Healing Discourse

ヒーリング・リフレクション1 第五回 遠隔ヒーリング・リポート(前編)

文・編集:高木一行

◎時折、トルコのバクラヴァが、無性に食べたくなる。
 かつてイスタンブールを初めて訪れた日、夕食をとったレストランでデザートにトルコの伝統スイーツをリクエストしたら、これ(バクラヴァ)が出てきた。
 パイ生地の甘い焼き菓子に、これでもかとばかりにさらに甘いシロップをたっぷりしみ込ませた、甘ったるいという言葉を超越する濃密な甘さの二乗。
 こんな、途轍もない甘さは日本人にはとても無理、と驚いたが、いわゆる地中海式気候の地で過ごすうち、身体が現地の風土になじんできて、味覚も変わったのだろう。小さなコーヒーカップで供されるトルココーヒーと一緒にいただくバクラヴァを、身体がすんなりと・美味を感じつつ、受け容れるようになるまで、1週間もかからなかった。
 以来、時折、手作りのバクラヴァ(写真はピスタチオ入り)を取り寄せ、トルココーヒーと共に味わっている。

バクラヴァ

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◎裁判期間中に発表された記事類を整理していたら、『対話篇1』第三回で述べられていた遠隔ヒーリング体験の、体験者自身によるリポートが出てきた。一般向けに記されたものであり、面白いから以下にご紹介する。京都府在住の東前公幸君の手になるものだ。
 記事後半(次回ご紹介する後編)では、我が国の司法の在り方を憂い、司法の横暴をいきどおって食ってかかるがごとき強い調子の言葉が散見されるが、平時に記された文章ではなく、暗黒裁判で警察・検察と裁判所の無法・無道を幾度も繰り返し見せつけられている真っ最中にしたためられた言葉であることを、どうかご斟酌しんしゃくいただきたい。
 裁判官がこの文章をもし目にすることがあったなら・・・、といった記述も、決して誇大妄想を示すものにあらず。事実、妻や友人らのFacebookページにまで、当時の裁判官らがアクセスした記録が残っている。 


ぎっくり腰からの生還

文:東前公幸

初めて体験したぎっくり腰

 言葉にならない悲鳴をあげ、私はその場に倒れこんで、動けなくなりました。一瞬、腰に電気ショックのような痛みが走り、全く動けなくなったのです。初めてのことでしたが、いわゆる「ぎっくり腰」でした。
 ある夜、自室で片膝をついた姿勢から立ち上がろうとした、その瞬間の出来事でした。特に重いものを持ったわけでもなく、以前から腰に不調を感じていたわけでもありません。
 その晩は、少しうとうとして寝返りをうとうと身体が少しでも動くと、腰に痛みが走って目が覚めるということの繰り返しで、まともに眠ることすらできませんでした。呼吸も大きくすると、腰に痛みが走りました。
 腰という漢字は肉月にかなめと書きますが、なるほど腰は身体の要であり、腰を痛めるとあらゆる動作に制限がかかるなと感心したりしながら時間を過ごし、浅い眠りのまま朝を迎えました。

腰は身体のかなめ

 次の日には、少し手足を動かすことができるようになりましたが、立ち上がることができませんでした。これはまずいことになったと思いましたが、しばらく寝ていればなんとかなるのではないかと考え、家族に水分を枕もとにおいてもらい、それを時々飲んで、断食して過ごすことにしました。
 ただ、廊下を這ってトイレまで行ったのは良いのですが、洋式便器の便座まで身体を持ち上げるのに、何度も失敗し、なんとか痛みが最小限になる身体の動かし方を工夫して便座にあがり、今度は便座から降りるのにも一苦労という、非常に不便な状態でした。
 まるで腰に大きな物か人間が乗り、かつ自分の筋力が全て奪われたような感じがしました。あるいは片足だけを大きな力で引っ張られているような違和感、とでもいうのでしょうか。
 ちょっとした動作に普段感じる何倍もの重さを感じ、そこから逃れようと動くと、たちまち腰に激痛が走り動けなくなるという状態だったのです。まるで、一気に腰を痛めた老人になったかのように感じました。
 実はこの日、ヒーリング・ネットワークの友人と会う約束をしていました。なんとか間に合う時間までに動けるようになろうとして、手を使って、腹筋を調律したりすると少しは楽になるのですが、とてもこの状態では家の階段すら降りることができないことがわかり、断りの電話を友人にかけ、現在、ぎっくり腰で動くこともままならないことを説明しました。

