エルニド巡礼記・余話

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◎ 夢のように美しいエルニドを後にして、フィリピンの首都マニラに足を踏み入れた途端、この国が嫌いになりかかった。

◎現代的な高層ビルのはざまで、無数のゴミが浮かび淀[よど]むドブ泥のような真っ黒の川に面し蝟集[いしゅう]する、がれきのかたまりのような家、家、家。
 突然、無言で差し出される小さな掌。じっと見つめてくる幼い目。
 街中いたるところで傍若無人[ぼうじゃくぶじん]に目に飛び込んでくる、銃、銃、銃。
 交通渋滞。大気汚染。
 私たちが宿泊した「由緒正しき」マニラ・ホテルでは、入るたびに荷物を国際空港なみの手荷物検査機に通し、金属探知ゲートをくぐらねばならなかった。どこのホテルでも似たり寄ったりだそうだ。
 デパートの入場時にも、1人1人並んで係官から手荷物&ボディ・チェックを受けねばならない。バッグやリュックサックは開けて中身を棒でざっと改められる。

◎ニッポンが危ない、危ないと騒がれはしても、ここまでひどくはなってないし、危なくなってもいないな、と思った。 
 極端な貧富の差(注1)、内乱(注2)、宗教と政治の対立(注3)、などなどなど、フィリンピンには陰[かげ]の面が、確かにある。多々、ある。

注1: ゴミ捨て場に住んでゴミをあさって暮らす人々がいる一方、首都マニラの宏大な一角を占有する巨大財閥もある。
注2:反政府軍と政府軍との戦闘が、今も、時に民間人を巻き添えにしながら、散発的に起こっているという。
注3: 私たちが訪れた時フィリピンでは、人口調節法案化を巡っての、大統領府とキリスト教司祭らとの激しい・中世的な対立(教会はついに大統領を破門したとか)が報道されていた。

◎誰でも目を背け、背を向けたくなると思う。
 が、ヒーリング・アーティストとして、あらゆるものごと、人たちを、観の目でみつめ返していった。
 帰神撮影は、マニラではほとんど執り行なわ(え)なかった。この都市[まち]とじっくり向き合い、しっかり撮るためには、しかるべき日数が必要だ。中途半端は、やめておきたい。

◎だが、人々は、ボッてやろうと吹っかけてくるタクシー運転手でさえ、何だか底抜けに明るい。  運転手の言い値をさらりとかわして値切っておいてから、降り際に相手の最初の要求通りの額を渡し、「Keep the change!(釣りはとっておきたまえ)」とか「You are lucky today!」なんて戯れる。その時の相手の、意想外の素直な喜びの表情が、実に楽しい。
 これは、金持ち風を吹かせているわけでは決してなく、ニッポンと日本人に好印象を持ち、ニッポンと日本人のことをいつも気にかけ、応援してくれる人を1人でも増やそうという意図に基づいての意識的かつ呪術的行為だ。
 拙[つたな]いフィリピン語でたどたどしく話しかければ、人々の心と体が、とたんに開き始めるのが、よくわかる。
「これは食えまい」とフィリピーノから挑発的に差し出されるバロット(ふ化直前のアヒルの卵をゆでたフィリピン名物)を、私も妻も「マサラップ、マサラップ(うまいうまい)」とたちまち平らげたら、周りの人たちがびっくりするやら喜ぶやら。このバロット、滋養がありすぎて、3個食べると血圧が危険なほど上昇するというが。
 と、・・・そんなことを、フィリピンとのスリルをはらんだ危険なダンスを楽しむように、あれこれやっているうちに、ほどなく、この国の魅力が、ダークネスの裡より際立[きわだ]って浮かび上がるようにして、「観えて」きた。「感じられ」てきた。
 全土に充ち満ちる強靭[きょうじん]な生命力。
 この国には、素晴らしい可能性が秘められている。
 人々は、皆、シャイだが、とても元気だ。
 日本人だかフィリピン人なのか、区別がつかないような人もいっぱいいる。
 私たちは、思いがけないほど、近い・そして深い縁[えにし]によって、結ばれているのかもしれない。
 日本の南、沖縄の八重山諸島からフィリピン北端までの距離は、東京−大阪間のそれと、ほぼ等しい。

