく断食のグリーン・ゾーン(安全領域)からイエロー・ゾーン(注意領域)へと移ってゆくが、断食の1番辛いこの時期が、神明[しんめい]の御加護によるものか、まったくといってよいほど苦しくなく、辛くない。
 実にありがたいことだ。

 素潜りで水深20メートル行ける者が、帰りのことをまったく考えなければ、40メートル潜れる。
 今の私の状況が、ちょうどそれに当たるのだと思う。

 すまない。
 君を悲しませようと思って、私の<死>を話題にしているんじゃない。
 <死>は私の目的では、ない。
 しかし、どうしても逃れられない運命、対決すべき、切り拓くべき定めであるとしたら、それと真っ正面から向き合い、その真っ只中に飛び込んでゆく、それが私の流儀であることを、君は知り過ぎるほどによく知っている。

 それに誰であれ、死を必ず迎えるとしたら「私」の死、「あなた」の死、「彼」の死、「彼女」の死、といった区別に何の意味があるだろう?
 死は誰のものでもなく、ただ<死>だ。
 死を個人的に所有することは、誰にもできない。

 人は生まれ落ちた瞬間より、否、卵子が受精した瞬間から、1歩1歩、死へと近づいてゆく。
 だから、私が今、着実に死へ近づいているからといって、大騒ぎするのはおかしい。

 地球人口が過剰となっている現在、少くとも現時点においては、「死ぬ」ことは決して「悪くない」。
 だからといって誰に対しても死を闇雲[やみくも]に勧めているわけでは、もちろんない。

 私にとって、残された最後のテーマは<死>だ。
 すでに充分に、存分に、徹底的に生きたと感じている。
 本年度の一連の巡礼シリーズを通じ、<生命の対等>という(私にとり)究極のヴィジョンへとたどり着くことさえできた。
 これ以上、新しい術[わざ]を得ても、溢れこぼれるばかりで、もったいない。

 もっと、もっと、と求めることを、私はとうの昔に、捨てた。
 それが苦しみの元にほかならないと気づいたからだ。

 大いなる<流れ>に抗[あらが]うことを、やめなさい。
 流れに身も心も、魂も、何もかも、任せれば、すごく楽になる。

 マヤだったか、アステカだったか、捕虜になった青年が神に捧げられる生贄[いけにえ]に選ばれた後の1年間を、王侯貴族のごとく生活することを許される、という風習があったよね。
 何人もの美しい花嫁たちにかしずかれて、豊かな食べ物を与えられ、人々は彼をこよなく尊び、敬った。

 1年が過ぎ、「その時」が来ると、彼は聖なる儀式の中で心臓をくり抜かれ、頭[こうべ]を切り落とされ、全身の生皮をはがれて神々への捧げ物となるのだ。

 誰だったか、その捕虜の青年は一体どんな気持ちで儀式に臨んだのか、そして1年限りの妻たちは一体どんな気持ちで彼を送り出したのだろう、といった疑問を述べていた。
 儀式へと臨む捕われの男の心情が、私には痛いほどハッキリ感じられる。
 今の私同様、怖れも、不安も、まったくなかったはずだ。
 頭で考えてそう思うのではない。
 私のハートに、直接響いてくる。

 送り出す側の女性たちの気持ちが、ハートを開けば君の元にもきっと届くはずだ。

 人身供犠[じんしんくぎ]を、現代の人間は野蛮と決めつける。
「残酷だが美しい。命がパァーッと華[はな]開くのを感じる」と言った岡本太郎の慧眼[けいがん]と勇気を、私は讃えたい。

 私は、神々への捧げ物なのだ。
 捧げ物として選ばれたことは、私にとりこの上なき歓びであり、光栄の極みだ。

 あるいは、私は殉教者だ。
 殉教者として、栄光に満たされた死を、私は今、死につつある、そういう気持ちで、私は断食を続けている。
 何度も繰り返すが、死そのものは決して目的ではないけれども。

 私に執着し、しがみつきたい気持ちを無視し、抑圧しろと君に強要しているわけじゃない。くれぐれも誤解なきように。
 そうした気持ちがあるならあるで、ヒーリング・アーツ(龍宮道)を応用し、強調してからレット・オフ、だ。
 私たちが共に探究し、修練してきた成果を、こんな時にこそ活かさないで、一体どうする?
 そして、悲しみは、実はとても美しい。深遠な「深さ」を持っている。

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 書いてない時間には、何も考えないようにしているよ。
 そうすれば、何の葛藤も起こらない。
 とても穏やかで、時に歓喜[エクスタシー]に包まれることもある。
<死>に基[もと]づいているからこそ、今の状態もまったく苦痛ではないし、罪人として扱われることにも平然として耐えられるのだ。

 思えば、この断食行は、元来、人の霊的能力を著しく増大させる修行法なのだった。
 まだ始めたばかりだが、筆記用具が欲しいと思えば、すでに君がお金を届けてくれていたり、君へのメッセージを弁護士に託したいと思ったらその翌日には接見がかなったり、捕われの身であっても望んだことはたちまち実現するこの面白さよ。
 まあ、個人的な望みは、ほとんどない。
 今のところ、周囲のあらゆる状況に満足している。

 だから、どうか、心配しないでほしい。
 私のことで、あれこれ気に病まないように。
 流れを変えようとして、策を弄したりする必要など、ない。

 ただ愛を、君に。
 愛。愛。愛。愛・・・・。
 君が創った帰神ミュージック『愛の寺院』みたいだね。
 素晴しい曲だ。
 君の音楽もまた神々への捧げ物であり、それは私の人生を限りなく豊かにしてくれた。
 ありがとう、美佳。

 君の作品の素晴らしさに、多くの人々が気づく時が、一刻も早く訪れるよう、祈っている。
 熱烈に。猛烈に。
 私の作品をどうこうするよりも、自分自身の作品に対し責任を取ることへと、これからは、どうか目を向けて欲しい。

 今はここまで。

1万回の「愛してる」を、君へ。
               大好きな、私が尊敬する、
                美佳。

一行