地獄に差し込んだ一筋の光明

 友人は心配して、広島の高木美佳先生に連絡してくれたようでした。しばらくして友人から、高木一行先生が3日間に渡り、1日15分の「遠隔ヒーリング」を執り行なってくださる、との知らせが届きました。ヒーリング・ネットワークの友人たちも、それぞれの地で私の回復を祈ってくださるということでした。地獄で一筋の慈悲の光が差し込んだかのような希望を覚えました。
 ちなみに裁判期間中、奥様である美佳先生を除き、ヒーリング・ネットワークの関係者全員が、高木一行先生と直接連絡を取り合ってはならない、という保釈条件が裁判所によって付されていました。しかし、高木先生と美佳先生は何を話し合っても自由、美佳先生が我々と連絡を取り合うのも自由、というのですから何をかいわんや、です。 

遠隔ヒーリング

 遠隔ヒーリング、という言葉を初めて耳にする方もいらっしゃると思います。
 一言で言えば、遠隔地にいる人と超意識のレベルで共振し、相手の内面に秘められた自然治癒力を引き出すわざであり、術者と受け手の距離は問われない、とされています。私は京都府在住ですが、京都の自宅にありながら、広島にいらっしゃる高木先生と霊的に通じ合い、ヒーリングを受けることができるというわけです。
 一般の概念で遠隔ヒーリングに一番近いものは、「祈り」だと思います。一般的な祈りと遠隔ヒーリングが違うのは、後者には具体的な方法論があるということです。
 遠隔地にある人間にヒーリング作用を及ぼし病気回復が促進されるなど、予備知識のない方にとっては信じがたい話かもしれません。しかし、単なる暗示とか思い込みといった説明では片づけられない驚くべき現象を、私はこれまで高木先生の元で学ぶ中で、実際に何度も目撃してきました。
 私同様、ぎっくり腰で身動きもままならなくなり、病院に通っても回復のきざしすらなかった人が、先生の遠隔ヒーリングにより短期間で劇的な回復を遂げた実例も知っています。ヒーリング・ネットワークのウェブサイトにも、実体験者による報告が載っています(『ヒーリング随感2』第14回)。
 遠隔ヒーリングの参列者として、自室で共に祈ったことは何度もあります。ヒーリングのお相伴しょうばんとでもいうのでしょうか、遠隔ヒーリングの余慶よけいにあずかるような形で、STM(注)という自然発生的な身体調律運動が自動的に起こってきたり、瞑想的意識状態が格段に深まったりしました。
 ただ、今回のように自分自身がぎっくり腰となり、遠隔ヒーリングの受け手になるのは初めてでしたので、この貴重な体験から学ばせていただこうという気持ちが湧いてまいりました。
 なお、つけ加えておきますが、高木先生は療術家ではなく、病気治しとしてのヒーリングを専業とされている方ではありません。見ず知らずの方から寄せられる病気のヒーリング依頼は、原則として謝絶されているとのことです。

祈りの力

 さて、あらかじめ告げられた遠隔ヒーリングの開始時間(午後8時半)になりました。
 動くと痛みがあるため、布団に横になった姿勢で遠隔ヒーリングを受けさせていただきました。
 ふっと身体が軽くなった感じを覚え、遠隔ヒーリングが開始されたことが実感されました。柔らかな光の海に包まれるような安心感に、高木先生の臨在を感じました。
 動くことができないことが逆にエネルギーの内向を助けてくれ、どんどんうちなる空間が開かれる感覚が起こってきました。
 ふと手が動き、痛みのある腰とヒーリング・タッチで触れ合いました。骨盤にある仙腸関節の右側に痛みがあり、その周辺が固く強張って石のようになっているのが自覚されてきました。
 するとそこに暖かい流れが生じて、その強張った辺りが緩んで温水が流れるような感覚が起こり、腰が楽になる実感がありました。
 気分が良くなり、呼吸も深くなっていきました。
 安らぎの感覚があり、ふと気がつくと、15分があっという間に過ぎていました。
 ヒーリング後は無理をせず、休息を心がけるようにとのことでしたが、昨日と変わって、ゆっくり眠ることができました。その晩、象徴的な夢を見たのですが、後になっても記憶から薄れない非常に鮮明な夢でした。