◎巡礼中、あちこちで何度も、現地の人から、「このたびの日本の災害(東日本大震災)の影響はどうですか?」「あなたがお住まいの地域は無事でしたか?」などと尋ねられた。
 1人1人に対し「大丈夫ですよ!」と力強く応えておいた。その人たちの内面を通じ、フィリピン国民全体の集合的無意識層に語りかけるつもりで。
 これすべて、ヒーリング・アーツ流の巡礼(ヒーリング・トリップ)の一環だ。
 ヒーリング・トリップとは、意識的に旅する道だ。旅の質を、根本から変える道。上質の旅を演出するわざ・叡知。
 人は、その歴史の最初の時から、旅する動物だった。
 夫婦揃って出不精で人見知りの激しい私たちも、巡礼の旅においては突如饒舌となり、積極的となり、アクティヴ(活動的)となる。奇妙なものだ。

◎今回の旅で、フィリピン料理の素晴らしさも初めて知った。
 シニガンスープとかキラウィン、アドボ、カレカレなんて、これまで名前を聴いたことさえなかった新しい料理が、帰国後のわが家のメニューに次々と加わりつつある。フィリピン料理は、基本的に辛くない。
 フィリピン食材のレベルの高さにも、感心した。
 野菜も、魚介も、鶏肉も卵も、すべてに力強い生命力がこもっている。
 あんなに甘くて味に奥行きがあるクルマエビを、私はかつて食べたことがない。
 沖縄以外では一度も旨[うま]いと感じたことがないマングローブガニ(ノコギリガザミ)も、フィリピンのそれは、濃厚にして芳醇なマングローブの香りといい、溶け崩れてないしっかりした貝柱状の肉質といい、最上級の折り紙がつけられるものだった。

◎フィリピンに限らず、よその国で野菜たちの圧倒的なうまさ(香りと味わいと舌触りが絡み合う多層的な奥深さと、エネルギーの充溢感)と出会うたび、私は「日本は大丈夫か?」と真剣に心配になる。
 今の日本の野菜は、諸外国のそれと比べ、明らかに味が薄くて底が浅い。
 昔の野菜はもっと味が濃くておいしかった、と中年以上の誰もが口にする。
 良い作物の実らなくなった土地とは、一体どういう土地なのだろう?

◎ところで、次のソースがおわかりだろうか?
 いわく、ライト・ソイソース、オイスターソース、ホイジンソース、スイート&サワー・チリソース、マッシュルーム・ソイソース、セサミオイル、フィッシュ・ソース、ダーク・ソイソース、インドネシアン・チリソース、タマリンド・ペースト、ココナッツ・クリーム、ケチャップ・マニス、マンゴー・チャツネ、レッド・カレー、グリーン・カレー、などなどなど。
 これが全部わかる人は、エスニック料理の専門家か、よほどの食通か、またはかなりの東南アジア通に違いない。
 私も妻も、エルニドで滞在したリゾートのレストランの一角で、これらがセルフサービス用にズラリと並べられているのを最初に目にした時、半分くらいしかわからず、たじたじとなった。
 ところが、上記すべてはそのリゾートでは常識(私たちにとっての醤油みたいに)の範疇に属すものらしい。他の宿泊客たちは、めいめい好き勝手にソースを組み合わせ、自在に使いこなしていた。
 これはいかんとシェフに質問して1つ1つ教えてもらい、エルニドを去る頃には、芳醇馥郁[ほうじゅんふくいく]たる新しいソース使いをマスターすることができた。
 ちなみに、フィリピンのオイスターソースは、他国製とはかなり風味が違う独自のものだ。スイート&サワー・チリソースも然り。
 それから、フィリピンには珍しいバナナのケチャップもある。
 
◎ 帰神フォトをより良く観るための修法を一つ。

<フォーミュラ>
 四隅[よすみ]を等しく知るべし。

 写真をクリックして拡大し、まずは、右側の上下の角を、2つの中心点とみなして、それぞれ均等に同時に見つめる。そのためには、2つの点の間の関係性が、完全に均等かつ同時・相互的であることが必要だ。上からも下からも、同時に、互いにシンクロさせて知覚していき、その知覚の2つの方向性を均等に、偏りなく重ね合わせるようにする。
 ちょっとしたコツがつかめさえすれば、右サイド全般の観え方のレベルが、グン!と立体的に跳ね上がる。
 自然に自得するだろう。
 それが、ヒーリング・バランス、と私たちが呼ぶところのものだ。

