熱鍼法にはさまざまな応用法があります。
たとえば熱鍼刺激を耳にほどこすと、音の聴こえ方が劇的に変わります。音の細部がよく聴こえ、音を立体的・空間的に認識できるようになるのです。あるひとつの音のなかに、さまざまな色あいの波長が複雑に絡まりあっている様子まで感じられてきます。片耳に施術すれば、そちら側だけが性能のよい集音マイクになったかのように、耳の機能が格段にアップします。人間の耳は開発すればするほど、どんどんよくなっていくことが実感できます。
耳がひらかれてくると、音楽を聴くことそのものが、深い瞑想体験になります。音が体のすみずみにまで響きわたるようになり、外側の空間に聴こえていたはずの音楽が、自分の体の内側でも鳴りはじめます。自分自身が音そのものとなって、音楽の中に溶けこみ、一緒にダンスするような感覚に包まれることもあり、また音と音の間の空白に、自分の外と内とに同時存在する静寂に満たされた空間が垣間みえるような時もあります。そんな神秘的ともいえる音の世界が、耳への熱鍼刺激でひらかれるのです。
こうした体験は、音楽を専門に学んでいる者だけの特権ではなく、誰にでも可能なことだと私は思っています。ヒーリング・アーツを学ぶ以前の私には、今ほど音に対して鋭敏な感覚はなかったし、音楽による深い瞑想体験もありませんでした。心と体をひらく努力をしていく過程で、いつの間にか音に対する感性が変化していったのです。
私は耳の感覚をひらくのにずいぶん時間がかかってしまいましたが、熱鍼法による耳への刺激は、専門的なむずかしい訓練も不用で、比較的短期間で誰もが音楽によるヒーリングを味わえるようになるすばらしいメソッドだと感じています。
ヒーリング楽曲を創作していて耳が疲れてきた時、私はすぐさま熱鍼法を耳に行ないます。するとただちに耳の機能が回復して、スピーカーの音量が小さくても音の細部がよく聴こえるようになります。耳というのは結構「凝る」もので、長時間集中して音を聴いた後はきちんとケアしないと、耳やそのまわりが鬱血し、肩凝りや難聴の原因となってしまうのです。熱鍼法はその予防にもなるし、平田内蔵吉が治療を行なった患者の中には、熱鍼法によって難聴が治ってしまった人もいるほどです。
ちなみに熱鍼法を知らなくても、簡単に耳をケアできる方法があります。火傷しないくらいの熱い蒸しタオルを作り、片耳を包みこむようにあてておきます。数分してタオルをはずすと、音の聴こえ方がタオルをあてた方の耳だけよくなっているはずです。音が前からだけでなく、横や後ろの方からも響いてくるのが感じられてきます。片耳を数分行なったら、もう一方の耳にもタオルをあてて、両耳を均等に温めます。
どちらかの耳の穴に指を入れて、音が聴こえないようにふさぎます。そしてふさいでいない方の耳で音を聴いてみると、左右の耳のどちらかがより聴こえやすく、もう一方が聴こえづらいと思います。聴こえやすい方が効き耳なので、聴こえにくい方を余分に温めて聴こえ方を均一にすると、耳のアンバランスの調整にもなります。また、耳には全身各部に対応するさまざまなツボがあるといわれますが、確かに耳を温めると全身の血行がよくなるので、冷え性の方にもお勧めです。簡単に実践できるので、ぜひためしてみてください。
上記の方法で耳を活性化した後にお気に入りの音楽を聴いてみると、いろいろな変化が起こってくるはずです。まず右の耳から聴こえてくる音に耳をかたむけてみます。左耳のことは忘れ、ひたすらに右耳だけに集中します。つぎに、左耳からの音を聴きます。その時も右耳のことは考えず、あたかも左耳だけが存在しているかのように、そちら側だけに意識を向けます。片方ずつ聴くことができるようになったら、両耳からの音を同時に聴いてみます。
注意深く、どちらの耳にもかたよらず、ちょうど50%ずつ均等に聴くことができるようになると、突如として音が自分の体の内側を通り抜けていくような感じがしはじめます。それまでは、音と自分との間にはっきりした境界があり、へだてられていて、音はあくまでも自分の外側で鳴っているものだったのが、両耳を均等に意識しながら聴くと、音と自分とは分かつことのできない、一体の存在となるのです。体が音のヴァイブレーションを伝える媒体となっていることが、はっきりと感じられるはずです。その時には、自分の肉体の存在感はかぎりなく透明になっていき、空気のように感じられることもあります。
普通、両耳からの音は自然に入ってきているのですが、やはり無意識的に効き耳からの音を優先的に聴いていることが多いので、音の聴こえ方に偏りが生じます。その左右の落差を調整すると、音の聴こえ方そのものがまるで変わってしまうのです。このように、右耳と左耳など、体のどこか2ヶ所を同時に均等に意識することは、ヒーリング・アーツの中では「ヒーリング・バランス」として位置づけられています。音楽を聴きながら練修できるところが、音楽好きにはたまらなく楽しい。
耳の模型。外耳道の奥に鼓膜があり、そのさらに奥には三半規管がある。
熱鍼法によるヒーリング作用は、もちろん耳だけにとどまりません。楽譜やコンピュータの画面をずっと観つづけていると眼が疲れてきて、それと連動して肩が凝ってきます。そんな時にも、眼の周囲や耳の下から肩、脇にかけて熱鍼刺激をしていくと、眼精疲労や肩凝りがきれいに消えうせてしまうのです。魔法のような効き目には、いつもながら感心させられます。
<2008.06.16>