遠隔ヒーリング2日目(午後1時)

 翌日目が覚めると、痛みはまだありましたが、何とか立ち上がって歩けるようになっていました。立位から座位、臥位と移行する際に痛みがあり、ゆっくりと動くようにしていました。
 この状態は、高木先生があらかじめ予告されていた通りで、2回目の遠隔ヒーリングでさらに動けるようになり、3回目では驚くほどの変化を感じるだろう、とのメッセージを、美佳先生経由で友人より聴かされていました。
 その日は、昨夜見た象徴的な夢とも関連しているのか、感情が激しく揺れ動きだしました。
 高木一行先生の逮捕、起訴そして裁判という流れの中で、様々な方々と出会い、交流し、新しい発見や感動、喜びを体験してきました。人間的な成長を実感しつつあり、そのことに対する感謝と同時に、警察や検察、裁判所といった、今までほとんど関わりがなく、できれば関わりたくないものと思ってきた世界と関わらざるを得なくなった状況の中で、知らず知らずのうちにうっ積していたものがあったのでしょうか。
 怖れ。
 戸惑い。
 あまりに酷い司法の現状を知ったことによる憤りや悲しみ。
 むなしさ。
 命をかけて行動される高木一行先生の御姿を、裁判の傍聴やホームページで拝見するにつれ、今まで受けてきた御恩に万分の一でも応えんとの思いから、様々な呼びかけや裁判傍聴記作成などを行なってきました。が、思ったように成果をあげていないのではないかなど、自他のいたらなさを責める気持ちや焦り、失望などのネガティヴな感情が噴出してきて、嵐のように荒れ狂っている海のただ中に放り込まれたようでした。
 感情を動きで表現することができないので、静かに守り続けていると、嗚咽おえつの声と共に涙が溢れ、ただ泣き続けておりました。
 涙が枯れるまで泣き、ふと我に返ると、頭や胸が軽くなっており、感情が浄化され、ニュートラルな状態に戻っていることが感じられました。
 今までの自分の在り方が、深刻になりすぎていたことや、周囲や相手にどう思われるかを気にかけすぎたり、成果がどうといった結果にこだわっていたこと、また裁判関連のことに身心を忙しくしすぎて、自分自身の身心の調律がおろそかになっていたことなどが、自然に理会できました。
 高木先生が、「誠実さや真剣さは大切だが、深刻になってはいけない」と常々おっしゃっていたことの意味が、深く実感されました。
 こうした感情の浄化を経て、2日目の遠隔ヒーリングでは、さらに深いレベルでヒーリング作用を受け取ることができたと思います。
 ヒーリング・セレモニー中、痛みのあるところと主にヒーリング・タッチで触れ合っていったのですが、骨盤の左右の歪みが自覚され、骨盤や腰の周辺が緩んで、流体になることで、ゆらゆらと左右の腸骨が揺れる動きが起こり、小さく微細な動きで腰を調律し、腰から起こる波が全身各所に及ぶ感覚と手足などから返ってきた波が腰でバランスされる感覚を知覚することができ、「身体の要」としての腰の大切さへの理会が深まりました。
 驚くべきことに、私がぎっくり腰で動けなくなったとの一報がもたらされた瞬間、先生は私の身体の状態を霊的に察知され、具体的にどこにどうやって働きかければ回復を促進できるか、私にも実行可能な修法として直ちに具現化され、美佳先生を介し、友人経由で詳細に伝えてくださっていました。
 それは骨盤の歪みを整えることで腰痛回復を図るヒーリング・タッチの応用法であり、実践を通じて確かな効果を実感しました。

(続く)

(注)STMはSpontaneous Tuning Movement(自発調律運動)の略。STMについて詳しくは、ヒーリング・ディスコース「ヒーリング・アーツの世界 第4回第5回」にて。

<2021.04.22 葭始生(あしはじめてしょうず)>