 要は、2点間の事物の配列が、ただあるがままに知覚されるようになるということだ(通常は偏っている)。
これを左の上下、上の左右、下の左右、対角線上、などと次々応用していき、ついには、四隅を同時均等・相互相補的に、トータルに意識することを試みる。
 それがある程度できるようになれば、身体運動全般にかなりの変化が起こっていることだろう。
 ちょっと、ここからいったん少し離れて、新たな「目付け」法の成果がどれくらい発揮されるものか、かしわ手を打って自由に舞いながら、試してみるといい。自分自身の身体が、通常とはまったく異なるやり方で使われるのを徹底して味わうことは、素晴らしいリフレッシュメント体験であると同時に、素晴らしい啓発の経験ともなり得る。
 その鍵は眼法に在り、だ。
 観の目の稽古をちょっとするだけで、身体運動に革新的な変化が起こり始める。
 ゆえに、目の使役法は古流武術の諸派でとりわけ重んじられた。

◎『エルニド巡礼記』の第3部スライドショーを、フィリピン土産として・ご挨拶・御礼のしるしとして、三代目春駒こと小林一彦氏に捧げた。
 すると、直ちに電子メールにて、妻を通じ丁寧で愉快なご返信をいただいた。ご許可をいただき、その全文を以下にご紹介する。
 
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 春駒です。エルニド巡礼記、拝見いたしました。
 厳島、原爆ドーム、植物公園、縮景園、そして今回のエルニド!
 フィールドはめまぐるしく変遷しても、そこに在るものが発しているであろう微細な気配(僕が旅先で感じとれるのは今のところここまでです)の本質あるいは正体に、お二人が無邪気なほどあっけなく同調されることにまず驚きます。さらに、このように誰もが目に見えるカタチとして斬り撮る術も、シリーズを追うごとに深度・精度を増しておられるように感じるのです。
 今シリーズも「静止画」であるはずのカットが、風に揺らめいたり光を発する感覚が何度もあり、その度にドキリとさせられました。
 神々の庭園、まさにその言葉どおりではないでしょうか。

 そして、一行さま。
 思いがけずこれ以上はないと思われるほどの素敵なプレゼントをいただき、再度目眩を起こしそうなほど恐縮しております(笑)。
 今、こうして同じ時代の空気を呼吸し、一行さんや美佳さんのヒーリング作品にリアルタイムで触れさせてもらえることができるのは、とても贅沢なことです。
 今後もいろいろと御指南賜りたいと思います。
 本当にありがとうございます。

 美佳さま
 オリーブの苗を買われたとか。
 我が家は1鉢だけなので受粉ができない状態でしたが、もう一つ手に入れることにしました(笑)。
 それと、現在、僕も3曲入りのミニアルバムを制作中です。
7月初め頃の完成を目指していますが、できあがりましたら、進呈いたします。
 よろしければ聞いてやってくださいませ。

 一行さま、美佳さま、今後ともよろしくお願いいたします。
 なんだが、とても嬉しく、うまく言葉が出てきません(笑)。

 三代目春駒

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 小林さんは、妻の音楽とか私たちのヒーリング・フォトグラフの本質[エッセンス]を、まったく独力で喝破[かっぱ]され、その上で真摯な共感を寄せてくださっている方だ。大変な炯眼[けいがん]と繊細なフィーリングの持ち主であるに相違なく、私たちはヒーリング・アーツの友人たち共々、そのことにしばしば驚き、感心している。
 アナウンサー、武道家、ライター、編集者、コピーライター、音楽家などなどなど、八面六臂とはこの人みたいなのを言うのだろうが、多方面にてご活躍(大暴れ)中の、スゴイ人らしい。
 小林さんとは、同郷同士であるにも関わらず、私たち夫婦の生来の出不精と人見知り癖ゆえ(ジョークにあらず)、いまだ直接お目にかかる機会を持てないでいる。
 が、人々の心と体に活が入り、楽しく愉快になるという意味での<ヒーリング>に、深い・誠実な関心を寄せ、探求し、努力・実践し続けている方であることは、ブログなどをちょっと拝見しただけで、直ぐわかった。現代日本においては、稀な存在といえよう。
 紛[まぎ]れもなく、「注目すべき人々」の1人だ。
 こういう人と、何か新しい形のヒーリングのアートを共同創造する機会を、 <精霊(本質的世界の導き手)>の導き[ガイド]によっていつか持てたなら、・・・・かなりあるいは物凄く、面白いことになりそうだ。
 そんな風に感じる。

<2011.06.06 芒種>

※2011年度 海の巡礼シリーズ:関連リンク
◎Healing Photograph Gallery1『エルニド巡礼記 @フィリピン』/『パラオ巡礼:2011』/『ボルネオ巡礼:2011
◎ヒーリング・ディスコース『レインボーズ・エンド パラオ巡礼:2011』/『ヒーリング随感3』第3回第6回第8回/『ヒーリング随感4』第21回
◎ヒーリング・ダイアリー『ヒーリング・ダイアリー4